第2話 変化するきっかけの接近。

ベリショの可愛い子に手を引かれ家の外へ出る。

……1週間くらい風呂入ってないけど大丈夫だろうか。


「ねぇ、あの、準備とか……」

「あそこに車が待っていますので、すぐ行きましょう」


赤羽さんは力強くおれを引っ張る。

死ねないから生きていたやつが身なりなんか……などと合理化して、さっき赤羽さんが指さした車に向かう。


車のドアが開き、体をかがめて中に入りながら、ああもしかして臓器……とかマグロ漁船……とかという物事が頭を通り過ぎたが、死ねないから生きていたやつが……などと合理化して、車に乗り込む。


運転手はハツラツとした印象の青年だった。同年代くらいだろうか。


「おっす~!お前が葉山翠!」


そういってニカっと笑った。


何年も部屋で一人で過ごしたニートには「短い時間で知らない人と知り合う事件」が2件はだいぶメンタルに効く。胃が痛い。横隔膜かも。


ハツラツ青年は車をすいすいと運転し目的地へと走らせた。


到着したのは古風で洋風な豪邸。家の壁はレンガでできていて、いかにも巻きつくタイプの植物で多くの部分を包み込まれている。


……これは物語などでありがちなやつだろうか。おれの実の親はめちゃくちゃ金持ちで、おれが遺産を相続する……とか……とか……。


「きみはこれから親の遺産を相続するんだよ。」


運転上手なハツラツ青年が、おれのうしろから歩み出ながらそう言った。

おれは何も言えないまま青年を見た。青年は、男であることは分かるが、それにしても可愛い顔をしていた。女装が似合うタイプの男だと思った。


「さ、中に入ろうか。はやく相続してしまおう」


急かすものだろうか、相続というのは。


それにしてもおれはとても胸が跳ねて仕方なかった。親と思っていたひとが実の親ではないと知ってから、実の親はどんな人物だろうかと常々気になっていたのだ。もしかしたら、この建物の中におれの実の親がいる。得も言われぬ心地だ。こころのどこかから「会いたくない」というのも聞こえてくる。会うのが良いのか、会わないのが良いのか。おれの選択はすべて自由。どれがいいんだ。分からない。


おれの思考が絡まりだした。身体の動きは遅くなる。

そのとき赤羽さんが、おれの手を引いた。


「行きましょう。葉山さん」


おれは黙って、こころとあたまの中にある様々な考えなどをすべて無視した。赤羽さんに手を引かれるまま、前へ進んだ。ゆっくり、おれのテンポで。


と、思ったが赤羽さんがぐいぐいと引っ張り急かすので駆け足で建物の中に入っていった。


豪邸の中は「よくある古風で洋風な豪邸の中」という感じだった。特別なものなどは特になく、おれは少しあっけないなと思った。そのとき。


「ようこそ、荷治森道場へ。」


ハツラツ青年が話し始めた。


「おれは荷治森蒼生(にじもり あおい)。荷治森道場3代目の長をしているよ。葉山翠くんに来てもらったのは、この道場を引き継いでほしいからなんだ。4代目の長としてね。」

「はぁ……」


おれは何が何か分からず、何が何か分からないですという顔をするしかなかった。この家が道場?道場って感じではないけど……ていうか相続する遺産ってこの「道場」ってこと?お金だと思った……道場って、おれなんもできないんだけど……格闘技みたいなの……?相続って誰にでもやっていいもんじゃないと思うけど……血縁であっても……てかなんでおれなんだ……


「きみは、葉山姓を名乗って生きてきたけど、本当は荷治森姓なんだよ。いろいろあってね……養子に出されて……。」


ゆっくり混乱しないよう話そうとする荷治森さんの話すのに挟まるように赤羽さんが言った。


「翠さんのお兄さんですよ!蒼生さんは」


兄!!!


「ことりくん……きみは、まぁいいか。おれはきみの実の兄だよ。」


道場とかはよく分からないけど、よくある展開だ!などと他人事のように考えるのがおれのこころの負担を減らせると思った。


「いろいろと事情があっておれはこの荷治森道場の長の座から下りなければならなくなったんだ。それで実の弟であるきみに4代目の長になってもらおうと呼んだ。ほかにも次の長の候補はいたんだけど、そいついま忙しいみたいで、それでニートのきみが選ばれたってわけ」


ニートには時間がいっぱいありますからね……。


「それで、この荷治森道場が一体何の道場なのか、気になるよね」


おれは小さくはいと答えた。少し怖くなってきた。


「この道場は、魔法の道場なんだ」


魔法。


魔法……。


…………。


「信じていないね。そりゃそう。でも、ほら見て。このドア。開けると向こうは魔法世界なんだ。」


そういって荷治森さんが軽く開けたドアの向こうには、おれがこれまで見てきた世界とは全く違う街並み、行きかう人々、音、におい、色の世界だった。


「荷治森はこの科学の世界と、ドアの向こうの魔法の世界の間に生きる一族のひとつ。この道場では科学の世界に生まれた魔法使いが自身の魔法をしっかり使えるように鍛える道場なんだ。」


荷治森さんが軽く人差し指を立てて空気を丸く切ると、光がこぼれながらコンビニのから揚げが出てきた。


「ほらね。おれも魔法使い。きみも修行をすれば魔法が使えるんだ。」


そう言ってから揚げをひとつ、口に運ぶ。


「蒼生さんは本当にから揚げばかり食べますね。太りますよ」

「大丈夫だよ、ことりちゃん。ちゃんとその分運動するし。あ、ちなみにこれはもう買っておいたやつだからね!」


おれは、漫画やアニメの世界の住人だったのか……などとふざけた感想しか頭に思い浮かばなかった。もはや自分の人生に1つの期待もしていなかったおれが「何か新しいことを始める」、そして「長になる」……


「やりたくないです!!!」


えっ!?と荷治森さんと赤羽さんが目を丸くしながら驚く。


「おれ、ニートだから時間はいっぱいありますけど、何かよく分かんないし、もうおれ、自分に絶望してて……。だからそんなすごいことできないし、しようとも思えないです。すみません……、帰ります。」


車で運ばれながら意外と近所であったので帰り道は分かる。おれはお断りをしてから建物を出ようと2人に背を向けた。


「だめだよ」


荷治森さんがおれの腰に手を当てた。


「ことりちゃんは、きょうは帰りな。ここからは大人の話をするからね」


はい!と赤羽さんは元気に返事をして目まぐるしいスピードで荷物をまとめて帰ってしまった。


だめってどういうことですか、と言いながら荷治森さんの方に振り向くと荷治森さんはにっこり笑って、さっきのから揚げをひとつおれの口に入れた。美味い。


「きみきみ、これ見てよ」


また荷治森さんは人差し指で空を丸く切る。


さっきとは違った光が出たと思ったら、あたりが真っ暗になりおれは1人だった。驚きながら急いでまわりを見渡すと向こうに小さく、しかししっかりと白い明かりに照らされた場所があった。


そこには人がひとりいた。


若い人。瘦せた身体がぐったりと地面に倒れている。


そっと近づこうとすると、暗闇から明かりの中に人が3人現れた。3人は何かを唱えながら、何かの杖でさっき荷治森さんがやったように丸く空を切る。そうするとさっきまで倒れていた人の身体が宙に浮く。これも魔法なのだろう。

次第に宙に浮いた身体から暖かく眩しい光があふれ出し「すべて」を照らした。


はっと目を覚ます。おれは夢を見ていたのか?


「見た?」


荷治森さんがおれの顔を覗き込むようにしながら問う。


「きみがあれを終わらすんだよ」


荷治森さんはもっと話を分かりやすくするべきだと思った。

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すべてが虹色になるまで、 河居おさけ @kawaiiosake

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