第5話 発展
そろそろ限界か―
お互いそう思っているに違いない。会話もなくなり、相手の嫌なところにしか目がいかなくなる日々が続いていた。
ここでなにかが大きく変わらなければ、もうこの恋は終わりを迎える。そう感じた総一朗は、彼女に提案をした。
「同棲、してみないか―」
お金の問題が一番最初の本音だった。ホテルを転々としているなら、賃貸物件を借りた方が安価で済むと考えたからだ。二つ目の本音は、彼女と一緒にいることを自分が本当に望んでいるのか試したかった。
更に一緒にいる時間が増え、お互いの嫌な部分を目の当たりにすることは、火を見るよりも明らかだったが、自分の気持ちを確かめる術はもうこれしか残っていなかった。
「いいよ、一緒に住もっか」
自分勝手な考えを押し付けては、彼女の理解できない優しさで悩む。しかし、先へ進みたかった。ゴールがどこかは分からないけれど、ただ彼女と未来へ進んでいきたかった。それだけは間違いなく、総一朗の本心であり信念だった。
他人と一緒に生活することは簡単なことではない。何も知らない二人であればなおさらだ。お互いがどんな食事が好きなのかも知らないし、こだわりや譲れない部分も知らないのだから。
だけど、二人は紆余曲折ありながらも徐々にお互いのことを知り、新しい生活を形成し始めた。
最初は喧嘩をすることでしか本音を言えなかったが、「言いたいことは言う」ことで、相手への思いやりが生まれ、愛情を深めていく。
そして「嫌なことは嫌」だと譲り合うことで、正直な気持ちを伝え合い、愛情を確かめ合う。
少しずつ、この頃には『普通』だとかそんなものは、気にならなくなっていた。
正確に言えば、やっと『普通』の恋愛を始めることができたのかもしれない。
楽しいことも、苦しいことも、辛いこともすべて分かち合うことで、二人の距離は一気に縮まった。
そして、彼女に二人を永遠に繋ぐ鎹が宿った。
今がどれだけ幸せなのか。ここまでの道のりを歩むことに必死だった総一朗は、まだその幸せを理解できず、ただただ驚くことしかできずにいた。
彼女には順序がおかしいとか適当だとか、どうでもよかった。ただただ新しい命が自らのお腹の中に宿った喜びがすべてだった。出産時の痛みの恐怖や、育児をしていく苦労も頭をよぎったはずだが、愛する人との間に生まれた命を思えば、どんなことも容易く感じた。
そんな中で、これからやっていけるのかと不安に駆られている彼は無責任そのものだっただろう。そんな未熟で頼り甲斐の無い彼を目の前にして、驚くべき言葉を言い放った。
「結婚しよっか。この子は二人で大切に育てていこうね」
彼女のこの言葉に背中を押されているようでは、二人を守ることができない。
無意識に生まれたその決意は、彼女に向けられた感謝そのものであった。そして小さなプライドと大きな決意を胸に彼女にこう言い返した。
「俺が必ず幸せにするよ。結婚しよう」
こうして二人は、奇跡的にも感じた出会いに感謝しながら婚姻届けを提出した。
君がさせてくれなくても @ichika0511
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