第3話 加速
きっと二人の出会いは『普通』じゃない―
恋なんて、形のないものに自分の物差しで測った『普通』を当てはめる。どんな始まり方だったらそう思えずに済んだのか。まるでランニングを始める前に、シューズやトレーニングウェアを全て新調しなければ、ランニングが出来ないと否定することと似たようなものだ。
『普通』じゃないという思い込みが、二人を離さなかった。仕事の終わった後も、休みの日も体調が悪い日でさえも離れることができなかった。
「今日は疲れているから、明日会おう」
いくら身体が疲労で壊れそうなくらい悲鳴を上げても、仕事が終わると総一朗は、子供を迎えに行くことが当たり前のように彼女を迎えに行った。
しかしそんな二人に帰る家など、どこにもない。帰るのはいつも違うラブホテルかビジネスホテルだ。不安をかき消すように彼女を抱き続ける総一朗は、愛とは何なのかすら分からなくなっていた。
冷静に考えればただの独りよがりだったに違いない。本来であれば、そんな軽薄にも思える関係など長く続かないことなど火を見るよりも明らかなはずだった。
「うん、今日会えるよ」
毎日、繰り返し孤独から解き放たれる呪文を彼女は唱え続ける―。
次第に彼女以外すべて、何も見えなくなっていく。仕事もお金も、友人も何もかも。彼女の全てに溺れていく。しかし死にたいわけではない。
溺れそうになれば、人間は息を吸いに地上へあがる。だが、総一朗はそれすらも忘れ、息を吸い込んだらより深いところへとまた潜っていった。
愛のないセックスほど、寂しいものはない。しかしお互いのほとんどを知らないカップルが愛を確かめる方法は、セックスしかなかった。すればするほど、自分の首を絞めるように邪な考えが頭をよぎった。
「こいつ、誰にでもこんな感じなんじゃないか―」
信頼も愛情も欠けている二人は、お互いの存在が二人を不安にさせ、傷つけ合っては、セックスで癒す。
『普通』ではない二人の恋が、更に『普通』ではなくなっていくことを、当事者の二人は周りから裸で眺めていることしか出来なかった。
きっとこのころの二人は、初心な若者よりも遥かにセックスの意味を知らないままその行為に及んでいたに違いない。相手が感じているか、どんな行為も自分に見せることができるのか、そんなことばかり試していた。
二人が本当のセックスの意味を知る頃には、この時の過ちが足かせになってしまうことに気付かないまま、ただひたすら足をばたつかせていた―
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