25 やられっぱなしな感じはやです

「こ、これでいいですか……」

「たぶん」


 斜め後ろからの硬いセイの声へ、その体に凭れながら答える。


「で、腕回すんでしょ?」

「大丈夫ですか……?」

「負けちゃったからねぇ。しょうがない」

「負け、いや、てか、あっち向いてホイて」


 セイの口調が少し砕けたものになってる。限界が近いのかな。

 けど、三匹が監視するように足元から見てくるから、逃げようがない。


「ほら、腕回す」

「っ!」


 片方を掴んで前に回したら、セイがびくりと動いた。


「はい、この手はそのままね」


 その腕をぽんと叩いてから、もう片方も同じようにする。


「はい、動かないでね。……ん?」


 ただお腹に回っていた腕が、私を意図的に抱きしめてきた。


「セイ?」

「なんか、やられっぱなしな感じはやです」


 言いながら、私の肩に顎を乗せてきた。


「どうですか。距離を縮めてみたんですが」

「……うん、いいと、思う」


 少し怒ったような声に押されそうになってしまった。これは一刻も早く、任務を終わらせなければ。


「と、撮るよ?」

「はい」


 スマホを掲げて、全体が入っていることを確認して、パシャリ。


「ちゃんと撮れました?」

「……えっとね」


 あのさ、この体勢のまま確認するの?


「こんな感じ、だね」


 画面にそれを表示させる。ちゃんと指定された体勢で、……まあ、セイはそれプラス顎乗せてるけど。それになんかセイのほうが冷静な顔してるな。悔しいな。


「いい気もしますけど、撮り直します?」

「えっ、いやいいよ。これ送るよ」

「そうですか」

「……セイ」

「なんですか?」

「いつまで、その体勢なのかな?」

「ナツキさんがそれを送って、ちゃんとした返事を貰えるのを確認するまでです。最初、すぐに返事が来たって言ってましたよね。恐らく、今、画像が送られてくるか、来ないか、待ってますよ。写真が嘘っぽいとか言われたら、撮り直しですし」

「そ、そっか……」


 なら早く済ませよう。

 送ったら即座に既読がついたので、まじで待ってたっぽい。


 ヴーッ、ヴーッ


「うわっ?」


 そして、伯母から電話がかかってきた。


「ご、ごめん。ちょっと出るね」

「はい」


 応答をタップしてから気づく。……この体勢のままで、話すの?


『あ、ナツキちゃん?!』

「あ、どうも、」

『今写真見たんだけどね?! なにその子?! どこでそんなイケメンな子捕まえたの?! おばさんびっくりしちゃったわよ!』

「あーはは、どうも……」

『しかも若そうね?! もしかして年下?! アナタ年下捕まえたの?!』

「いや、まあ」

『ちゃんと仲良くできてる?! お友達みたいに接してない?! ナツキちゃんそういうところあるから、私心配よ?』

「まー、仲良くできてると思います」

『そぅお? 本当かしらねぇ……なら、もう、チューとかした?』

「え? ……あ、すいません。なんかインターホン鳴ったんで。すいません、切りますね」


 私は返答を待たずに切った。


「……なんと言いますか、想像よりしんどそうですね」


 お腹に回されていた手が解かれる。肩に乗っていた顎も、離れた。


「うんまあ、今のはいつもよりちょーっと興奮してたからすごかったけど、普段はもう少し穏やかな感じなんだけどね。ごめんねぇ、迷惑かけて」


 私は立ち上がって伸びをする。


「いえ、それは全然。お気になさらず」

「そう言ってくれるとありがたいよ……じゃ、本来の目的を果たしますか」


 セイへと振り向いて、今の空気を払拭するように明るく言う。


「本来の目的……」

「お昼作りに来たんでしょ」


 セイは目を瞬いたあと、


「……あ、そうでした」


 君、忘れかけてたね?


 *


「ここに、昨日の肉じゃがの残りがあります」


 大きめのタッパーに移してあったそれを冷蔵庫から出し、調理台に置く。


「はい」


 セイはそれを真剣に見ながら、頷く。


「で、これはカレールーです」


 棚から出したカレールーの箱を示し、言う。


「はい」

「で、肉じゃがをカレーに変身させます」

「……はい?」


 首を傾げたセイに、軽く笑ってから、


「いや、もともとそのつもりだったんだけどね。時間も押してるしちょうどいいや」

「え、はい? え?」

「ごめんね。あんなに長引くと思わなくてさ、さっきのがなかったら、今日も説明しながらやってこうと思ったんだけど。見ててもらってるだけでもいいかな」

「あ、はい、それは全然構いません。教わる立場ですし」

「ありがと。じゃ、見ててね」


 私は肉じゃがを鍋に移し、鍋に水を足し、細かく切ったカレールーを入れて火にかける。冷凍庫から処理しておいたじゃがいもと人参とブロッコリーを取り出して、冷蔵庫からはウインナーを取り出して、まず冷凍野菜を鍋に入れて菜箸でガシガシ氷の部分を砕く。そこにウインナーを加えて、お玉で混ぜ、全体が馴染んだところで鍋に蓋をした。最初から強火にしていたから、あっという間に煮えてくる。私は味見をして、少しスパイスを入れて、その他の調味料で味を整えて。


「はい。完成しました」


 火を止めてセイへ顔を向ける。

 セイはぽかんと口を開けていた。


「でね、私はカレーにはご飯なんだけど、セイはご飯? パン?」

「……あ、いや、え……と、……分からないです……」

「じゃあご飯にしよっか」


 私は冷凍庫から冷凍ご飯を二つ取り出し、レンジで温め、その間に食器を出して、


「セイ」

「は、はい」

「カレーの盛り付け方にこだわりとかある?」

「はい?」

「片側はカレー、とか、ご飯を真ん中にして周りにカレーとか、ご飯が見えないように全体にカレーをかけるとか」

「……もう、その、オススメを……」

「じゃ、半々にしようか」


 で、温まったご飯をカレーのお皿の片側に置いて、もう片側にカレーを盛る。


「あ、セイ」

「はい……」

「うちね、カレーにはらっきょうじゃなくて福神漬けなの。いい?」

「はい……もう、はい……」


 私は冷凍庫から福神漬けを出して、


「はい! 全部をテーブルに持ってこう」

「はい……」



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酔い潰れた青年を介抱したら、自分は魔法使いなんですと言ってきました。 山法師 @yama_bou_shi

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