閑話5 大好きなあなたへの仕返し
投稿大きく遅れてすみません。急に仕事が忙しくなってしまって……。
●前話までのあらすじ
魔物の群れを引き連れた魔族アンドラスが街を襲うも、女神の加護を覚醒させたアンリの力もあり、主人公テイルたちはなんとかその討伐を成し遂げる。しかしホッとしたのも束の間、アンドラスは置き土産とばかりに自身の膨大な魔力を圧縮した時限爆弾を残す。テイルたちのパーティ『麦穂の剣』は全員で力を合わせ、魔法で爆発を食い止めた圧縮魔力を山に運んでいくも、最後の壁とばかりに空から魔物の王――地竜がその姿を現して……
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閑話5.
体にとてつもない重圧がかかっている。こちらに背を向け眼前を飛ぶ地竜からは、そんな錯覚を感じるほどの威圧感をぶつけられていた。
しかし、この背中ごしに感じる圧力は、竜という強大な魔物が場に存在するだけで撒き散らすものにすぎないのだろう。
巨竜は山を登る膨大な魔力の塊に気を取られているらしい。すっと地面を滑る塊を追って、剛風で草木を巻き上げながら先を行く。
この私に見向きもしない態度に、少しだけイラッとする。これでもお前に傷をつけるだけの力は有るつもりなんだけどと、斧を握る手のひらに力を込める。
そして、私は一瞬考える。
――この位置で圧縮魔力をどうにかされると、私もテイルも、それに他のみんなだって爆発に巻き込まれるかもしれない。
刹那の後に行動を決めた私は、これでどうだと言わんばかりに、体を強化する女神の加護を強めてやった。
そうすると、体から立ち上る銀光――女神の力に、地竜はやっとその意識をこちらに向ける。初めて気づいた言わんばかりに、空を行く地竜がその長い首をこちらに向けて動かした。
「――グオォォォオ……」
腹の底に響く声と共に、夜の帷を貫くような、鋭い黄金の眼光が私を射すくめた。
キッと睨み返すと、ぐちゃぐちゃに混ざった魔力と威圧感の波が暴力的に降り注いでくる。
「――テイルは、こんなのをひとりで」
背筋にヒヤリとしたもの感じながら、それでも私の足は淀みなく動いた。通常時の何倍にも強化された脚力は、一瞬で私が望む場所へと連れて行ってくれる。
「どうも――こんにちは、ラスボス……!」
闘争心で、ぎりぎりと口の端が釣り上がる。凄絶な笑みを浮かべた私は、反応が遅れる地竜の腹に、全力で斧を振り切る――
「グガオオオオオオォォオォォォォオオ――!」
――私は、考えた。
山頂へ向かう私たちの前に地竜が現れたその時。横目でちらりとうかがったテイルは、まるで何かを覚悟するようにぐっと口を引き結んだ。
その体には、先ほどまでの激戦の色が濃く残っている。服のあちこちが破け、血が滲み、どこか痛めているのか動きもぎこちない。
地竜は私と二人で相手取ると言っていたけれど……。
私の脳裏に、自らの傷を顧みず私を守ろうとするテイルの背中が浮かび上がる。――これはきっと、そう的外れでもない想像なはずだ。
テイルは、私たちのことをとても大事に思ってくれている。加えてはっきりと言葉にされたことはないが、私たちは自分と何か大きなことをやり遂げる、自分よりも価値のある人間だと、そんなことを考えているらしい。
その結果、彼が取る行動は何か。
――そう。自己犠牲だ。
テイルは、私たち『麦穂の剣』のメンバーを、自分よりも優先する。生活の中の些細な出来事でも、パーティの方針を決める話し合いでも。そして、命をかけた戦闘の最中でも。
いかなる時でも仲間を大切にするという性格は、テイルの美点である。しかし、時に独善的でさえある自己犠牲の傾向は、いつかどうにかしないといけない欠点だ。
そして今この時、テイルが自己犠牲に及ぶ機会を奪い、加えて事あるごとに発揮されるその悪癖を矯正する方法があるとすれば。
それは――
「――名付けて、人の振り見て我が振り直せ作戦、なんてね」
もっと力を寄越せと性悪女神に念じながら、私は繰り返し地竜へと攻撃を仕掛けた。
「グオオオォオ!」
地面から飛び上がっては腹や腕を切りつける。その後はすぐに地竜の体を蹴って反動で地面へと降り立つ。素早い動きで苛立つ地竜の反撃をかわしながら、嫌がらせのような攻撃を続ける。
――空を飛んでいる状態であの堅い体に有効打は与えられないみたいだけど……私の目的はそれじゃない。
小競り合いを続ける私たちを横目に、魔法で保護された圧縮魔力は高速で移動を続けている。
そして、魔法の制御というものは、放った魔法が行使者から離れれば離れるほど効かなくなっていく。
――すなわち。すでにここから遠く離れた場所にいるテイルとリエッタは、もうわずかなうちに圧縮魔力を覆う魔法を制御しきれなくなる。
そうして起こるのは、凝縮された膨大な魔力の解放――大規模な爆発だ。
私は怒りの眼光を向けてくる地竜をしっかり見据えつつ、視界の端で圧縮魔力の行く末を見る。
――この距離で、ギリギリいけるかな……。
ぺろりと舌で唇を湿らせる。流石に緊張する。勝算があるとはいえ、これから起こることで最悪命を落とすことになるかもしれない。
けれど、それでも。全ては、テイルのために。
――もう、いつかいつかと先送りにするにはやめだ。
今回の一件で良くわかった。私が後生大事に抱えていたはずの幸福は、何かの弾みで簡単にこぼれ落ちてしまうものだった。
気づいた時には遅く、手が施せなくなってしまった絶望は、もう十分に味わったはず。
だから。今までもこの先も大好きなあの人のために、いま私にできることがあるなら、ためらうことはやめだ。なんだってやってみせる。
これからのテイルが、今より少しでも健やかに過ごせるように――。
怒りのボルテージを上げた地竜が、本腰を入れて私へ向かってくる。けれど、私の意識はもはやそこになく、視線を向けるはその背後――山の頂へと昇っていった魔力の球。
なんとなく、その時が来たのを肌で感じ取った私は、小さく口を開けて呟いた。
「――バンッ」
――瞬間、地竜の背後で眩い光が膨れ上がる。
遅れて、轟音と衝撃が駆け巡り――
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