第3話 宇宙舞う翅

 ――――東京都、港区。


 普段は多くの人で賑わっているその場所にそびえ立つのは、東京のシンボルとも呼べる赤い鉄塔。


 しかしその鉄塔には普段と違い、謎の異物がくっついていた。

 それを見た街を警備している覚醒者たちは、指差しながら怪訝な顔をする。


「なんだあれ?」

「気持ち悪いな……」

「あれってもしかしてサナギか?」


 タワーにくっついていたのは、巨大な虫のサナギのようなものだった。

 大きさは100メートルはあろうか、蝶のサナギに似た、巨大ななにかがタワーに糸で巻き付いていた。


「モンスター……なのか?」

「いや、あんなモンスター見たことないぞ?」

「てかあんなの倒せねえよ……」


 突如現れた謎の物体に、覚醒者たちは怯える。

 すると突然ビキビキビキ! とサナギの背中に当たる部分にヒビが入り、その割れ目から巨大な羽が出てくる。


『キュイイ……』


 甲高い鳴き声を上げながら出てきたのは、超巨大な蝶であった。

 サナギと同じく全長は100メートルの巨体、広げた羽の全長はそれ以上あるであろう。鱗粉をまとった翼は虹色に輝き、大きな複眼が妖しく光る。


 そのモンスターの名はコスモインセクト。

 ランクはEXⅡ。

 宇宙翅そらはねの二つ名を持つ、超巨大モンスターである。


 異世界においても数度の目撃例しかない、超希少な生物であり、普段は宇宙空間を飛び回っている。

 時折産卵のために地上に降りては、壊滅的な被害をもたらす恐ろしいモンスターなのだ。


『キュイィ……』


 完全に羽化し、成虫となったコスモインセクトは伸び切った羽を揺らし鱗粉りんぷんを散らす。光を反射し、キラキラと輝きながら地上に降り注ぐ鱗粉。それはまるで美しい雪のようで、見る者たちの心を魅了する。


 しかし、その鱗粉は『死の粉』であった。


 生物に付着した鱗粉は対象の魔素を吸い取ってしまう。そして魔素を吸い取られた生物はミイラのように干からび、死に至る。鱗粉はとても細かく皮膚を払っても落ちることはない。


 そして周囲の生物を死滅させたコスモインセクトは、吸い取った魔素ごと鱗粉を吸い上げ、飛行するのに必要なエネルギーを補充するのだ。


 つまりこの行為はコスモインセクトにとっての『食事』。

 鱗粉が降る範囲は全てコスモインセクトの食卓なのだ。


 ゆっくりと、そして確実に地上に降り注ぐ鱗粉。

 刻々と食事の時間が近づく中、一人の人物が近くの建物の屋上からコスモインセクトを視認する。


「討伐一課課長、天月です。対象を確認しました。これより討伐作業に入ります」


 無線にそう報告した天月は刀を抜き放つと、その切っ先を降り注ぐ鱗粉に向ける。そして、


放出ディスチャージケラハ


 短く唱え、魔法を発動する。

 すると次の瞬間、空を舞う無数の鱗粉が一斉に凍りつく・・・・


 コスモインセクトの鱗粉は温度変化に弱く、高温や低温に晒されるとその効果を失う。天月の魔法によって凍りついた鱗粉は効果を失い、ただの粉雪となって港区に降り積もる。


「綺麗だな……」

「つめた! やっぱり雪だったんだ」


 それが死の粉であったとは知らず、はしゃぐ人々。コスモインセクトの攻撃は完全に不発に終わる。

 天月は迷宮解析機アナライザーによって鱗粉の特性を知っていた。しかし知っていたとしても、対処できたのは彼女が尋常でない力の持ち主だったからに他ならない。


 田中の背を追い、ひたすらに研鑽を重ねた彼女の実力は世界でも指折り。特に氷魔法の力量では世界一と言っても過言ではないだろう。


 コスモインセクトの不運は、そんな彼女と出会ってしまったことであった。


『キュイイ……!』


 食事を邪魔されたコスモインセクトは、甲高い不協和音を発すると、羽を動かし空を舞う。

 100メートルの巨体が宙を舞い、建物の屋上にいる天月めがけて飛来する。コスモインセクトは自分の食事の邪魔をしたのが誰かを、しっかりと認識していたのだ。


 強靭な顎をギチギチと動かしながら、天月に突撃するコスモインセクト。

 両者の体格差は歴然。不利な戦いに思えたが、天月は少しも動揺していなかった。


「そっちから来てくれるなんて……助かったわ」


 鞘に収めた刀に手をかけ、天月は跳躍する。


付与エンチャントケラハ


 天月は再び魔法を発動し、剣に冷気をまとわせる。

 そして自分を噛み殺そうとしてくるコスモインセクトめがけて、刀身を抜き放つ。


「橘流剣術、落葉らくよう


 風に舞う落ち葉の軌跡のように、柔らかな剣閃が放たれる。

 柔らかさと強靭さを兼ね備えたその斬撃は、コスモインセクトの巨大な肉体を、縦に裂いた葉のように綺麗に両断する。


『きゅ……イィ……』


 そしてその切断面から氷の魔素が体内に侵入し、コスモインセクトの体は一瞬にして凍りつく。

 コスモインセクトの体の崩壊スピードは早まり、地面に落下するより早く粉々に砕け散る。


 天月が地上に着地し、刀を鞘に収める頃には、コスモインセクトの肉体は完全に氷の粒子と化して消え去っていた。


「――――対象の消滅を確認。待機場所に帰投し、次の出現に備えます」


 無線を起動し、無機質に言い放つ天月。

 魔物対策省が誇る最強の戦闘部隊、討伐一課。


 その長たる彼女は、覚醒者として最高峰の力を持ちながらも、決して慢心せず、冷静に業務を遂行するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

社畜剣聖、配信者になる 〜ブラックギルド会社員、うっかり会社用回線でS級モンスターを相手に無双するところを全国配信してしまう〜 熊乃げん骨 @chanken

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ