閑話6 少女たちの宴会


閑話6.


 暖かいランプの光が、柔らかく室内を照らしている。


 行き交う店員がにこやかな表情を浮かべ、そこかしこのテーブルへと湯気に立つ料理を配膳する。受け取る客も柔らかい雰囲気で、酒場という場所にも関わらず荒っぽい空気など微塵も無かった。


 そして、アンリをはじめとした『麦穂の剣』女性陣が座るテーブルにも、なみなみに注がれたエールが小綺麗に盛り付けられた摘みとともに運ばれてくる。


 飲み物と料理が行き渡ったのを確認すると、アンリは店員が来てから閉じていた口を開く。


「――それじゃ、みんな」


 ウルとリエッタから視線向けられ、アンリは意気揚々と音頭を取った。


「今日はテイルも抜きということで、パーティ女性陣水入らず、激戦の疲れを癒そっか! ――乾杯!」


「乾杯!」


 手に取ったジョッキをぶつけ合い、カランと音を鳴らす。


 三人はよく冷えた黄金色のエールを喉に流し込むと、その喉越しの心地よさに揃って感嘆のうなりを上げた。


 そうして、ひとくちふたくちと摘みを口にすると、三人は会話を再開する。次第に先ほどまでのように話題は弾み、華やかな声がテーブル上を飛び交う。


 ――夜は、まだ早い。女性だけの姦しい宴会は始まったばかりである。




 ――アンドラス率いる魔物の軍勢に対し、グレンの街総出で激しい戦闘を繰り広げてから早数日。


 まだ街の外で復興作業は続いているが、戦いの影響が少なかった街中はすでに日常の喧騒を取り戻していた。


 戦いの余波で街道が損傷しているため流通も乱れており、さすがに完全な元通りとは言えないものの、戦いの規模の割には驚くほどの早さで復興が進んでいるという。


 街で働く者たちの逞しさにはさすがという他なかった。


 そして、いつの通りに戻っているのは街の様子だけではない。


 アンドラスを撃破し、置き土産である圧縮魔力をも処理した『麦穂の剣』は、数日続いた街の住人や冒険者たちからの称賛、そして冒険者ギルドや守護兵による取り調べを終え、昨日からやっと日常へ戻り始めたところであった。


 とはいえ、今の状況ではギルドでも大した依頼は張り出されておらず、武器の手入れや報酬の交渉といった雑事をこなした後は、激戦の疲れを癒すべく美味しい食事に舌鼓をうつくらいしかできない。


 今日も夜になると、戦争でともに戦ったリカードたちから男だけの宴会だとテイルが連れていかれたので、残った女性陣だけで小綺麗な酒場に赴き女子会をしているというわけだった。




 ――アンリが乾杯の音頭を取ってからしばらく。


 それぞれの杯も進み、いい感じの雑貨屋や最近買った服など、女の子らしい会話を弾ませていたアンリたちだったが、その話題は次第に真面目なものへと移り変わっていく。


 つい数日前の大規模な戦闘についてそれぞれの言葉を語り始めた三人は、やがて死闘となったアンドラス戦へ言及する。


「――それで結局……あの魔人は、何が目的でグレンに来たの?」


 会話の途中、ウルはそんな疑問を口にした。


 戦争を司る六神将アンドラス――驚異的な力を持つ魔人の中でも、さらに最上位に位置する難敵である。数多くの魔物を引き連れグレンの街へと侵攻し、何とか撃退することはできたものの、少なくない犠牲者が出た。


 そんな滅多に遭遇しないはずの危険な存在は、いったいなぜグレンの街を攻めようとしたのか。


 当然の疑問に少し考え込んだアンリは、やがて口を開くとぼやくように言った。


「分かんないけど、どうせ魔王復活のために悪巧みしてたんだろうって話だよ。女神のやつが言ってた」


「女神……」


 いまだ聞きなれない単語に、ウルとリエッタは呟きを漏らす。


 二人は、戦いの後すでにアンリからことの次第を聞いている。


 アンリが実は女神アリアンロッドに目をかけられた使徒であること。テイルが不在の間、女神の力で記憶を操作されていたこと。


 ――そして、過去の勇者によって打倒されたと伝えられる魔神が、いま復活に向けて力を溜めていることも。


 リエッタはどうにもぴんと来ていないという顔でアンリを見つめる。


「なんだかおとぎ話みたいになってきたね……。勇者さまが魔神を倒したお話だって物語みたいな感覚だったのに。しかもアンリちゃんが女神さまの使徒だなんて、すっごいびっくりって感じ」


「急に強くなるからびっくりしたよ。神々しいオーラまで出しちゃって」


「まーねー。でもあれ私の力じゃないし、なんかズルしてるみたいでちょっとやだけどね」


 アンリは苦々しい表情だ。


「それにあの女神、めっちゃ性格悪いからね。たしかに聖紋の力は強いけど、頼りすぎたらやばい感じがする」


「もーアンリちゃん……また女神さまの悪口言う」


「ホントのことだからね。リエッタもあいつのこと崇めるのやめといた方がいいよ」


「うーん……」


 リエッタは苦笑いで、はいともいいえとも言えない。というのも、リエッタの父は教会勢力の人間であり、リエッタ自身幼い頃から信仰を学んできたのだ。信仰対象は当然女神アリアンロッドであり、実際に言葉を交わしたアンリの言といえど、素直に受け入れることもできなかった。


 とはいえ、大切な仲間であるアンリが嘘を言っているとも思えず、現段階では女神に対して中立というのがリエッタの個人的な立ち位置だった。


 ウルはリエッタのそんな微妙な立場を察し、助け舟を出す。


「――ところでさ」


 ウルはジョッキを握りエールを煽るアンリへと視線を合わせる。「なに?」と首を傾げるアンリに対して一拍置くと、これまでになく真剣な表情を浮かべて言った。


「最後の、地竜が出てきた時のことだけど。アンリがテイルを庇って一人で戦ったのって――やっぱり、テイルにため、だったりする?」


 アンリは目を小さく見開く。端から聞けば少し言葉が足りない発言に思えるが、しかし思いを同じくするアンリには伝わった。


 つまりウルは、テイルの悪癖をどうにかするためにアンリがあの行動を取ったのかと、そう問うているのだ。


 質問という体を取ってはいるが、ウルの表情からはすでに答えを予想できていることが読み取れる。これは単に答え合わせというか、この先の話をするための確認に過ぎないのだ。


 リエッタへの助け舟という形ではあるが、しかし実際この話題を出すのがウルの本命だった。


 アンリは自らの意図を見透かされた驚きから脱すると、しかし今度は一転納得したような顔で小さく頷く。


「まーやっぱ分かるよね。同じ・・だもんね、私たち」


「まあ、ね」


「え? え? なになに、どういうことっ?」


 アンリの意味深な言葉にウルは頷き、一方リエッタは何のことか分からず困惑している。


 アンリはリエッタへにやりと笑みを向ける。


「リエッタはねー、まだお子様だからさ。まあ自覚ないだけだと思うし、言ってる意味はそのうち分かるよ」


「えー! なになに、いじわるしないで教えてよアンリちゃん! ウルちゃんも!」


 大きな身振りで解説を求めるリエッタに、アンリとウルはそれ以上の言葉を返さない。微笑ましげな表情で優しくリエッタを見守るのみである。



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