閑話7 それぞれの想いは、同じ幸せを願って

最新話を改稿してたら文字数増えてきたので閑話6と7の二つに分割しました。話の流れは改稿前と同じですが、ちょっと登場人物の言動がイメージと違ったので修正しました + 心情描写を追加しました。




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閑話7.


 賑やかな酒場の中で、三人のつくテーブルにも和やかな空気が流れる。つい数日前まで、二度と過ごせないのではと思われた平穏だ。


 一時テイルを失った『麦穂の剣』は、全員が打ちのめされ、希望もなく、ただ座して崩壊を待つだけの有様だった。


 それが今やこうである。


 三人は、当たり前だと思っていた日常が再び帰ってきたことに、きっとテイルが想像だにしないほど感謝しているのだ――。


 ――そして、そんなかけがえのない日常を二度も失うことがないようにと、そうしっかり考えるようになるのは何も不思議なことではない。


 暖かい雰囲気の中、ウルはおもむろにアンリへ視線を向ける。


「でもさ」


 アンリから視線が返ってくるのを確認すると、ウルは本題を切り出すべく一息吐く。


 この雰囲気を一時でも壊してしまうことに申し訳なさを感じるが、それでも。


 大切なテイルのことだからと。ウルは、もはや躊躇うことなくその言葉を放った。


「――アンリのあのやり方、テイルのためにならないと思う」


 ――その瞬間、空気が凍る。


 誰も、言葉を発さない。先ほどまでの雰囲気と一転、どこか気まずい沈黙がテーブルを覆った。


 アンリが少しの驚きの後、わずかにまなじりを細めて見せる。リエッタは話がわからないなりに、他二人の変化を察しておろおろと視線を惑わせた。


 自らこの状況を作ったウルは、しかしこの場の重たさを真正面から受け止め、返事を待つとばかりに冷静な表情で佇む。


 アンリはそんなウルに向かって、口調こそいつも通り、けれど視線鋭くその口を開いた。


「えー? どういうこと?」


 その少しむっとした様子から、ウルの発言に納得がいっていないのは明らかだ。


 しかし、対するウルも反論があるなら受けて立つと、いつもはクールな顔に強気な色を覗かせる。そして言った。


「――アンリはさ。きっと、テイルのことをまだどこか自分に寄せて考えてるよ。自分ならこうされたらこう思う、そういう期待込みの行動でしょ」


「……」


「――テイルはね。きっと、もっと根深いよ」


 ウルの言葉に、アンリは考え込む。


 あの時の行動は、仲間の自己犠牲を目の当たりにすることで、テイルのこれまでを省みてもらうことが目的だった。おそらくウルはそれを理解した上で、あの時のやり方では駄目だと言っている。


 アンリは、それでもと、そう思う。たとえあの時の行動が性急すぎたのだとしても、それでも意味がなかったとは思わない。


 すぐに効果が出なくても良いのだ。少しずつでも、今回と同様にアンリの気持ちを理解してもらえれば、そのこと自体に意味がある。いずれはテイルもきっと――。


 アンリのその、幾度も自己犠牲的行動を目論む思考は、テイルと同じ源泉ではないにしても、どこか歪なものである。アンリはそのことに自分で気がついていない。彼女は自己への好悪のバランスが少し不安定で、それゆえの思考であった。


 けれど、それが一概にも悪いとは言えない。最優先の願いがテイルを失わないことなのであれば、歪でも何でも、結果が出ればそれでいい。


 アンリは改めて決意を固くした。


 そして一方のウルは、考え込むアンリを見て、どうも自分の主張が受け入れられたわけではないと察していた。むしろアンリの中にある結論を改めて認識させただけと理解し、ふっと息を吐く。


 ――別に、ウルはアンリのことが嫌いなわけではなかった。それどころか、幼い頃からずっと一緒にいる彼女のことを心から大切に思っている。


 ただ、ウルもアンリも同じ人を好きになって、違う方法でテイルのことを想っている、それだけの話である。


 だから、この状況をよくないなど、そんな傲慢なことは考えない。どちらかの考えが間違いだという話でもない。


 ウルが強い言葉を使ったのは、自分が正しいと思っている方法を伝えたかったからだが、アンリがアンリなりのやり方でまっすぐ進める鼓舞になればという意図もあるのだ。


 それぞれがそれぞれの方法でテイルに働きかけ、それでどちらかが上手くいくならそれでいい。


 願うなら、彼の心を変えるのは自分でありたいと、そんな健気な願望を胸に抱えてはいれど――。


 ウルは自分で答えを出した様子のアンリを見て、自然と口角を上げる。アンリも見られていることに気づき、二人は視線を交わして不敵な笑みを浮かべ合った。


「――じゃあ、競争だね。アンリか私、それともリエッタか――私たちの誰がテイルを真っ当にさせるか。負けないよ」


「うん。こっちも負ける気ないから。――ついでに、想いの成就もしちゃったり、なんてね」


 悪戯っぽく笑ったアンリだが、しかしその言葉ほど軽い気持ちではないだろう。


 今回の一件を経て、テイルへ向ける感情はむしろ以前より大きくなった。そしてそれは、一度テイルを失ったと絶望したウルも同様だ。


 バチバチと火花を散らす二人を見て、話に完全にはついていけなかったリエッタが、その小さな頭の上にはてなを浮かべていた。


 しかし、それでも。


 二人と付き合いの長いリエッタには分かる。


 強い視線を向け合う二人は、一見互いに敵対しているようにも見えるけれど。


 ――それでも、互いに強い信頼を向け合い、共通の目標に向けて進むライバルのようなものなのだ。


 小さな頃からずっと一緒で、きっとこれからもそう。


 この先まだたくさんの困難が待ち受けている予感はあるけれど、それでも。


 やっぱり、『麦穂の剣』はみんな仲良しなんだと。リエッタは改めてそう思う。


 ――そうして、三人はまた明るく酒を飲み交わしながら、夜は更けていく。




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これで一章終了です。

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お荷物を自覚してるのにパーティ脱退が許されないから、奈落の底に飛び降りるフリで姿を消そうとして本当に落ちた ~絶望で病んだパーティの少女たちをよそに、僕は奈落で死ぬほど強くなる~ クー(宮出礼助) @qoo_penpen

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