夢十夜 (大学)

漱助

第1話

 こんな夢を見た。

 四畳半の隅に男は立っている。部屋の中央を見ると、T教授が力なさげに寝転んでいるでは無いか。

「教授、こんなとこで何をなさっているか。」

「ああ、君か。実は話があるのだ。」

 俺の部屋なのに何故教授がいるのか。不法侵入である。出てけ。と言いたくなる気持ちを堪えて、男は耳を傾けた。

「君、K君が言っていたが、私の講義に出ずに、スマホ出席だけポチッと押してるそうじゃないか。その上、大学には顔を見せず家で自堕落を極めているのか。」

 Kのやつ、なんてことを言ってくれる。しかし、大学生活も2回生となって、容量が掴めてきたし、なにより、T教授の授業は恐ろしくつまらない。

 よってポチッとしない方がおかしいのだ。いささか言い返したいが言い返せない。


 悶々としていると教授の澄んだ黒の瞳はこちらを向いてこう言った。

「君、単位、欲しくないか。」

欲しいに決まってる。Kよ、教授に何を吹き込んだ?Kに感謝すべきか、唾棄すべきか。よもや夢ではあるまいか。

「欲しいですとも。自堕落な私を憐れんでおいでですか?何故そのようなご提案を?」

 男はこの講義の単位を落としたら5回生行き確定であった。ゆえに、羨望の眼差しで教授を見つめていた。

 教授は答える。

「簡単な事だ。私の研究に君のような者の力が必要なのだよ。」

「いかにすれば良いのです?」

 教授は力のない笑みを浮かべて呟いた。

「日が昇って沈むでしょう。そうするとまた日が昇るでしょう。そうして沈んでいくでしょう。」

「君はそうして、日が昇り、沈み行くのをじーっとしていられる力を持っている。違うかね?」

 教授は男を見極めているのだ。

「もちろんですとも。教授の講義をポチッとだけで済ませてきたこの自堕落、待ちぼうけることなど朝飯前でございます。」

 男はやけになって教授に訴える。

「よろしい、私の最期の研究だ。よろしく頼むよ。」

 その言葉を最後に、教授は微笑みながらゆっくり息を引き取った。


 男は来る日も来る日も四畳半で座りこみ、その時を待っていた。

 日が昇り、日が沈み、男は1つ勘定する。

また日が昇り沈んでいく。男は2つ勘定する。

 スポーツフェスティバル、新入生歓迎会、追いコン、学園祭、、、、

 愉快なキャンパスライフの権化たちが、男を置き去りにしていっても、男はまた1つと勘定した。

 どう見たって限界である。

「何の研究なのだ、もう、俺はダメなのか、留年確定なのか、、」

 男が諦めかけた刹那、畳の隙間からスルスルと緑色の茎がぐんぐん伸びて、男の顔の目の前で真っ白な百合の花を咲かせた。

 男は気づいた。

「あぁ、もう単位が取れたのだな。」














 世の中、そんな上手い話がある訳ない。







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夢十夜 (大学) 漱助 @koma2023

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