第31話 協力、予想外

31.


「――じゃあ、まずはわたしが風属性魔法で……」


 リエッタが目をつむると、滑らかな魔力操作で緑の魔法陣が形作られる。そしてそこに風属性魔力が注がれ、魔法が発動した。




 『麦穂の剣』の面々に加え、一部集まって来た他の冒険者たちが固唾を飲んでリエッタを見守る。


 集まったみんなには事情を説明してこの場を離れるよう言ったが、ここまでくれば一蓮托生だと何人もこの場に残った。その中には、僕をサポートするために集められたリカードさんたちもいる。


 それに、まだ魔物との戦闘も完全に終わったわけではない。この戦場には僕たち以外にもまだたくさん人が残っている状況であり、失敗するわけにはいかない。


 そして、集中して魔法を行使していたリエッタがとうとう目を開けると、僕に向かって言った。


「テイルくん、うまくできたよ! 次おねがい!」


「うん、分かった」


 リエッタの言葉に、僕も準備していた魔力で魔法陣を構築する。そして、発動させた風属性魔法で周囲の大気を操って、圧縮されたアンドラスの魔力へと向かわせる。


 ――僕たちがこの難局を乗り越えるべく考えた策はこうだ。


 まずはこの場で最も精緻に魔法行使できるリエッタが、風属性魔法で大気を操り、圧縮されたアンドラスの魔力を包み込む。空気で優しく包むことで、圧縮魔力を動かしたときの振動を極力吸収するのだ。


 そして、僕は大気のクッションをより分厚くするため、リエッタが作った層の上からさらに空気を纏わせる。――こんな風に。


「……よし、できた。次はウル、いける?」


「任せて……!」


 そうして出来上がった大気のボールは、ちょっとやそっとの衝撃など吸収してしまえる。しかし、これだけではまだ不十分だ。


 僕たちが使った風属性魔法は、中に力を加えないよう圧縮魔力との相対位置で発動座標を決めている。直接マニュアル操作で座標を決めると、内部で大気の動き方にどうしてもムラができて、余計な力が加わってしまう。だからこその相対座標だ。


 しかし、この方法には欠点がある。魔法の効果が圧縮魔力から固定した距離に大気を配置するもののため、大気を操って中身ごと移動させることはできないのである。


 ではどうするか。その答えはこうだ。


「――よいしょ」


 そっ……と、ウルが伸ばした両手を大気のボールへと触れさせる。すると、中にある圧縮魔力ごと、大気のボールが滑らかに宙を移動し始めた。


 ウルは少しずつ少しずつ力を加え、僕とリエッタが作った空気の塊を加速させていく。余計な力を与えないよう、滑るように走るウルが、爆発させることなく圧縮魔力を移動させる。


 僕はリエッタを抱え、魔法を維持するためにウルの後ろを付いて走った。アンリは全員の先を行って、道中にいる魔物を倒したり、冒険者や守護兵たちに道を譲ってもらう。


 そうして、僕たちは四人で隊列を組みながら、危険な爆発物を人のいない場所へと運搬していく。




 ――こうして、破局を迎えることなく魔力を運べているのはなぜなのか。


 その理由は、魔法の性質とウルの繊細な力加減の賜物だ。


 まず、圧縮魔力との相対位置で固定させた大気は、魔法で自由に移動させることはできない。しかし、外部から与えられる力に関しては別だ。ウルが魔法で固定させた大気を押すと、その分動いた大気はしかし圧縮魔力との距離を保とうとするため、圧縮魔力ごと動くことになる。


 魔力は魔力でしか干渉できないため圧縮魔力の運搬には魔法を介する必要があるが、リエッタは大気のボールの核を維持するとともに外側の空気抵抗を減らす魔法も使っているため、負担を考慮してウルの繊細な力加減で運ぶことにしたのだ。


 十分な速度まで少しずつ加速させた後は、外部との空気抵抗がほぼ無いため、それ以上力を加えなくても圧縮魔力は飛び続ける。その速度はかなりのもので、すでに山のふもとにある森の入口までへ来ている。


 先頭のアンリが進路上の木を切り倒して道を作ると、僕たちはそのまま森の中へと突入した。


 ウルがときおり進行方向を修正させるところを見ながら、腕の中のリエッタへと話しかける。


「いい調子だね。このまま行けば、最終段階までは何とか行けそうかな」


「うん。でも最後も危ないからまだ気をつけないと」


 僕たちは顔を見合せ、気は抜けないと魔法の維持に集中する。


 そうして、魔力が爆発しそうにならないか伺いつつ走ることしばらく。草木に覆われた地面はいつしか傾斜し、僕たちは山に入る。


 ここまでくれば、もう終わりが見えてきた。一定の傾斜に沿って進み続ける圧縮魔力は、このまま僕たちの手を離れても単独で山を登り続けるだろう。


 魔力の脈動は次第に間隔を狭めており、爆発の時は近いと知れるが、あとは爆発に巻き込まれない距離へ離れるまで僕とリエッタが魔法を維持し続ければいいだけだ。


 ちなみに、進路上に残る木々は――


「――【白銀津波しろがねつなみ】!」


 ――銀の稲光を帯びた岩の津波が、進行方向に生える草木を薙ぎ払いながら山を登っていった。これで準備は完了だ。


 僕たち四人はお互いに視線を交わし、来た道を戻るべく素早くとんぼ返りしようとした。


 しかし、その時だった。




「――――ギヤオオオォォオォォオオォァァアア!」




 鼓膜を震わす大音響。


 月明かりが照らす一帯に影が落ちる。


 顔を上げた僕たちの視界には、夜空を覆う巨大な竜。


 ごつごつとした岩のような甲殻に覆われたそれは、僕が何とか討伐したのと同種の魔物――――属性竜の一、地竜。




 僕が倒した個体より一回りほどは小さい。まだ成体になりたての個体だろうか。しかし、それでもかなりの力を持っていることは間違いなく、この場で対抗できるのはおそらく僕とアンリだけだ。


 圧縮魔力はもう放っておいて、地竜を引き付けながら全員で来た道を帰るべきか。いや、しかしこの地竜、なぜか圧縮魔力に注意を向けている。アンドラスの巨大な魔力に寄ってきている――?


 そこまで思考し、僕はすぐの決断した。


 腕に抱えたリエッタを下ろし、みんなに言う。


「――リエッタとウルは山を下りて! こいつは、僕とアンリで相手する!」


 これが、本当に本当の最後。ここを切り抜ければ、それですべて何事もなく終わるのだ。


 地竜を見据える僕の視界の端で、少し躊躇し、しかしすぐ状況を判断してこの場を去るウルとリエッタが見える。


 ウルの制御を外れた圧縮魔力が単独で山を登っていく。


 地竜の視線が圧縮魔力の軌跡をなぞり、そちらを追おうとしたところで、僕は寄ってきたアンリへと言った。


「僕たちもだいぶ消耗してるけど、二人ならなんとか! 落ち着いて圧縮魔力から距離を離して――」


「――テイル。魔法の維持は頼んだよ」


「――!?」




 ――その瞬間、僕の体は地面を離れた。


 一瞬、何が起こったのか分からなかった。


 アンリが僕の体に触れたかと思うと、なぜか僕は持ち上げられ、投擲される。山のふもとに向かい、ウルとリエッタが降りたのとは別の方向へ、凄まじい速度で宙を飛んだ。


 どうしてという思いでアンリを見ると、その顔に刹那浮かんだのは透明な笑み。


 それに対して僕はどうすることもできず、せめて圧縮魔力を覆う魔法だけは崩さないようにしながら、山の下へ向かって落ちていく。


 視線の先で、白金の少女が踊るように地竜へと駆ける――




――――――――

次話でアンリの意図が知れます。本章はもうほぼ終わりで、あと数話を残すばかり。

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