わたくし、愛されていたのね・・・


 とうとう、お姉様と殿下の結婚する日がやって来た。


「それじゃあ、わたくしは明日からお飾りの王妃として公務を果たしますわ」

「・・・はい」

「もう、そんな不安そうなお顔をしなくて大丈夫よ。殿下は、あなたのことが好きなんだから。ね? 自信を持ってちょうだい」

「いえ、殿下のことを不安に思っているワケじゃなくて。その、お姉様は……? これからどう過ごされるのですか?」


 殿下に嫌われているというお姉様が、結婚してから殿下に冷遇されるんじゃないかと、ずっと不安で心配に思っていた。


「わたくしは離宮に籠って、基本的には公務のとき以外には殿下とお顔を合わせることはありませんよ。だから、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」

「そう、なんですか?」

「ええ。それに、近隣諸国の情勢が落ち着いて来たら、わたくしは殿下と離縁するつもりです」

「え? お姉様っ?」

「わたくしは、殿下に嫌われていましたからね。離縁が成立すれば、殿下も清々することでしょう」

「そ、そんなことは……」


 ない、とは言い切れない。お姉様が殿下に冷遇されていたのは有名なことだ。


「それに、わたくしは殿下と寝所を共にするつもりはありません。お世継ぎができないという名目で、早かったら数年後には離縁することになるでしょう」

「そんな! お姉様はそれでいいのですかっ!?」


 子供を生めない女だというそしりを、お姉様は自ら被るつもりだ。


「ええ。だってわたくし・・・ず~っと反抗期だった三歳児の子をがんばって、歯を食い縛って育て上げた気分なの! だからわたくし、もうしばらく子育てするのはいいわ」

「へ? さ、三歳児っ?」

「ええ。もう、ず~~っと前から、イヤイヤ期の困ったちゃんな駄々っ子三歳児を育てている気分だったのよね! だから、暫くは子育てからは解放されて、のんびり過ごしたいと思っているのよ」


 頬に手を当て、はぁ~と深い溜め息を吐くお姉様。


「こ、子育て?」

「ええ」


 ずっと反抗期。イヤイヤ期の駄々っ子三歳児と聞いて・・・もしかしてそれは、幼少期より婚約者であるお姉様を嫌い、みみっちい嫌がらせを繰り返していたという殿下のことかと頭を過ぎった。


「だから、なにも心配しなくていいのよ? 男の子も、女の子も育て上げた気分だもの」

「男の子と、女の、子・・・?」

「ええ」


 にっこりと、それはそれは清々しい笑顔で微笑むお姉様。


 きっと、もしかしなくても、お姉様が育てあげた気分だという女の子は・・・わたくし、でしょうね。


 まぁ、おうちに帰れない分、寂しい思いをしていた分、優しくしてくれるお姉様にべったりと甘えて……甘やかされていた自覚はある。


 そう、なのね・・・


 わたくしが、勝手にお姉様を『お姉様』と呼んでいただけで、お姉様はわたくしを娘のように思って、根気強く育て上げたという気分だったのね・・・


 わたくし、愛されていたのね・・・お姉様に。二つしか変わらないというのに。


 わたくしの実のお姉様達の方が、『お姉様』より幾つも年上なのに。娘のような気分で。


 今ではもう、『お姉様』の方が、実のお姉様達よりも身近な存在だ。


「わたくしがダメダメ不良息子のように思っている殿下のことを好きだと言ってくれて、殿下のためにたくさんたくさんつらいお勉強をがんばってくれる、素敵なお嫁さんを育て上げた気分なの」


 あら? 実の娘、ではなくてダメダメ不良息子のお嫁さんというお義母様な気分でしたのね?


「それに・・・騙すような真似をしてごめんなさいね? 実は、あなたの側妃教育は少し前に及第していて。ちょっと前からは、少しずつ王太子妃教育に入っていたの」

「え?」

「ふふっ、これからも、殿下のことを支えて行ってあげてくださいね?」


 イタズラっぽく、チャーミングな笑顔。


 ああ、きっと……このイタズラっぽい笑顔が、本来のお姉様の年相応な笑顔なのだろう。今まで、わたくしが一度も見たことのなかった……いえ、お姉様が見せてくれなかった可愛らしい笑顔。


 お姉様が尊いっ!


「・・・わかりましたわ、お姉様」


 長い間、殿下に冷遇されて。それでも、国のためにとつらいことをずっと我慢して来たお姉様。そのお姉様を、殿下から自由にして差し上げるため。


「わたくし、がんばります!」


 こうして、わたくしはお姉様を自由にして差し上げるため、まずは殿下の側妃として召し上げられた。


 わたくしが側妃に上がっても、お姉様は今までと態度を変えずに、わたくしを可愛がってくれました。


 ただ、わたくしがお姉様と過ごしていると、なぜかそわそわした様子の殿下が側に来て、お茶だったり食事の席だったりに、割って入ろうとして来ます。


 すると、お姉様はにこにこと笑いながら、


「わたくしはお邪魔なようなので、失礼致しますわ」


 と、席を辞する。


 お姉様が行ってしまうと、殿下はなぜか寂しそうなお顔をする。まぁ、多分わたくしも、似たような顔をしているのでしょうけど。


 こうして、お姉様が殿下のお飾りの正妃として公務をして過ごし――――


 わたくしの王太子妃教育が一段落して、わたくしと殿下との子供が生まれた頃。


 お姉様は、正妃の座を退いた。


 これからは、わたくしが正妃となる。


 ああ、いよいよお姉様が殿下から解放されるのね……と、喜びたいけれど寂しさが勝つという、複雑な感情でいたら――――


「もう少し、周辺諸国が落ち着くまで待つわ」


 と、お姉様は離宮に留まってくれた。


 子育ては暫くしたくないと言っていたのに、お姉様はわたくしと殿下の子を可愛がってくれる。


「孫が生まれるって、こういう気分なのね!」


 と、柔らかい笑顔で。お姉様は、まだまだ十二分にお若いというのに・・・もう、おばあ様のご気分ですか。


 それからは、お姉様の公務をわたくしが肩代わりをするようになって――――


 お姉様が、表舞台からゆっくりと遠ざかって行った。


 全ての公務、表舞台に立つ仕事をわたくしが王妃として一人でこなせるようになると、お姉様はひっそりと殿下と離縁の手続きをして、


「お姉様、今まで本当にお疲れ様でした。これからはごゆっくりとお過ごしください」

「ええ、ありがとう。それじゃあ、元気でね? 幸せになるのよ?」


 と、晴れやかな笑顔で離宮を出て行った。


 暫くして、お姉様が年上の男性と結婚して、とても大事にされて、幸せに暮らしていると聞いて・・・本当に嬉しくなった。


 わたくしも、お姉様には幸せになってほしかったから。


 殿下……いえ、陛下とはそれなりに仲良くやれている。


 当初、彼に抱いていた恋愛感情とは少し違っていて。お姉様に子供扱いされて、お姉様のことを大好きになった者同士の関係、と言ったところではあるけれど。


 世継ぎである子供達は無論のこと。多分、わたくしも、それなりに陛下に大事にされている。


 最初に思い描いていた……今だと赤面ものの、当時のアホみたいなお花畑で考えていた、『幸せな暮らし』とは違っているけど。


 お姉様がわたくしと殿下を育ててくれたお陰で、『今の幸せ』があるのだと思います。


 お姉様の幸せを、心より願っております。


 ――おしまい――


。.:*・゜✽.。.:*・゜ ✽.。.:*・゜ ✽.。.:*・✽




 おまけ。


 とある日のお茶会にて。


 三女ちゃん「お、お姉様、殿下は駄々っ子三歳児だそうですが……ちなみに、わたくしは幾つくらいだと思っておりましたの?」( ; ・`д・´)…ゴクリ


 公爵令嬢「そうですわね……甘えん坊で可愛らしい、おしゃまな七歳の女の子と言ったところかしら?」(*´艸`*)


 三女ちゃん「な、七歳……っ? まぁ、殿下よりはわたくしの方が年上ですわね! で、では、わたくしと殿下とでは、どちらが可愛いと思ってますかっ!?」(*>ω<)ノ


 公爵令嬢「それは勿論、あなたの方が可愛らしいに決まっているわ。あの、何年も成長しなかったクソガキ三歳児には、散々煮え湯を飲ませられましたからね。それに比べ、あなたは最初から素直で、わたくしに懐いてとても可愛かったもの♪」(*´∇`*)


 三女ちゃん「よっしゃっ! わたくし殿下に勝ちましたわっ!」゜+.ヽ(≧▽≦)ノ.+゜


 殿下「く、クソガキ三歳児……」orz


 三女ちゃん「あら、そんなところで蹲ってどうしたのですか? 殿下」( *¯ ꒳¯*)ドヤァ


 殿下「い、いや、その、お、俺もお茶を一緒にと……」(;゜Д゜)


 公爵令嬢「あらあら、ではお邪魔しては申し訳ないので、わたくしは失礼致しますわ。後は若いお二人でお過ごしくださいな♪」( *´艸`)


 殿下「ああっ……」Σ(´□`; )


 三女ちゃん「ふふっ、殿下よりもわたくしの方がお姉様に可愛がられていてよ♪」(((*≧艸≦)ププッ


 殿下「お、お前だって子供扱いをされてたじゃないか!」(*`Д´)ノ


 三女ちゃん「ふふんっ、わたくしの方が殿下より、四つも年上でしたわ!」(*`艸´)





 公爵令嬢「ふふっ、やっぱり二人は仲良しさんなのね。可愛らしいわ♪」(*´艸`*)




 以上、蛇足を最後まで読んでくださってありがとうございました♪

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愛されていた。手遅れな程に・・・ 月白ヤトヒコ @YATO-HIKO

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