第7話

「今日はここで休むことにしましょう。

 シルフ、警戒をお願いしますね」


『わかったわ。

 まあ、魔の森とはいえ、こんな浅瀬で中級精霊である私が付いている相手に襲い掛かるような魔物はいないでしょうけど』


 街道を離れて魔の森に入り、しばらく進んだところで身を寄せるのに良さそうな大木を見つけました。

 なので、今夜はここで野営することに決め、シルフに魔物の警戒をお願いします。



「ディアナ様、今日はここで野営するのですか?」


 大木のそばで荷物を下ろし、野営の準備を始めたところでアンナから不安そうな声で質問されます。

 彼女も平民とはいえ、魔の森で野営した経験などないでしょうから不安なのでしょう。


「ええ、そのつもりです。

 初めてのことなのできちんと休めるかは心配ですが、魔物に関してはシルフが警戒してくれますから安心してください」


「いえ、それよりも追っ手は大丈夫なのでしょうか?

 魔の森の中とはいえ、すぐに追いつかれてしまうのではないですか?

 急いで移動したつもりですが、あまり距離を稼げていない気がしますし……」


『それについては大丈夫よ。

 追っ手たちは森に入った痕跡を確認したところで、すぐに引き返したみたいだから。

 たぶん、魔物にやられるか、すぐに森から逃げ出すとでも思われたんじゃない?』


 不安がるアンナにシルフが答えてくれますが、その不安そうな表情が変わることはありません。

 王国内での精霊の評価は高いものではありませんし、今日はじめて出会ったシルフの言葉を信じきれないのでしょう。


「大丈夫ですよ。

 逃げる場所が魔の森しかなかったので森に入った痕跡を消すようなことはしませんでしたが、森に入ってからの痕跡はシルフに消してもらっていますから。

 なので、大量の人員を投入するような人海戦術でも取られない限り見つかるような心配はありません。

 それに、万が一見つかるようなことがあってもシルフが返り討ちにしてくれます」


 まあ、私が言葉を足したところでアンナの不安を完全に消すことはできないでしょう。

 距離か時間か、あるいは他の要因か。

 とにかく、何らかの要因で逃げ切れたことが確信できるまでは彼女が心から安心できることはない気がします。


「とりあえず、今は明日に備えて休みましょう。

 追いつかれるのが不安なら、足を動かして距離を稼げばいいのです」


 最後にそう告げてから野営の準備を再開しました。






『眠れないの?』


 その夜、木を背にして座り、木々の間から見える星空を眺めていると、シルフから声をかけられました。


「そうですね、少し考え事をしていました」


『考え事?』


「ええ。

 お昼の襲撃があるまで、私はこのままコニビアン王国に送られるのだと思っていました。

 そこでお祖母様や叔母様のお世話になって暮らすことになるのだと」


 これは殿下から国外追放を言い渡されたときにも考えたことです。

 そのことに不満があったわけでもありませんし、そういうものだと受け入れていました。


「ですが、今の状況を考えると他の選択肢もあるのではないかと思えるのです」


『コニビアン王国に行くのをやめるの?』


「いえ、コニビアン王国へは向かいます。

 いずれお祖母様たちにも私の状況は伝わるでしょうし、いつまでも心配をかけるわけにはいきませんから。

 考えているのは、それまでのことです」


 襲撃を受けた時点で、最短でコニビアン王国へと向かうことは出来なくなっています。

 大陸の西の端に位置するコニビアン王国へ向かう場合、陸路を使うのであれば私が追放されたレオネドロ王国を通る必要があるのですから。


 陸路が使えないのであれば、海路を使ってコニビアン王国へ向かうしかありません。

 そうなると、いくつかの国を経由する必要が出てきます。


「このまま魔の森を抜けた場合、たどり着くのは南東のヴォルペジア王国か南のオルソネーロ王国になります。

 どちらの国に出たとしても、コニビアン王国に向かうためにはそれなりの旅になるでしょう。

 であれば、その旅路を私なりに楽しんでみても良いのではないかと思ったのです」


『良いんじゃない?たまには好きに旅するのも。

 このまま森の浅瀬を進むのであれば南東の国にたどり着くことになるでしょうし、楽しめる時間が増えるわよ』


「ふふっ、楽しむ時間が増える、ですか。

 侯爵家にいた頃は自由な時間があっても、本当の意味で自由にはなりませんでしたからね。

 そういう意味では、初めて本当の自由を知ることが出来るのですね」


 そう言って隣の木で眠るアンナを見やります。

 彼女には悪いですが、コニビアン王国へ向かう旅はゆっくり、のんびりしたものにさせてもらいましょうか。


『でも、のんびりし過ぎるとステラが探しにくるんじゃない?』


「!?

 確かにそうですね。

 では、どこかの街にたどり着いたタイミングで連絡だけは入れることにしましょう」


 婚約破棄からの国外追放ということで、すでにステラからのお説教は確定しています。

 それに加えて寄り道のお説教まで追加されてはたまりません。


『そうしてちょうだい。

 私もディアナと契約してからは旅をしていないし、久しぶりの旅をステラにぶち壊されたくはないわ』


「ええ、忘れずに連絡を入れることにします。

 考えてみれば当たり前ですけど、シルフは旅した経験があるのですね。

 頼りにさせてもらいますので、旅の道中はよろしくお願いします」


『ええ、まかせなさい』



 その会話を最後に、私も眠ることにします。


 婚約破棄から国外追放となり、その道中で襲撃を受けるという、本来であれば悲嘆すべき状況ですが、これからの旅を考えると楽しみになってきます。

 これからの人生で次の機会があるとも限りませんし、この機会につかの間の自由を謳歌させてもらうことにしましょう。

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追放された令嬢は精霊とともに自由を謳歌したい はぐれうさぎ @stray_rabbit

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