連作短歌「それぞれにそれなりの」

虹岡思惟造(にじおか しいぞう)

連作短歌「それぞれにそれなりの」

気配がして顔を上げると君がいた本を胸に抱え微笑みて


木漏れ日のベンチで二人弾いた曲アルハンブラは遠い想い出


初めての夏合宿の最後の夜ギターデュオせり君はあいつと


誰もいない部屋のピアノの蓋を開け触れし鍵盤の角の滑らか


国分寺崖線こくぶんじがいせんを君と経巡りて歌を詠みしは櫻咲く頃


武蔵野の研究庁舎のロビーにて君は云うなり恋に無縁と


恨み言決して口にしない女性ひとのまっすぐ伸びた背とすれ違う


君から借りた雨傘がそこにある半年ほどもその位置にある


春時雨傘も差さずに来る人を 私は傘を差して待ちおり


春驟雨駆け込む軒先幅狭し爪先立って身を寄せ合いぬ


雨止みて夏蜜柑の花匂い来る裏門脇に君来るを待つ


日傘さし君は深紅の薔薇が咲く白い階段のぼり来たり


先を行く君は突然立ち止まり吾を睨んだ五月のバラ園


噴水の飛沫煌めく薔薇園に君はモデルのポーズで写れり


運ばれた器に盛られた紫陽花に君は笑みたり薔薇のごとくに


紫陽花と薔薇のどちらに似てるかと問われた箱根の旅は遥けし


指の冷え缶コーヒーで温めて君が来るのを待ったコンビニ


行く道を阻む通行止めの看板は 越えれば破滅と告げる赤色


お互いに気に入り買ったマグカップ今も戸棚の奥に並びぬ


それぞれに人それなりの恋やある例えリアルな恋に非ずも

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連作短歌「それぞれにそれなりの」 虹岡思惟造(にじおか しいぞう) @nijioka

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