第3話 虚な心

 アルベリクの村の最期を見届けた後、俺は王都に戻りながらアルベリクとの最期のやり取りを思い出していた。


「―――俺はもう、誰も助けられない。助けたくないんだ」


 その言葉で俺はアルベリクの絶望を理解してしまった。

 だから、俺には何も言えず、止めることもできなかった。

 憎しみも、恨みもある。それでも誰かが助けを求める声があれば、自分の感情を押し殺してでも助けてしまうから。それが嫌だから、自ら命を絶つのだと。

 真面目すぎるんだ。不器用すぎるんだ、もっと楽に生きていいんだ。言いたいことはたくさんあった。かけたい言葉もあった。だけどアルベリクのその表情が、眼差しが、そうさせてはくれなかった。


―――もう、疲れたのだと。終わりにしたいと、そう訴えかけていた。


 だから俺は止めることはできなかった。目を逸らし、頭をかきながら別れの言葉を言うしかなかった。


「―――わかった。あばよ、相棒。1年……ちょっとだったけど、お前との旅は楽しかった。お前ならきっと女神さまのいる天国に行けると思うから、達者でな」


 そんな俺の言葉に、困ったような寂しそうな笑顔で、俺にこれから先を見届けてほしいと最期の遺言を残しながら自身に剣を突き立てるアルベリク。

 俺にとって今も鮮明に思い出すことができる後悔のトラウマであり、そして俺の心が死んだ瞬間でもあった。


 馬鹿な男だ。不器用な奴だ。でも、俺にとって出来すぎた親友だった。

 俺はたとえ一人になっても、王城に乗り込んで王と王子の首を獲る気でいた。だが、アルベリクの遺言が俺を踏みとどまらせた。今になっておもえば、俺の性格を熟知していたからこそ、俺を死なせないためにあの言葉を残したんじゃないかと、俺は思う。

 悔しかっただろう、辛かっただろう。復讐がしたいと、恨みを晴らしたいと。一緒に死んでくれないかと言われたら、俺はお前に付き合って暴れてやるつもりだったんだぜ?

 俺の最愛の人が魔王に寝取られて心が折れそうになった時も支えてくれたのはお前だった。

 故郷も家族も魔族に滅ぼされて帰る場所を失くした俺の居場所が、勇者パーティーだったのだ。それを踏みにじったあの馬鹿国王や、下種王子をぶっ殺すっていうんなら俺の命を使い潰しても良かった。一国の正規軍全軍相手だろうと、天騎士の能力をお前を傷ひとつつけずに王の間まで突破させることだってやれただろう。

 お前が下剋上で王になったってよかった。

 何もかも失くした俺に最後に残ったのはお前との友情だった。だから、お前との友情になら殉じてもいいと、そう思ったのに。それを水臭いじゃないか。

 死ぬ最期の時まで、遺される俺の事を心配しやがって。


 だから俺は、俺の相棒を、親友を、世界を救った英雄を死に追いやったやつらが亡びるのをただ眺めていることにする。


 アルベリクの村が滅ぼされた後、俺はホロヴォロスの軍勢が王都に到達するより先に王都に戻り、王都を見下ろせる丘の上から“天騎士”の技を発動すると、王都をぐるりと囲むように光の防壁を展開させた。

 王都の住人たちはそれに安堵したようだが、その防壁は固いが無敵ってわけじゃないんだ。言ったとおりに防壁はることはしたがそれで安全安心だとは言ってない。


 ―――防壁は内外を完全に遮断する。破壊されるまでは侵入を阻むが、代わりに逃げ出すことはできない。天騎士特製の檻ってわけだ。


 そしてホロヴォロスの軍勢は防壁に足止めされて攻めあぐねていたものの、暫くして戦力を集中させわずかな隙間をこじあけると王都へとなだれ込んでいった。どいつもこいつも信じられないって顔をしながら逃げまどって死んでいった。

 壁が破られると思っていなかったのだろうか?この世界には無敵の防壁なんて都合の良いものはないというのに。

 王都になだれ込んだ魔物達が内外から防壁に攻撃をすることで俺が張った防壁はどんどん割られて行き、そして完全に消滅した。

 そして今、ホロヴォロスと名乗るその黒い巨竜が王都に着地し、天に向かって咆哮を上げている。王都の周りは大小大勢の竜が包囲しており、鼠一匹逃さないまさに袋の鼠だ。既に王都の外周から王城へ向かうように、ホロヴォロスの手の魔物達が王都の住人を皆殺しにしながら追い詰めていっている。追い込まれた王都の人間は行き場をなくしながら王城へとじわじわと後退していっているが、それが王城にたどり着くのは時間の問題だ。あとは王城にたどり着いたホロヴォロスの軍勢が王も、王子も、姫も、皆等しくその命を奪うだろう。

 その瞬間まで、俺はこうしてここで高みの見物を決め込む。


「クククッ、宜しいのですか天騎士殿。貴方の“天剣”であればあの程度の雑魚の群れ一人で押し返せるでしょうに。死力を尽くして戦えば、ホロヴォロスとも相打ちに派できるかもしれませんよ。お世辞ではなく、相打ちに持ち込める確率は8割はあると思いますが。」


 一見するとメイド服の美女だが、人と違って側頭部からは雄牛のような角が生えている。本人曰く魔神ということだが、こいつもアルベリクの言っていた驚異の一つ、らしい。

 いつの間にか俺の隣に現れて俺と一緒に王都が亡びるのを眺めていた。

 煽るように魔神が言うが、それに対する俺の答えは一つ。


「命を懸けてまで助ける義理がない」


 そんな俺の返事に腹を抱えて笑い声をあげる魔人。


「ハハハハハッ!いや、失礼。ですがそうですね、確かに貴方が助ける理由はありませんね。愚問でした」


 そう言って改めて居住まいを正す魔神。


「私、貴方がとても気に入りました。端正な容姿に空虚な心、その奥底にある悲嘆と後悔。とても魅力的です。このまま座って王都が滅ぼされて行くのも退屈ではありませんか?どうでしょう、手慰みに私を抱きませんか?」


 ……あぁ?何言ってるんだこいつ。


「興味ない。というか放っておいてくれ。用事がないならさっさと好きなところへ行け」


「おや、つれない、私これでも生娘だというのに。―――ではもう暫く貴方の傍にいようと思います。ここは特等席ですので」


 相手をするのも面倒くさいのでもう無視することにする。

 殺戮の断末魔、絶叫、救いを求める声。そして魔物の叫び声。そういったものがまじりあった声とは呼べない音の塊が王都からひっきりなしに聞こえ続ける。

 

 だがそれを見ても俺は助けようとは思わない。アルベリクと違って俺に博愛精神は無い ……いや、別に困っていたり助けを求める人間に手を差し伸べることはするが、この王都の住人は俺にとっては死んでもいい奴だからだ。ただ観ているだけ、それが俺の復讐だ。いや、これは復讐ではなく贖罪だ。判断を誤った、幾つもの選択肢を間違えた。傍観して成り行きに身を任せるだけでアルベリクを死なせた、俺の懺悔なのだ。


「恩知らずのカスどもに乾杯」


 俺はそう言いながら酒の入ったスキットルを天に掲げ、飲み干した。勿論、王都の住人にではなく、亡き親友へと。それから魔物の軍勢がゆっくりと王城を埋め尽くしていき、やがて王城に王や王子や姫の首が並べられたのをぼんやりと眺めていた。

 王都はホロヴォロスに滅ぼされたが、勇者としてアルベリクを祭り上げておきながら迫害を始めた聖勇者教会や、アルベリクの仲間だった筈なのに金と権力に目がくらんで保身に走ったあげくに他国に亡命したかつての仲間。まだまだ“見届け”なければいけない奴らはたくさんいる。だから俺はそいつらの最期の1匹が絶命するまで、“見届け”ようと思うのだ。

 それが終わったら自刃して俺の物語を終わらせよう。どのみちこの世界の人類に先はない。

 そんな俺の内心を読んだのか、傍らにいる魔神が笑みをこぼしているのを感じる。


「お供させていただいても?」


「嫌だと言ってもついてくる気だろう。邪魔はするなよ」


 魔神とそんなやり取りをしながら、俺は終わりに向かって旅立つのだった。

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勇者が死んだその先で(短編版) サドガワイツキ @sadogawa_ituki

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