第7話

 帰国の日が近づいている。オレは街中を歩きながら、高い建物一棟一棟を確かめるように眺める。ガラス張りのオフィスビル、モダンな装飾のホテル、いつも賑わっているショッピングモール、洗濯物が干してあったり、子どもの声やテレビの音、いい匂いのしてくるHDB。人々の生活を守っている無数の窓の中に、フェイは見つからなかった。


 フェイの携帯電話が突然つながらなくなった。住んでいるところも、働いていた清掃会社も、こっちにいるという親戚も知らないので、連絡が取れない。まだ帰国することも、好きだとも伝えていない。オレは焦って、フェイが定期的に働いていた幾つかの場所を見て回ったが、どこにもいなかった。思い切って、初めに会ったショッピングモールの建物管理人室を訪ねて、清掃業者の女性を探しているのですが、と訊いてみた。主任の男性は胡麻塩の短髪を掻いて、言いにくそうに教えてくれた。

「フェイね。知ってるよ、よく働いてくれたからね。ここのオーナー企業が急に下請けの清掃会社を変えたんだ。最後に声かけたら、家族の事情があってマレーシアに戻るようなこと言ってたな」


 何も知らせてもらえなかった。いや、知らせたらオレを巻き込むと思ったのだろうか。シンガポールで清掃の仕事をしていたことに、何か問題があったのだろうか。それとも本当にマレーシアの家族の元に帰ったのだろうか。ただ一つ分かることは、フェイがそれがオレにとってよいことだと思ったから、連絡を絶ったのだ。大間違いだ。そして、話してもらえるだけの信用を得られなかった自分は、大馬鹿だ。HDB一階の吹き抜けにあるベンチに座って、ぼんやりとした自分の影を見ていると、情けないことに涙が出てきた。一人であることは、もう構わない。けれど、手を伸ばしてくれた人を、オレは見失ってしまった。



 飛行機は高度を上げていき、眼下の都市は光を波立たせて輝いている。海峡の青と熱帯林の緑と建物群の白亜。数多あまたの人々があの街で、成功と豊さとただ平穏に生き抜くことを望みに日々を暮らしている。怒って泣いて笑って、いつか高みにいけることを夢見ている。オレもその一人だし、オレには片翼がいたのだ。今は会えないけれど、彼女がどこにいても幸せになれることを祈っている。誰も、ついには辿り着くところを知っている。空を見上げる心は、いつかみんな一つになるのだ。

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スカイスクレイパーズ 田辺すみ @stanabe

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