第4話 同級生交流①

 ここはどこだろうか。


 真っ暗なここは、空気が酷く冷たく居心地が悪い。一刻も早くここから出たいと思わせるような場所。


 何も分からず見えない目で見ようとするが、やはり何も見えない。


 退屈な場所だ。


 そう思った時、突然明かりがついた。

 暗い場所が灯りに照らされ、見えなかったものが見えるようになる。

 そして、見たくなかったものも見えるようになった。


 ………ああ、なるほど。今回はこういう嫌がらせか。


 目の前の光景は赤く彩られた部屋。

 見慣れた家具に溶け込むように置かれた、赤色の原因。

 ハットラックの取手に腕を刺して、頭を刺したそれ。ハットラック自体を胴体と見做したようなそれは、ゆっくりと頭が動き瞼が開いた。


『おにぃ……何で…』


 僕をおにぃと呼ぶそれは、顔だけなら確かに妹と酷似する。

 大切な家族で、世界で唯一の家族。何よりも護りたいと思わせてくれる存在。


 その家族が、こんな悲惨な姿になっている。


 初めの頃は混乱して発狂した。泣き叫んだ。


 しかし、だ。

 もう何十回もこんなものを見せられたから、慣れてしまった。


「おい、怪異。もう飽きた、いいから起こせ」


 そう言うと、部屋が世界が歪んだ。


『おにぃ、許さない、許さない!!』


 妹の容姿をしたそれは、歪みと共にハットラックごと倒れる。

 最後の抵抗か、顔を俺に近づけて叫ぶが、別に何も思わない。煩わしいだけだ。


 世界が完全に崩れた。


 朝が来たようだ。



◇◇◇◇◇



 夢を見た。


 妹がハットラックに。いや、ハットラックが妹になる夢?

 まあ、どっちでもいい。

 

 術式の副作用であるあの夢。

 流石に、もう10年近く見続けたから。もうあれを見て一人怯える事は無くなった。


「さてと……廻と飯でも行くか」


 入学騒動から約2日が経った。

 あの後、車の中で目を覚ました僕は一度家に帰ることを選択した。

 これからだいたい3年ぐらい祓魔学園の寮で生活する。だから、必要なものを持って行くために帰った。


 今まで住んでたアパートとは、契約を続けて今後も借りることになった。これは妹のためだ。術者でもない妹は、祓魔学園には連れていけない。学園の近くのアパートに引っ越すと言う手もあったが、それは妹が拒否した。

 曰く、一人暮らしがしたいのだと。

 遠回しに邪魔と言われた僕は、その時だけは一人になりたかった。


 そうして軽く引っ越しを終わらせ、昨日ようやく落ち着いた。


「廻ー、起きてるかー?」

 

 廻の部屋の扉をノックする。

 廻の部屋は、僕の部屋の隣だ。


「ふぁ〜………おは…、ちょっと待ってて」


 部屋から出てきたのはまだ寝巻き姿の廻だった。

 廻は僕を部屋に入れてから身だしなみを整え始めた。


 廻の部屋は、まあ一日でよくこんな汚く出来るなという有様だった。散乱した服に、ベットから溢れるほどの枕の数。あとは、机を埋め尽くすほどの置物の数。フィギュアもあれば、砂時計や木造の大仏、ジャンル問わず色んな物が無造作に置かれている。


 てきとうに座る場所を作って座る。

 趣味の統一感を感じさせない品物の数々は、実に廻らしいと思う。


「あー、スッキリ。 飯行くか」


 廻の準備が終わったから、食堂に向かう。


 ここの食堂は、学生から本職の祓魔師、サポートの方々まで幅広く利用されている。だから、こんな時間でもちらほらと人が出入りしている。

 食べたい物を注文し、空いている席へと座る。


「……なんで俺がお前と飯を…」


「今更だ」


「確かにそうか」


 実は先生とご飯に行った後から廻との交流は増えている。一緒に食堂に行ったり、引っ越しを手伝ったりと。昨日は遅くまでゲームで勝負して、勝ったのは僕だ。圧勝だ。

 野良時代は獲物の奪い合で喧嘩ばかりだった。それはもう、足の引っ張り合いで他の野良術者に奪われることも多々あったほどだ。責任のなすりつけ合いで、一日中戦ったこともあった。


 けど、今は争う理由がないからな。衣食住の保証は僕たちから争いの根幹を取り除くために十分役立っている。


「今日だよな、集まるのって」


「そうだね。食べ終わったら向かおうか」


 お互い、味噌汁で体を温めながら今日の日程について話す。

 今日はついにクラスメイトが全員集合する日だ。確か、今年の入学生は5人。僕と廻と荒掴紫乃。あと2人は全く知らないな。

 

「どんな奴が来るのかねぇ」


 食べ終えた食器を片付けながら不意に廻が口にする。


「毒の術者がいいね。 怪異の捕縛が簡単になる」


「術式じゃなくて、性格の話」


「別にどのような方でも僕は構わないよ」


「嘘じゃん」


「例えどんな面倒くさい方でも、きっと心を開いてくれるさ」


「2年前の自分にもそれが言えるのか?」


「それはめぐるもだろ?」


ほとぎに比べれば、ボコった後放置する俺はマシだと思うんだがね」


「………」


「ボコった後もネチネチネチと続けて…、あれは怖かっただろうなー」


「懐かしいな」


「もしかして、いい思い出にしようとしてる? みんな泣いてたぞ?」


 とまあ、そういう会話をのらりくらりと話していたら、教室の前まできた。

 会話も丁度いいタイミングで区切れたから教室に入る。

 ドアを開けると、そこには———


氷肌玉骨ひょうきぎょっこつ

螺旋らせん!!」


 女と男が戦っていた。術式まで使って。


 女の周辺を舞う氷の塊が一斉に教室内を暴れ回り、逃げ回る男へ向けて発射される。

 男は氷を避けるが、避けきれなかった氷の塊はその手で触れると木っ端微塵に破壊される。

 常に氷を生み出して飛ばす女。

 教室という空間を十全に生かして氷を避ける男。


 既に教室内は、軽い気持ちで立ち入ることの出来ない戦場になっている。


「なあ、ほとぎ


「ああ、分かってる」


 廻が何をしたいか分かった。

 僕も同じようなことを考えてたから、丁度よかった。


「出てこい、ムクムク」

小築庵蝸堂しょうちくあんかどう


 廻はいつも通り、真っ黒の毛玉を出現させ、変形させる。今回は刀に変形させたようだ。

 僕も自分の術式で、現状に最も適している怪異を出す。


蝦蟇がま、拘束しろ」


 カエルにしては大きい蝦蟇が数十匹。それが教室内を走り回る男に向かっていく。

 廻は氷を操る女の方へと接近、刀を振り下ろす。


 お互い相手する方は決まった。


 女のことは一旦頭の隅に置いておく。

 まずは、こっちの男から。

 男に近づいた蝦蟇は舌を伸ばし、命令通り拘束する。蝦蟇の舌が男の頭、腰、足にまとわりつく。あとは、高い所から落として終わり。

 いつもならそうするのだが———、


「なんだこれ、キメェな! 螺旋、螺旋、螺旋!!」


 男がその手で蝦蟇の舌に触れた瞬間、舌が捻じ曲がった。触れた所を中心に、舌がそこに巻き込まれていく。その巻き込みが舌だけではなく、ついには蝦蟇の体も巻き込む。グシャっと肉や骨が潰れると同時に、3匹の蝦蟇がサッカーボールぐらいの大きさの球になった。


「なるほど、それが君の術式か」


 おそらく、この男の術式は回転。触れた地点を中心に繋がっているものを巻き込んで一点に収束させる、か。

 さっきから螺旋て言ってるし、大きく外れてる事はないはずだ。


「テメェか! 邪魔すんじゃねぇ!」


 男がこっちへ向かってくる。多分、あれに触れられたらヤバいだろうな。骨折じゃ済まない気がする。危険だな。

 まあ、なんとでもなる。


「蝦蟇、手首を狙え」


 次に蝦蟇の狙いを手首へと向けさせる。

 僕の声が聞こえたのか、男が手を警戒しているのが見て取れる。蝦蟇へ近づくことに躊躇するのが分かった。


 次は蝦蟇へサインを送る。

 囲え。

 蝦蟇がゆっくりと移動して男の背後へと回り込む。

 流石にこの男でもそれに気がついた。

 教室には椅子も机も5人分しかないから、隠れる場所がないからな。隠密を得意とする蝦蟇には不適な場所だったかな。


「しゃらくせぇ、螺旋!」


 男が床に手を置いて術を使う。木製の床だったから、床板が跳ね上がり、破片が飛び散るった。

 そして、飛び散った破片の中から大きなものを男は掴み、投げた。

 その破片は回転しながらこっちへ飛んでくる。


「蝦蟇、盾」


 そばに控える一匹の蝦蟇がその身で木の破片を受け止める。回転する破片は蝦蟇の体を抉って突き刺さる。

 幸いなことに蝦蟇一匹だけで、木の破片の回転は止まった。


「蝦蟇一匹で足りるのか、案外弱いな」


 男はこの一連の流れに、ありえないと思ったのか呆けている。

 追撃しなくてもいいのか?

 そう思ったが、別に来ないならそれで構わない。


 視線を上に向けて天井を見る。天井には蝦蟇が二匹張り付いていた。さっきの指示通り。

 その蝦蟇に追加のサインを送り、男の手首に舌を伸ばさせる。


「え、なんだ、いつの間に!?」


 男の両手首を拘束。

 これで術式はもう使えないだろう。

 残りの蝦蟇にも指示を出して、頭、腕、脚と身動きを取れなくする。ついでに、目も口も塞いだ。


「——————!」


 なんか暴れて叫んでいるが、何を言っているか全く分からない。

 拘束完了。


「廻ー、そっちは?」


 と、頭の隅に置いていた女の存在を思い出す。

 その方向を見ると、まだ2人は戦っていた。


 術で作った刀を持つ廻は、女が生み出す氷の塊を避けるので手一杯に見える。女は余裕ができてきたのか、氷塊の数がさっきよりも増えている。

 氷が飛び、廻が避ける。近づこうとしても、氷に阻まれる。

 よく観察すると、氷塊の数は一定かもしれない。女が氷を出す毎に、どこかの氷が消えている。


 それにしても。


「術式使いなよ」


 なぜ廻は苦戦しているのだろう。

 早く術式を使えばいいのに。

 廻の術式であるムクムクとかいうふざけた名前の毛玉は、変幻自在の術式のはずだ。武器に変形するというのは、あの術式の一部でしかない。強みはその先にある。


 なのに、廻はそれを使っていない。

 制限しているのか?


 まあいいか。僕が終わらせよう。早い者勝ちだし。


 蝦蟇を術式の中に戻して、氷に強そうな怪異を出そうとする。

 しかし、その時———、


「喧嘩は、やめなさーい」


 棒読みの言葉が聞こえた。

 教室に入ってきたのは、先生と荒掴紫乃だった。


「と言っても、君たちは止めないだろうね。だ、か、ら! あるゲームを考えてきたよ!」


 荒掴紫乃が持っていた横断幕の片方を先生が持って、黒板の前を横切る。

 広げられたそれにはこう書かれていた。


『どきどき、誰が一番速いのか交流会!?!』


 うん、アホだ。


「ルールは簡単! まず君たちを山まで飛ばす、一番早くここに戻ってきた人の勝ち。準備はいいかい?」


 多分、誰もこの急展開について行けてないんだろうな。

 荒掴紫乃ですら、呆れた顔してるし。


「それじゃあ行ってみよう。 怪我しないでね!」


 次の瞬間、僕の身体は謎の力に引っ張られて外に吹き飛ばされた。もちろん、壁を突き破って。痛みはなかった、不思議だ。


 空を飛んでいる感覚に驚きつつも、下に広がる光景を見る。

 広大な森に山に川。自然あふれる世界の中央に立つ学園。

 祓魔学園は森の中にある。森の中の一際高い山に学園を建てた感じだ。

 多分、この森のどこに落ちても学園は見えるだろう。


 空から見た学園は思いの外綺麗だった。


 宙を舞う。

 落下する。

 …もしかして、落ちている?


 これ、どうやって着地するんだ?


 近づいてくる地面を見ながら、パラシュート代わりの怪異を探し始めた。

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依代亡き付喪神 薬壺ヤッコ @Samidare0820

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