第30話 魔人の死、『麦穂の剣』再結集

30.


「アンリ……!」


「分かってる!」


 アンドラスの不穏な台詞に、僕たちはすぐ動いた。


 お互い強化された肉体で飛ぶように地を駆ける。視線の先のアンドラスは、自らの命を諦め、しかし仄暗い喜びを浮かべた眼差しでこちらを見つめ返した。


「もう、遅いですよ」


 僕の剣とアンリの斧が、誰もいない地面を深くえぐる。巻き散った土くれが落ちる音を背景に、先ほどまで僕たちが立っていた地点でアンドラスは言った。


「――私の権能は、古より続く闘争の形――『戦争』を具現化したもの。人を操り不和の種をまいたり、儀式めいた戦の場を作り出したり、といった具合です。そしてこの瞬間移動は、ソロモン様の力で私が【闘技場】の支配者になり、空間を自由に操れるようになった証。空間を支配できるということはつまり――」


 ぺらぺらと話し続けるアンドラスへ、アンリが三度目の【白銀津波しろがねつなみ】を放つ。しかしアンドラスはその場を動こうとせず、別の地点に瞬間移動で出現することもない。次の出現場所へ魔法を放つ準備をしていた僕は、岩の津波が収まったその場にアンドラスが立ち続けているのを見つけて目を見開く。


「――私の眼前で空間を捻じ曲げ、攻撃を逸らしました。瞬間移動とさして消耗は変わりないですが、少しは驚かせられましたか?」


 アンドラスは口の端からごぽりと血の塊を溢しながら嗤う。――曰く、準備は整ったと。


 そして、次の瞬間。


 ――なんと、この【闘技場】を囲う半透明な結界が、内に向かって動き出したではないか。


 広大な領域を覆う壁が、地響きを立てながら狭まってくる。その勢いは早く、瞬く間に僕たちに迫った。


 ――このままでは壁に押しつぶされてしまう。


 僕はアンドラスへ背を向け魔力を練り上げる。身体強化は最高強度で維持しつつ、荒れ狂う二属性の魔力を必死に紡ぎ上げる。


 そして、地竜戦の最後に作り上げたのと同じかそれよりも速く、手持ちで最も強力な魔法を発動した。


「【青御雷あおみかづち】!」


 魔法発動と同時、弾ける青い稲妻が周囲を焦がして移動し、構える剣の先に集中した。莫大なエネルギーを切っ先に圧縮すると、僕は壁の衝撃に備えて腰を落とし、剣を構えながら鋭く前を見据える。


 そして、僕同様に斧を携え結界を迎え撃つアンリと並んで、眼前へと迫った壁を睨み――




 ――何の衝撃もなく、僕たちは壁をすり抜ける。




「――は……?」


 どちらともなく、気の抜けた声をこぼす。僕たちはすぐに後ろを振り返り、この場に広がっていた半球がみるみる縮んでいくのを見る。


 半透明な壁の向こうで、アンドラスがにやりと笑みを浮かべたような気がした。


 そして、半球はやがて中にいるアンドラスがいる場所まで到達し、そのままさらに縮小を続ける。小さく、小さく、小さく――もはや中に残ったアンドラスよりはるかに小さく縮み、最後には濃紫の水晶玉のような球が空中に留まった。


 唐突な終わりに、一瞬の沈黙が広がる。


「……あれ、中のあいつも死んだんじゃないの?」


 なんとも拍子抜けした表情で、アンリがぽつりと言った。確かに、物理的に中で生きられないほど小さくなった【闘技場】は、そのままアンドラスの死を示しているように見える。


 ……しかし、本当にそうだろうか。


 せめて、僕たちも閉じ込めたままこうするというなら分かる。道連れにするという言葉通り、三人揃って死んでいたかもしれない。それでも、アンドラスがあえてそうしなかった理由は何か。


 それは例えば、僕たちという異物が存在しない方が空間を上手に操れるからだとか、とにかく僕たちが邪魔になったから、ということはないだろうか。


 ――つまり、この行動にも何か明確な目的があるのでは。


「……さっきの台詞もあるし、これで終わりとは思えないよ。あれが何なのかは分からないけど、アンリもまだ警戒は――ッ!」


 ドクン、と。まるで空気が震えるように、一瞬強大な魔力の波動が走った。


 僕たちは視線を鋭くし、その波の発生源である【闘技場】の成れの果てを見る。


 そして、もう一度ドクンと魔力の波が走ったのを感じて、僕たちは何か得体の知れないまずさを覚える。どうすべきかと視線を合わせ、とにかく近づこうと足を踏み出したその時。


「――テイルくん! アンリちゃん!」


「二人とも無事ッ?」


 背後から掛けられたのは、小さなころからずっとなじみのある二人の声。ずっと結界の外で魔物と戦っていたであろうウルとリエッタだ。走り寄ってきた二人は全身を返り血や土埃で汚しており、その戦闘の激しさが知れた。


 それでも、ざっと見た感じ大きな怪我は一つもなく、気がかりの一つは解消できた。ただし、今は安心して一休みという状況でもなく――


「私たちは無事だけど、あの魔人が苦し紛れで最後の悪あがきをね」


「『すべて道連れに』とだけ言い残して、自分で作り出した空間を極小まで圧縮したんだ。すごく嫌な予感がする――」


 僕たちは駆け足で宙に佇む球まで向かうと、全員でその様子をうかがった。


 リエッタがおもむろに口を開く。


「中にあの魔人がいたんだよね? ……ついさっき、戦ってた魔物たちの様子がおかしくなって、ここから逃げようとしたり、戦いを続けるにしてもなんだかいきものとしての意思を感じる動きになったの。きっともう、魔人は死んでるか、それに近い状態……? ものすごい量の魔力が限界まで圧縮されておこること――――――活性化した魔力の、爆発……?」


「――!」


 この中でもっとも魔力や魔法に造詣が深いリエッタの言だ。そこには一定の説得力があり、そしてそれはアンドラスの捨て台詞ともつじつまが合う。


 彼は『すべて・・・を道連れに』と言っていた。それは僕とアンリだけにとどまらず、きっとこの戦場にいる人々も――文字通りすべてを道連れにするつもりだったのだ。


 僕は厳しい表情でリエッタへ視線を向ける。


「その圧縮された魔力の爆発っていうのは、どうやったら防げるか分かる?」


「……爆発をとめるのはむずかしいかも。できるとしたら、ゆらさないように人のいないところまで運んで、そこで爆発させるくらいかな……。でも、たぶん刺激しすぎたら爆発しちゃうかもだから、すごーく慎重に運ばないと」


「そもそもこれ、後どれくらいで爆発するの?」


「うーん……よく見たらいまもゆっくりちっちゃくなってるみたい。でも、どこが限界かはっきりとはわかんないよ……」


「予断を許さないってこと、だね」


 アンリの問いに対する答えに、ウルがそう呟く。僕たちは難しい表情で顔を見合せ、うんと頷いた。


「じゃあ、僕が魔法を使って揺らさないよう山まで運ぶから――」


「私が抱えて、性悪女神の加護全開で――」


「素早さと静かさには自信あるよ――」


「魔力と魔法の扱いならわたしが――」


 全員で一斉に喋り出して、そして同じタイミングで止まる。四人で顔を見合せ、ぽかんとした表情を浮かべる。そして、自分が考えていたことをみんなも考えていたと理解した。


 ――まさか、みんながみんな、一番危険な役目を自ら担おうと考えるなんて。


 それは別に、自己犠牲と言うほどのものではない。危険なのは危険だが、それでも何とかできるかとは思ったから言い出したことだ。ただ、みんなのことを大事に思っているからこそ自分が矢面に立とうと、そう思っただけで。


 僕は少しおかしくなって、思わず吹き出す。それを見た他の三人も、つられてくすくすと笑みをこぼした。


 まだ周囲で戦闘も続いている中、僕たち四人は場違いなほど和やかに視線を交わし合った。


 ――思えば、今この時が本当の『麦穂の剣』再集結なのかもしれない。僕が崖の底から戻ってきて、アンリの記憶も元通りになって、そして僕たちはまた四人で笑いあえた。


 たぶん、この四人ならもっとうまくできる。村にいた頃も、冒険者になってからも、僕はいつだって頼れる三人に助けられて困難を乗り越えてきた。今回も四人で力を合わせれば。


「――みんな。僕たち四人で協力しよう。それぞれできることを合わせれば、きっとうまくいく……!」


「――うん!」


 僕たちはまた互いの顔を見て、力強く頷き合った。そうして、最後の戦いが始まる――



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