第6話
「おやおや、こんなにあっさりと気づかれてしまうとは。
もしや私の姿を求めていましたか?」
「まさか。
盗賊団を相手にあれだけの啖呵を切っておきながら、一番目立つはずの騎士であるあなたの死体がないのですから疑うのは当然でしょう。
それにしても、なぜこのような無駄なことを?」
笑っていない目で気障ったらしいことを言う騎士エビシド・イクスに呆れながら返答します。
国外追放という処分を下しておきながら、なぜ無駄なリスクを負ってまで私を亡き者にしようとするのか?
お兄様は当然そのリスクを理解されているでしょうし、グロステラ辺境伯家のご令嬢であるルシール様もそれは同様でしょう。
であれば、この計画は殿下が考えられたことなのでしょうか?
けれど、そうなるとハイエナ盗賊団とのつなぎをどうしたのかがわかりません。
殿下の人脈からするとこの地の盗賊団とのつなぎを得るのは難しい気がするのですが。
まあ、準備に時間をかけていればできないことはないとは思いますが。
「無駄なこととは?
あなたを護送するために警護に当たっていた兵たちは既になく、お付きの侍女もこちらの手の中だ。
どう考えてもあなたは詰んでいると思いますよ。
だったら、その生意気な態度を改めてもう少し媚びるようにすべきではないですか?
そうすれば少しは長生きできるかもしれませんよ。
まあ、きれいな身体ではいられないでしょうけどね」
何を勘違いしているのか、騎士エビシド・イクスは値踏みするような目で私を見ながらそんなことを言ってきます。
「……はあ。
私を殺すためにこの程度の戦力では不足だと言っているのです。
私は中級精霊の契約者ですよ?」
「はっ、“農耕魔法”で何ができるというのです?
貴方は魔法を使えず、役に立たない“農耕魔法”しか使えないから殿下から捨てられたんでしょうに」
“農耕魔法”、それは精霊魔法の蔑称です。
精霊が争い事を嫌うため、戦争で使い物にならない精霊魔法がいつしかそう呼ばれるようになっていたようです。
結果、目の前の騎士エビシド・イクスや盗賊団の者たちのように精霊魔法を威力のないものだと思い込む者が増えているのでしょう。
積極的に傷つけるような魔法を行使しようとしないだけで、精霊魔法自体はその気になればかなりの威力になるというのに。
「……まあいいです。
それで、貴方はどなたの命令でこのようなことをおこしたのですか?
恐らくは殿下の命令だとは思いますが」
「くっくっくっ、残念ですね。
殿下だけでなくグロステラ辺境伯とのお2人からのご命令ですよ。
どうやら、どうあっても貴方にはお亡くなりになってもらいたいようですよ」
「グロステラ辺境伯?ルシール様ではなく?」
「ええ、そうですよ。
グロステラ辺境伯ご自身からのご命令です。
いや、正確にはその右腕であるワイジー子爵からでしたが」
……これはどうやら思ったいたよりも状況が悪いかもしれません。
殿下が独断で私の暗殺を企んだだけであれば大したことはないのですが、グロステラ辺境伯が出てくるとなると話が変わってきます。
東の隣国との戦争をしている彼であれば、中級精霊の契約者がどういった存在であるかを正しく認識しているはずです。
にもかかわらず、このような策に出ている以上、これ以上の何かがあることは間違いありません。
そうなると、こんなところで無駄に時間を浪費するのは下策でしょう。
「そうですか。
情報提供に感謝いたします。
ですが、そうであればあまりゆっくりともしていられそうにありません。
申し訳ありませんが、早々に立ち去らせていただきます」
「?
何を言って――」
「シルフ」
『あら、もういいの?』
「ええ、情報はもらえるだけもらいたいところだけれど、あまりゆっくりともしていられそうにないの。
申し訳ないけど、お願い」
『わかったわ』
騎士エビシド・イクスの言葉を遮って呼んだのは、私が契約している風の中級精霊の名前です。
精霊魔法使い以外には存在がわからないようにしてもらっていましたが、私の呼びかけと同時に姿を現したので、その存在に気づいた騎士エビシド・イクスが驚く姿がやや滑稽です。
「ふんっ、たかが“農耕魔法”ごときがっ――」
動揺から立ち直って悪態をつき始めた瞬間、シルフが起こした突風によって上空へと吹き飛ばされました。
同時に遠巻きに眺めるだけだった盗賊たちが各自の武器に手を伸ばしますが、すでに手遅れです。
次の瞬間には、周囲を囲んでいた盗賊たちが騎士エビシド・イクスと同じように上空へと巻き上げられ、地面へと叩きつけられています。
「ありがとう、シルフ。
念のために風の縄で手足を縛っておいてもらえるかしら。
今日の夜まで持てば十分だから」
『ふふっ、縛るだけだなんてディアナは優しいのね。
どうせなら手足を折って動けなくすればいいのに』
楽し気な声でそんなことを言うシルフが頼もしくもあり恐ろしくもあります。
「この盗賊たち以外にも敵になりそうな方がいると思うのですけど、わかりますか?」
『ちょっと待って。
……確かにそれっぽいのがいるわね。
でも、まだかなり遠いわよ。
ここに来るまでに1時間以上はかかるんじゃないかしら』
おや、予想以上に時間がありそうです。
援軍の方たちは盗賊たちと連携が取れていないのでしょうか?
それとも何等かの手違いでもあったのでしょうか。
「……今はそんなことを考えていられる状況ではありませんね。
シルフ、アンナを起こしてもらえますか?」
『わかったわ』
そう言ってシルフがアンナを起こそうとしてくれますが、かなり乱暴なことをしています。
水や光の精霊であれば体内の薬を簡単に消してしまうことができるのでしょうが、シルフは風の精霊です。
彼女は自分の魔力で強引に薬を消し去ることにしたようです。
「んうぅ……」
アンナのことをシルフに任せている間に荷物を確認していると、そんなうめき声と同時にアンナが目を覚ましました。
「大丈夫ですか、アンナ?
私のことがわかりますか?今の状況については?」
出来れば落ち着くまで待ってあげたいところですが、時間がありません。
畳みかけるように問いかけます。
「これは一体……?
もちろんディアナ様のことはわかりますが、というよりも私は馬車の中にいたはずでは……?
それにこの男たちは一体……?」
「彼らは盗賊ですよ。
私を襲うように殿下とグロステラ辺境伯から依頼されていたそうです。
とりあえず、盗賊たちは無力化しているから問題はないですが、このあと本命がやってくるみたいなのでこの場を離れようと思います。
見たところアンナにはこのことが伝えられていなかったようですが、貴女はどうしますか?」
「殿下とグロステラ辺境伯がディアナ様を襲うように依頼を……。
護衛の方たちはどうなったのですか?」
「騎士エビシド・イクスは盗賊とつながっていました。
護衛の兵たちは、残念ですが盗賊の襲撃で亡くなっています。
色々と聞きたいことはわかりますが、時間がないのです。
話はあとにして、どうするか決断して下さい」
「……私も一緒に連れて行って下さい」
少しの逡巡の後、アンナはそう決断しました。
そうと決まればぐずぐずしている暇はありません。
荷物の選別をアンナに任せ、私は馬車から馬を外して逃走のための足を確保します。
侯爵家の令嬢のたしなみとして乗馬の訓練をしていて助かりました。
最低限の荷物を確保した私たちは急いでその場を後にしました。
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