第3話

「店内がやたらと明るいせいなのか、非常に透けてみえるのが気になります。外でかぶったとき、どういう具合になるのでしょう」

「たしかに、店内は明るいですので。かぶってみましょうか」

 女性店員は、帽子をかぶって見せてくれた。

 おもわず、

「あっ」

 と声が出てしまう。


「なるほど。かぶると、髪の色と重なって暗くなり、気にならなくなるんですね。これは良いですね」

 あとは財布と相談だ。

 さり気なく見ると、手持ちで支払えるとわかり、

「これに決めました」

 包んでもらう。


「お箱に入れて包装してもよろしいですか」

「箱は、かなり大きいのですか」

 見せてくれたのは、深さが十センチあるA4サイズの箱。

 これくらいなら、持ち帰るのも大丈夫そうだった。

 包装紙はピンクのバラ柄、リボンは涼し気な白を選択した。


「ありがとうございました」

 女性店員に見送られて、帽子コーナーを後にする。

 七歩歩いて振り返る。

 すると、担当してくれた女性店員は、まだ頭を下げていた。

 やはり接客とは、こうでなくては。


 その後、十階の催し会場で行われていた『大京都展』に足を運び、京昆布舗で北海道道の昆布とちりめんじゃこを、山椒と共にあっさりと炊きあげた佃煮を購入。

 隣の百貨店に足を伸ばし、七階の催事場で開催されていた『パン&スイーツまつり』でアップルパイを買う。

 駅の券売機へ行く前に、ビアードパパの作りたて工房に立ち寄り、シュークリームを二つ、買い求めた。


 帰宅後、母とシュークリームを食べる。

「抹茶のクリームなんだ。カリッとした歯ごたえがいいね」

 先日テレビを見ていたとき、「カリッとしているの美味しんだよね」と母がつぶやいていたからクッキー生地を選んだとは言わず、

「そうだね」

 とだけ答える。

 プレゼントするのは当日にしようと、仏壇のある部屋の卓上テーブル上に置いておくことにした。




「山椒の香りがさわやかね。ご飯が美味しい」

 母が佃煮を乗せて食べた夕食後。

 一人分のアップルパイを、包丁で半分に切り分け、デザートに食べる。

「ん! おいしい。中にカスタードクリームみたいなのが入ってる。パイ生地がサクッとしながら、しっとりしてるから美味しいのかな」

 そうかもねと答えながら、世界一のアップルパイの謳い文句は伊達じゃないと感心する。

 バターの香りが実にいい。 りんごはジューシーで、甘すぎず酸っぱすぎない。黄色いクリームの後ろから白いクリームが出てきた。秘伝のカスタードクリームと豆乳チーズクリームから、ほんのり塩気を感じる。りんごの酸味とパイ生地の美味しさが口の中で広がり、いままで食べてきたどのアップルパイとも違う美味しさだった。

「欲をいえば、もっとりんごが入っていてほしいかも。アップルパイっていうなら」

「たしかにそうね」

 笑う母は、すでに食べ終えていた。


 洗い物を片付け終えたとき、兄夫婦から宅配が届いた。

 マリーゴールドの鉢植えで、『苺ミルク』という品種。

 全体的に白い花びらだけど、ほんのりピンクに色づいているものもある。これから、赤やピンクと色づいていくらしい。


「最近の宅配って、サインもいらないのね」

「そうなんだ。本人の確認だけで良くなったのかな」

 下駄箱の上に鉢植えを飾ったあと、母はお礼の電話をかけた。

「床の間の部屋にある包みって、買ってきてくれたんでしょ。母の日まで置いておくつもり? あれも早く開けて」

 電話を終えた母が催促してくる。


 わたしが開けたら意味がないよ、と、やんわり答えた。

 母はシールを剥がし、解いたリボンを丁寧にまとめていく。

「きれいな柄ね。母の日用かしら」

 つぎに、包装紙が破れないよう、ゆっくりテープをめくっては広げていった。


「赤いバラとやわらかなピンクのバラ、百貨店の紙袋に描かれているバラ柄の三種類の中から選びました。リボンの色も、合わせて選んだんだよ」

 きれいだから取っておく、と母は包装紙を折りたたむ。

 箱の蓋を開け、紙包みを開ける。


「あ、帽子だ」

「サイズはMなんだけど、大きさを調節できるようになっていて、ちょうどいい具合にあわせてもらってある。でも、かぶって確かめてみて」

 母は帽子をかぶって、

「わぁ、ぴったり」

 洗面台の前へとむかった。


 鏡に映る姿を見ながら、

「いいじゃないの」

 ご満悦の表情。

「黒だから使い勝手がいいし、車の運転をするときにもかぶれそうね」

「そう思って、つばの広くない帽子を選んだの。UVカットのメッシュ生地で通気性がいいから蒸れない。しかも軽いでしょ」


 その後わたしは、母がテレビで見て「いいね」とつぶやいた帽子は、職人の手で一つずつ作られる皇室御用達のマキシンであり、値段は八万ほどするものだったことを教えると、

「えっ」

 と、吐き出すような大きな声を上げた。


「でも、すでに売れてしまってなかった。似た形のものはあったけど、コサージュがいまひとつって感じでね。麦わら帽子のような麻でできた釣り鐘の形をしたカサブランカもあったけど、さすがに目立ちすぎるし、帽子に合わせる服が困るでしょ。洗濯できる帽子もあったけど、生地がポリエステルで蒸れるやすかったし、色がピンクやブルーで」


「そういう色はイヤ」

「うん。そういうと思って、同じマキシンの中から、通気性がよくて黒の帽子を選んだんだよ。横のコサージュもおしゃれで、これなら気に入ると思ったから」


 話しながら、値段だけは教えなかった。

「八万のものにくらべたら、そんなに高くないから」

 とだけ告げた。


 母のことだ。いくらしたのか知ったら、使わずに箱にいれたまま箪笥にしまいかねない。

 高かろうが、所詮は帽子。

 かぶって使うためにあるのだ。


「いいものをくれて、ありがとうね」

 にこやかに笑う母は、大事そうに帽子を箱にしまった。






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