第29話 権能、攻略

29.


「なッ……!」


 迫る広範囲の攻撃を見てアンドラスが目を剥く。それに、驚いたのは僕も同じだ。


 聖紋とやらで強化されているのだろうが、ほぼ物理的な力でのみ生み出された攻撃が、僕やリエッタの広域攻撃魔法にも匹敵している。以前から素の膂力が人並み外れていたアンリだが、そもそもそれも女神の力とやらが関係していたのかもしれない。


 アンリは斧を振り切った体勢から顔を上げ、にやりと笑ってアンドラスを見据えた。


「さあ、面の攻撃はどうさばくかな?」


「小癪な……しかしこんなもの!」


 忌々し気なアンドラスだったが、しかしその余裕はまだ健在だ。ふんと鼻を鳴らすと、目前に迫った土砂の津波に一切ひるむことなく堂々と立ち尽くす。そして――


「――ハハハ、残念ですね! 貴女の渾身の攻撃でも、かわすことなど造作も――なにッ!?」


「傷ひとつないなら、やっぱりさっきから見せてる回避の正体は瞬間移動。それも魔神から与えられた権能ってやつね。ただそれ――何回連続で発動できるのかな?」


 岩の津波が向かった先と正反対に現れたアンドラスだったが、アンリはすぐに察してすでに斧を構えている。そして二度目の攻撃。


「【白銀津波しろがねつなみ】、もう一回!」


 大きく腕を振り上げたアンリが、強い加護の光を発散させながら斧を振る。すると、先ほどの焼き直しのように稲妻を纏った土砂の奔流が放たれ、冷や汗をかくアンドラスへと向かう。


 やがて岩の高波は僕たちの視界からアンドラスの姿をかき消し、凄まじい轟音とともに地面へと消えた。しかし、それでもまだ――


「――無駄です! 何度同じことをやろうと、私がソロモン様より新たに賜った力を破れはしません!」


 また先ほどと反対側に姿を現したアンドラスが声を張り上げた。その体には先と同じく傷をつけられていない。


 アンリはチッと舌打ちを鳴らした。


 しかし、僕は目を凝らしてアンドラスの様子をよく見る。確かにその体に傷はついておらず、さすがに二発で打ち止めらしいアンリの大技も効果なしに見える。しかし、本当にそうだろうか。


 アンドラスはこちらを睨みつけ、今にも攻撃を開始せんと体に力を込めている。しかし、瞬間移動を連発する前よりも肩を上下させており、大技の反動でアンリが疲労しているにも関わらずすぐには行動を起こさない。


 それに、もともとの皮膚の色のせいで分かりづらいが、よく見れば顔色も少し悪い気がする。


 そう気づいてから、刹那の間も置かずに。


 ――僕は高速で大量の魔力を練り上げ、真っ赤な魔法陣を構築する。精度は度外視で、余剰魔力による派手な赤光を辺りにまき散らしながら、速度と威力重視で作り上げた広範囲魔法。


「――【渦火焔網かかえんもう】!」


 魔法陣から放たれるのは、一条が大人の腰ほどもある炎の綱だ。それがいくつも寄り集まり、渦を巻き、まるで蜘蛛の巣のように緻密な網となる。そして投網のように範囲を広げ、アンドラスへと向かって突き進む。


「この規模で即時発動かあ。やっぱテイル強くなりすぎじゃない?」


「アンリだって。さっきのやつ、厳密には魔法じゃないから、ほんとは魔法名の詠唱すらいらないでしょ。僕のこれよりよっぽど速いよ」


「ふふ、まあね」


 この厳しい戦場にあって、僕たちはかつての日々のごとく和やかに会話する。しかし、二人とも視線は火焔の網の向こう、明らかに顔をこわばらせるアンドラスから逸らすことはない。この魔法の結果次第で、すぐに彼に向かって駆けだす準備もできている。


 そして、当のアンドラスはというと――


「く……! こ、このくらい、強化された肉体と魔力障壁のみで……!」


 やはり、瞬間移動の連続使用限界でもあったか。今度はその姿を消して魔法をかわすことなく、かといって攻撃魔法で対抗する時間もなく、眼前に両手を構えて薄暗い色の魔力障壁を展開する。


 直後、火炎がアンドラスへと殺到した。


「ぐ、ぉおおおおお――!」


 炎は一条一条が魔力障壁へと絡みつき、その熱で着実にダメージを与える。次第に障壁へひびが入っていき、両手を突き出し腰を落としたアンドラスの体が後ろへずりずりと下がっていく。


 僕とアンリは必死に魔法を防ぐアンドラスを見据え、すでに地を蹴っていた。風を裂きながら並走する僕たちは、すぐに攻撃ができるよう武器を構えながら、とうとう魔法が障壁を打ち破る様を目にした。


「グガアアアァ、あ、熱いいいい……!」


 いくらか障壁で弱まったとはいえ、僕が膨大な魔力を込めて放った魔法だ。その威力は強大な魔人に痛苦を与えるに十分で、アンドラスは焦熱に焼かれ悶え苦しんでいる。


 そして、この好機を逃す僕たちではない。


 火炎で焼き焦がされた空気を切り裂いて、炎を纏った僕の剣と雷を纏ったアンリの斧がアンドラスへと迫る。


「――ギ、アアァァァアアァ!」


 アンリの斧で再び切断された腕が宙を舞い、僕の剣で胴を深く斬りつけた傷から大量の血が舞った。分かたれた腕がぼとりと地面に落ちるのと同時、アンドラスの体からはた目にも力が抜け、地へ片膝をつく。もはや勝負を決するほどの深い傷なのは明らかだった。


 僕たちはそのまま命を刈り取ろうと再び武器を構えるが、しかしアンドラスは何とか立ちあがると半狂乱で爪を振り回し、辺りに凶悪な魔力をまき散らす。思わず後ろへ下がって距離を取った。


「悪あがき、ってね。もう勝負はついてる。無駄だよ」


 アンリの言う通り、たとえ一時生きながらえたところで、あの傷ではもう長くない。あとはこちらの被害を抑えながら着実にダメージを蓄積していけば、いずれアンドラスは力尽き、それでこの戦いは終わる。


 アンドラス自身もそれを分かっているのだろう。残った手で傷を押さえながら、わなわなとその身を震わせた。


「――こ、こんな……ソロモン様に目をかけていただいた私が、こんなところで……終わる……?」


「この戦いで、どれだけの人が命を落としたことか……。アンドラス、君の命を断ってこの不毛な戦いを終わらせる」


「命乞いはしないでよ。テイルと二人で間違いなく仕留めてあげるから」


 魔力と加護を高める僕たちだが、しかしアンドラスは呆然とした様子でこちらを一瞥もしない。無抵抗な相手を殺めるのは気が進まないが、しかし先ほど言った通りアンドラスは多くの命を奪った。亡くなってしまった人のため、そして何よりこれ以上の被害を生まないためにも――


 そう、決意を高めた時だった。


 僕たちの視線の先で、うつむいたアンドラスがポツリとこぼした。




「何も成せずただ終わるくらいなら。――――すべて、道連れに」



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