第4話 減速
しかし、時間は皆等しく平等に、一瞬たりとも止まることなく流れ続けている。
そんな二人だけの世界も、いつまでも続かなかった。まず帰る先はいつもホテルだったため、あっという間にお金が底を着きた。そして業務時間外はお互いのことをしか考えていない二人は、仕事もうまくいかなくなっていく。
そんな彼女と距離が縮まった瞬間は、セックスの一時的なものを別にすると、喧嘩のときだった。
喧嘩は、怒りによって起こされる行動だ。すなわち、本能的な行動だ。人間はそれを理性で抑え、合理的に判断しバランスをとっている。
悲しいことに傷つけあう行動が、総一朗や彼女にとって本音が言える唯一の機会だった。
「何で俺ばかりがお金を払わなきゃいけないんだよ」
「どうして私ばかり浮気しているか疑われるのよ」
このときに相手を思いやる余裕があったのなら、愛する人に向かってこんな言葉は間違っても言わないだろう。お金に余裕がなければ、もっと計画的に会えばいい。孤独になりたくないという思いと、一緒にいたいという総一朗の気持ちに少しでも気付く余裕があれば、一日中寝ていて連絡をしないなんていうこともしなかっただろう。
何もかもが欠けていた。その欠けているピースを見つけるには本音を言い合うほかなかった。丁寧な言い方をすればもっと会話をして、相手のことを一つでも多く知ることが必要だった。
それがただ、喧嘩だったというだけだ―
お互いが傷を負うことすらも、必要だったんだ―
いくら言い聞かせても、総一朗も彼女も人間であり、傷付けば痛みが伴う。その痛みは「愛」について何も教えてはくれない。傷付いた二人は、また朝まで抱き合った。
まるで傷を舐め合っているのような、本来の行為の意味とは大きく矛盾したセックスだった。
何度も離れようとしては相手を試し、離れることが出来ない二人はまた抱き合う。こうして、二人の歪みきった「性行為」は完全に壊れていった。
この頃から、二人とも自分たちが歪みきった「愛情」と呼べるのかすら分からないものに縛りつけられていると気付き始めてはいたが、もう逃げ出すことも、引き返すこともできなくなっていた。
培ってきたものを色々と失ってまで二人でいる道を選んでしまっていたからだ。
このまま前へ進み続けれなければ、この人だけは守らなくては、全てを失うことと同じだ―
それはまさしく、どんなことがあってもこの人と一緒にいたいんだ―
二つは同じ意味をもった言葉であるが、捉え方ひとつで大きく変わってしまう。後者ではなく、前者の意味しか見えなかったのは、やはり『普通』の出会いじゃないという思いだった。
呪いのごとく彼らにつきまとい、奈落の底で溺れているの二人を嘲笑うように見つめていた。
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