32話 生還、大団円
32.
それは、破壊的な衝撃だった。
目が眩む閃光が走ったと思ったその直後、凄まじい地響きとともに、押し寄せた力の波が僕の全身を強く叩く。
思わず目を閉じて顔を手で覆うも、細かな砂埃、木の枝、それに小石なんかがぶつかってくる。
周囲に広がる衝撃波は止むことがなく、腰を低く落として耐える僕に他の行動を許しはしなかった。
そうして、気を抜けば吹き飛ばされてしまいそうな力の奔流の中、いったいどれほどの時間が経っただろうか。
実際には、ほんの数十秒のことだったのだと思う。けれど、この衝撃の中心近くにいる少女のことを考えると、僕は永遠にも感じる時間、身を焦がすような焦燥感を味わうこととなった。
次第に、体を叩く暴風が弱くなる。飛散する木石がその勢いを無くし、無理やり開いた目にもほとんど物が入ってこなくなったその時。
――僕に視界に映ったのは、まるで禿げ山のように草木がなくなり、すっかり頂上までの見通しが良くなった山の姿であった。
「な……」
思わず言葉を失う。
魔神に仕える強大な魔族、魔神将の一人であるアンドラス――その厄介な置き土産は、まさに遺憾無く力を発揮したと言えるだろう。
先ほどまで、離れたこの場からも見えていた巨大な地竜は、視界のどこにも見当たらない。
見晴らしが良くなった山肌には、山頂にほど近い場所に巨大なクレーターが出現している。ここからも、山のてっぺん辺りがくり抜かれたようになっているのがわかった。
――そして。
つい先ほど、突き飛ばされるまで一緒にいたはずのアンリの姿も、どこにも見えない。
「――ッ」
さあっと血の気が引く。
先ほどの爆発の威力は、山の麓近くであるこの場所まで届いた衝撃が物語っている。大きく抉れた山肌が見えることからも、尋常なものでなかったことは明白だ。
そして、そんな爆発に巻き込まれた結果どうなるかは、もはや火を見るより明らかだった。
気づけば、僕は走り出していた。激戦の疲労も、傷の痛みも、全てを脇に置いて強化した肉体で駆ける。
視界のどこかにあの淡い金色が見えないか。茶目っけのある声が聞こえてこないか。
大切な仲間の姿が、どこかに――
息を荒くしながら山を駆け上った僕は、道中でアンリの痕跡を見つけることもなく爆心地へと到達する。
半球状に抉れた地面は高熱のためにガラス化し、透明な結晶質が足の下でシャラシャラと鳴る。
木も、岩も、竜も、人も。全てが均されたようなその光景の中で、僕は拳を握り込んだ。ぎりりと音がして、握った手の内から真っ赤な血が数滴垂れる。
歯を噛み締めながら、小さな呟きが零れた。
「――なんで……アンリ……!」
――やっと僕でもみんなの役に立てると、そう思った矢先だったのに。
アンリの異変が元に戻り、協力して強大な敵を倒した。その後の置き土産も、『麦穂の剣』で一丸となって対処できそうだった。
昔と違い、みんなの助けになれるだけの力を手に入れ、これからまた四人で冒険を続けられるはずだった。
――心に深い傷を付けた償いだって、まだ出来ていないのに。
僕は俯き、体から力が抜けるまま、地面にへたり込みそうになって――――その時だった。
――からり、と。
硬いもの同士がぶつかったような、硬質な音が耳に入る。
ばっと顔を上げた僕は、音の出どころを探して素早く周囲に目を巡らせた。
そして、見つけた。
僕から少し離れた、巨大なクレーターの端。衝撃で飛ばされた土砂が重なり地面が盛り上がっているところで、ガラガラとガラス化した土が崩れ始める。
頭をよぎる希望に突き動かされるまま、僕はすぐさま駆け寄った。――そして、突如眼前の地面が大きく上空へと打ち上がった。
「――あーもう! 死ぬかと思った!」
ひらりと翻る白金の髪。
巨大な斧を担ぎ、体に付着した土を払いながら、姿を現した彼女がぼやく。
「掘った穴崩れるし、地面の下でもけっこう熱いし……まあ、それでも――」
驚きに目を見開く僕を見て、アンリは悪戯っぽく笑った。
「ね。おかげで誰も怪我しなかったでしょ?」
「――アンリ……!」
もう、駄目かと思った。アンリはその尊い命を僕たちのために散らし、二度と会話することもできなくなってしまったと、そう一瞬思ってしまった。
再び言葉を交わすことができると分かった安堵から、僕は思わず声を大きくして言った。
「なんでこんな無茶なこと……! 無事だったから良かったけど、一歩間違ったら――」
「――だって」
僕の言葉を聞いて、先ほどまでの様子と一転。アンリは真剣な顔で僕を見る。
真摯な思いを込めた眼差しが、僕の両目を貫く。そして、ゆっくりとアンリは口を開いた。
「だって、テイル。あのまま二人で地竜と戦ったら、どうせどこかで私を庇ったでしょ」
「――」
「私、まだあんな強い魔物に余裕持って挑める力はないし。体もだいぶボロボロだったし。どうせまた、これまでみたいにテイルは私のことを守って傷ついてた。――それが嫌だったから、こうしたの」
アンリはそう言って、違わないだろうと言わんばかりに口をへの字にする。そして、僕は確かにその言葉を否定できなかった。
そこまで大きな差では無いと思うけれど、現状、僕はアンリより地竜と上手く戦えると思う。であるなら、もしアンリがピンチになった時、それを助けるのは僕の役割である。
けれど、アンリはそれが嫌で自分が代わりになったと。
僕は思わずその行動に異を唱えようとして、しかしじっと僕を見据える視線に思わず口をつぐむ。僕が言おうとしたことを察して、ほらねと、まるで拗ねるような目をしていた。
――そんなことはしないで欲しいと僕が言ったところで、僕自身が今まで同じようなことをしているから、アンリが納得するはずはない。
言外に、アンリの行動を改めて欲しいなら、当然僕にも改めてもらうと言っているのだ。
さらに、反論を考える僕に対し、アンリは追撃を加える。
「私よりテイルの方が強いからなんて、そんなこと言っても無駄だからね」
アンリは手の甲で薄く光る紋章を見せつけてくる。
「私には、女神に押し付けられた戦士の加護がある。パーティで戦士が担う役割は、敵の攻撃を最前線で受け止めることだよ。加護で腕力や速さが上がるのはもちろんだけど、実は一番大きくなるのは守りの力なんだよね。――防御に限っていえば、たぶん私の方がテイルより上だから」
ニヤリと笑うアンリに、僕は思わずうなる。
命の危険が少ない方が体を張っただけ。アンリの主張に対し、僕は彼女を頷かせられる正当性を持った反論を思いつかない。
理屈の上では、お互いがお互いのことを思っていて、それぞれが適した場面で矢面に立ったという話なのだ。
アンリは言い返せない僕を見て満足げに頷くと、得意げな表情を向けてくる。
「ね、だからさ。これに懲りたら、テイルも少しは私たちに頼ることを覚えてよね」
そして、一度言葉を切ったアンリは、改めて僕を見据え言った。
「――私たち、パーティなんだから」
アンリの顔に真っ直ぐな感情が浮かんでいる。僕への心配、親愛、思い遣り。他にも色々な思いが混ざり合い、僕にも全ては分からない。
それでも――ただただ、どこまでも真摯な思いを抱いていることは痛いほどに伝わる。僕の返答如何に関わらない、透き通った瞳に乗せた強い覚悟も。
これだけの感情をぶつけられて、なおもそれを拒絶することは、僕には出来なかった。
「……分かったよ。なるべく、そうできるよう、頑張る」
僕は、そう口にしていた。
アンリの言葉に素直に頷けない思いはある。僕のような人間に、アンリたち仲間と並ぶほどの価値があるとは思えない。誰かが犠牲にならないといけないなら、それはきっと僕であるべきだと、今でもその思いは変わらない。
それでも。アンリの真摯な思いを受け取った上で、それを突き返すことをしてはいけないと、そう思ったのだ。
いつか、本当にどうしようもなくなった時は別だけれど――それでも、せめてその時が来るまでは。それまでは、精一杯アンリたちと一緒に足掻こう。
そんな僕の決心を察しているのかいないのか、それは僕には分からないけれど。
それでも、僕の答えに頷いたアンリは、満足げな笑みを浮かべてこちらへ歩み寄った。目の前に立つと、その暖かな両手で僕の手を取り、背後へ振り向くよう促される。
そして視線を向けた先には――
「テイル、アンリ――!」
「ふたりとも、無事だったんだねー!」
――こちらへ疾走するウルと、その腕に抱えられたリエッタの姿。
心底から僕たちのことを心配し、そしてその無事に安堵していることが伝わってくる。二人は早く早くと僕たちの元へと駆けてくる。
大切な仲間たちの姿を見ながら、僕の隣に立ったアンリは優しく言った。
「さあ、行こう。――凱旋だよ」
頷いた僕は、アンリに手を引かれながら、近づくウルとリエッタに手を振った――
そうして、この唐突に始まった戦乱は、濃密な一日を経てとうとう幕を下ろした。
街を襲った被害は大きく、冒険者や守護兵には怪我人も多い。無事に終わったなどとはとても言うことができない。
それでも、街の中への被害は無く、戦う力のない住民たちを失うこともなかった。街の周囲は荒らされてしまったが、街に生きる人たちが無事ならどうとでもなる。
上位の魔人が現れたにも関わらず、これだけの被害に抑えることができたのは、ほとんど奇跡とすら言っていいことだった。
冒険者の街と呼ばれるブレンは、またすぐに元の活気を取り戻し、多くの冒険者たちの出発点として賑わうことになる――
少し前はパーティ脱退を決意し、命の危機にすら直面していた僕だけれど、もうしばらくは『麦穂の剣』の一員として、ブレンを拠点に冒険を続けていくだろう。
――そんな僕の想像が覆ることになるのは、まだもう少しだけ先の話である。
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