染め物の魔法

西しまこ

第1話

 私は染め物をしている手をふと止めた。


 古代の人たちは木霊の宿る草木を薬草として用い、その薬草で染めた衣服をまとって、悪霊から身を護ったという。

 もうそういう観念は、ほとんど現代には存在しない。


 私は工房の畳敷きの部分で昼寝をしている孫の顔を見た。

 この子の親は忙しい。

 仕事を一生懸命するのはいい。だけど、その分、この子――しずくがさみしい思いをするのもまた事実だった。


「おばあちゃん?」 

 雫がふと目を覚ました。

「雫。目が覚めたの?」

「うん。雫ね、夢を見ていたの。黒猫が出てくる夢」

「この間、雨の日に出会った、黒猫?」

「うん、そう!」

 雫の顔がぱあっと明るくなる。

「会えなくなって、さみしいね」

「でもね、くろはきっとおうちに帰ったんだよ。雫はそう思うの」

「よかったね」


 私は雫の頭を撫でた。やわらかくてまっすぐな、つやのある黒髪。雫はこのやわらかい髪のように、少し繊細で、そしてやさしい子だった。だいじょうぶ。あなたの両親が忙しくても、私があなたをちゃんと護ってあげる。

「雫に魔法の粉のことを教えてあげようね」

「魔法の粉!」

 雫の顔がきらきらした。この子は私と似ている。きっといつか、この魔法の粉が雫を救ってくれるだろう。

 私は虹色に光るきれいな小瓶を見せた。中には青みがかったピンク色の、きらきら光る粉が入っていた。


「わあ、きれい。お庭のツツジの色みたいだね!」

「そうだよ、ツツジ色なんだよ」

 この粉のもとになった石を思い出す。――もう遠い昔のことだ。石にまつわる物語は。

 いつか、雫がもう少し成長したら、話してあげたい。不思議な国のことを。

 そして、こころをなくさないで生きて欲しい。忙しさの中で、たいせつなものを見失わないように。時間をかけて何かを作ることも教えてあげよう。そういうことが、雫の力になると思うから。


「おばあちゃん、何で染めているの?」

「今日はマツヨイグサだよ」

「へえ」

「きれいな黄色になるんだよ。雫がもう少し大きくなったとき、ストールとして使ってくれたらいいなあって思っているよ」

「ほんと?」

「うん、雫を護ってくれるようにね」


 私は雫のおでこをそっと触った。

 この子に、木霊の加護がありますように。



   了



一話完結です。

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