わたくしを笑いに来たんですか!
殿下の婚約者である公爵令嬢が、わたくしに会いに来た。
「・・・なんですか? わたくしを笑いに来たんですか!」
「あらあら、元気がいいのね。可愛らしいわ」
公爵令嬢はわたくしの喧嘩腰の態度にも、にこにこと崩さない笑顔でわたくしを見詰める。
「ふふっ、まずはご挨拶が先でしょう?」
と、公爵令嬢が名乗り、挨拶をする。
教師や侍女達が眉を
「まあ、よくできました」
にっこりと、優しく微笑んで言われた言葉に、ぽろりと涙が零れた。
「あらあら、どうしたの? どこか痛いの?」
心配そうな声が近くに来て、ふわりと頭が撫でられて・・・
「うっ……うわ~んっ!?」
気が付いたら、大きな声を出して泣いていた。
だって、ここでは誰もわたくしを『可愛い』って言ってくれなかったの!
誰も、『よくできました』なんて言ってくれなかった! 誰も、誉めてくれなかった! 誰も、優しい瞳で見てはくれなかった! 誰も、温かい声を掛けてくれなかった! 誰も、わたくしの頭を撫でてくれなかった!
学園に通って、おうちにいた頃はっ……パパもママも、お姉様達も、使用人達も、みんなみんなわたくしを可愛いって言ってくれて、優しくしてくれてたのに!
「あらあら、お勉強がそんなに大変だったの? でも、殿下のためにいっぱい我慢して、一生懸命頑張ってくれたのね? 偉いわ。よしよし」
そう言って公爵令嬢は、わたくしが泣き止むまでずっと頭や背中を撫でてくれて、抱き締めてくれた。
わたくしが泣いたときに、うちでお姉様やお母様が慰めてくれたみたいに・・・
おまけに、濡れたタオルでわたくしの顔まで拭いてくれて・・・
小さかった頃のように散々泣いて、とっても気まずくて、とっても恥ずかしくなったけど・・・
「あ、あの、ごめん……なさい」
「ふふっ、気にしなくていいのよ。あなたは殿下のお嫁さんになってくれる子だもの」
「その……わ、わたくしが、殿下の、側……妃に、なることを、怒ってない……んですか?」
泣き過ぎて掠れた声で、ぽつぽつと聞くと、
「ええ。わたくしは殿下に嫌われておりましたからね。むしろ、あなたが殿下と仲良くしてくれてとっても嬉しいわ。ありがとうございます」
にっこりと包み込むような優しい笑顔が返る。
「これからも、
「あ、あのっ……その、お、お姉様って呼んでもいいですかっ!?」
思わずそう口に出してしまい、カッと顔が熱くなる。なに言ってるのかしら? わたくしったら!
「あらあら、わたくしをお姉様と呼んでくださるの? 嬉しいわ。わたくし、お兄様はいるけど妹はいないのよ。それじゃあ、これから宜しくね?」
「はいっ、お姉様!」
「うふふっ、いい子ね♪では、また来ますわ」
と、ふんわりした笑顔を残して、お姉様が帰って行った。はぅ~……お姉様、尊い……!
こうして、お姉様は離宮でお勉強をするわたくしの様子を、ちょくちょく見に来てくれるようになった。
お城に来てからは会える頻度の減った殿下より、お姉様と会う回数の方が多いくらいだ。
お姉様はいつも穏やかに微笑んでいて、わたくしが落ち込んでいるとお話を聞いてくれて、励ましてくれたり、よしよしと慰めてくれる。
お勉強が進むと、『よくできました』、『がんばっているのね、偉いわ』と笑顔で誉めてくれる。
苦手なことでも、『あなたならできるわ』と、『こうしたらもっと良くなるわ』と、わたくしに優しく教えてくれる。
今では、殿下よりもむしろお姉様と過ごす時間の方が長くて、お姉様と仲良くなっている気がする。
そして、こうやってお勉強が進むにつれ――――
わたくしは、お姉様のして来た努力を無駄にしてしまっているのだと気が付いた。
ああ……だからなのね、と。
気が付いて、納得した。
この離宮の使用人達や、わたくしの教師をしてくれている人達が、わたくしに冷ややかな目を向けている理由。
わたくしが、たったの数日で逃げ出してしまいたいと思っていたお勉強を、お姉様は小さい頃……殿下との婚約が決まってからずっとこなして来た。
将来、殿下と結婚して王妃様になるために。
それを、横からなにも考えないで割り込んで来たのはわたくしだ。
お姉様が殿下に嫌われているからと。『わたくしが、殿下のお嫁さんになれるのね!』なんてアホ丸出しで舞い上がって喜んでいたわたくしに、腹が立って当然。冷たい態度を取って当然。
でも、それも・・・お姉様がわたくしのところへ来るようになって、わたくしのお勉強が進むのを喜んでくれるにつれ、使用人や教師達の態度が軟化して行った。
そうやって、少しつらくて……けれど、お姉様と会えるのを楽しみにしていた時間が過ぎて――――
殿下が学園を卒業した。同じくわたくしも、学園には通えなくなったけれど、卒業認定試験に合格して、学園の卒業証書を頂いた。
とうとう、お姉様と殿下の結婚する日がやって来た。
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