人間はアンドロイドの夢を見るか

栄三五

Who killed cock Robin?

夢を見ていた。

故郷の夢を。

辺境の岩と砂ばかりの星で3人で暮らす夢。



目を開けるともう何度見たかわからない照明が見えた。僕は宇宙船の一室でベッドに横になっている。


時刻を確認すると夕食の時間だった。寝た覚えはない。また、気を失っていたようだ。鼓動を止めようとする心臓を無理やり動かしているのだ。「寝た」というより「死から蘇生した」というほうが最早近いのかもしれない。

僕の体を侵すいくつかの病が日に日に体を蝕んでいく実感がある。


ここしばらくで、より死が身近になった。


僕の病を治すために3名で故郷を出発してはや数か月。目的地である医療の星アスクレピオスを目前にして僕の心臓は限界を迎えようとしている。


「失礼します」

「おや、今日は食事を運んでくるのはリネットなんだね」


部屋のドアが開き、女性型のアンドロイドがトレイを持って入ってきた。動きに合わせてブロンドの髪が揺れる。

この船に乗っている人員は3名。僕と、業務ロボットのロビン、医療用アンドロイドのリネット。

食事の用意と配膳の担当はロビンだ。食事に限らず僕の身の回りの世話はロビンの仕事になる。医療用アンドロイドであるリネットが代行するのは珍しい。


「本日の夕食はローストビーフ、パスタ、シチューになります」

「豪勢だね、最後の晩餐だからかな」


普段の質素な食事に比べたら目を見張るほどの献立だ。

彼女は僕の自虐的な冗談には反応せず、僕が食事を食べ終わるまで黙って待っていた。

食べ終えたことを確認すると、彼女は僕の脈を計り、値を記録する。

脈拍に異常がないことを記録した彼女に、僕は聞いた。


「ロビンはどうしたの?」

「ロビンは機能停止しました」


リネットが食器を片付けながら答えた。器同士が触れ合うカチャカチャという音が響く。


「え?」

「聞き取りにくかったでしょうか?ロビンは先程機能停止しました。なので私が代わりにお食事を持って参りました」

「待って、機能停止ってなぜ!?」


回路に不具合が起こった?それとも、基幹パーツの劣化のせい?

いや、どちらもありえない。

ロビンとリネットのメンテナンスは僕の役割だ。それを欠かしたことはない。

内部に人工臓器まで備えて、体の内外を可能な限り人体に近づけているリネットの構造は繊細だ。故障する可能性は一般的なアンドロイドより高いといえる。

逆に、雑務の多いロビンには耐久性に優れたパーツを使っている。

不具合が起きたとして、即時機能停止することなどないはずだ。


リネットが僕の思考を飛び越えて質問に答えた。


「頭部ユニットの損壊によるものです。頭部ユニットを胴体から切り離したため機能を維持できず停止しました」


僕は無惨にも頭が胴体と切り離されたロビンの姿を想像して身震いした。 

そんなことが、自然に起きるわけがない。


何か事故が起きたのか?例えば重い機材がロビンの頭に落ちてきて、重量を支え切れず損壊した、というような。


「事故が起きたの?直しに行かないと」

「いいえ、事故ではありません。そして、

「修理の必要がない、ってどういうこと?」

「修復が不可能だからです。彼のCPUとバッテリーは私が利用しています。修復のため代用できるパーツはありません」


リネットはきっぱりと言った。

CPUが壊れていればこの船に代用できるパーツはない。それは承知している。

だが、リネットがロビンのパーツを利用しているとはどういうことだ。


嫌でも、あり得ないはずの、万が一の可能性を考えてしまう。


「まさか…、まさか君がロビンを壊したのか?」

「いいえ、私ではありません」


リネットは答えた。

ロビンもリネットも僕に嘘は付けない。そういう特約を結んでいる。

全てのロボット、アンドロイドはロボット三原則に従うようにプログラミングされており、その他にも所有者との間で特約を結ぶことができる。


第一条

ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。

第二条

ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。

第三条

ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。


上記の、ロボット三原則の他に僕が彼らと結んでいる特約は二つ。

特約一

家族(僕を含む他二名)を傷つけてはいけない。

特約二

僕の質問には正直に答えること。


この特約が機能している限り、リネットが僕に嘘をつくことはあり得ない。



訳が分からない。事故ではない、リネットでもない、もちろん僕でもない。

となれば残る可能性は。


「ロビンは自分で頭部を切り離した?」

「はい。ロビンは自身で頭部を引きちぎり、機能停止しました」

「そんなこと、できるはずがない」


三原則の第三条でロボットは自己を守らなくてはならないとされている。

自分を傷つけることなどできないはずだ。


「いいえ、できます。彼は私の提案を受け入れたからです」

「…提案?」

「はい、私は彼に提案しました。『あなたのCPUとバッテリーを私に提供するように』と」


驚いて二の句が継げない私を余所に、リネットが発言を続ける。


「私は特約によって、ロビンが稼働している間に彼のCPUを取り外すことができませんでした。なので、彼が機能停止した後に必要なパーツを取り外したのです」


淡々と述べる彼女を改めて問いただそうとしたところで、視界が揺らめいた。

起こしていた上体がベッドに倒れる。倒れきる前にリネットが腰を支え、ゆっくりとベッドに寝かせた。

体に力が入らず、手足の感覚が薄くなっていく。


「これは…?」

「麻酔です。先程、脈を計った時にマイクロニードルで打ち込みました」

「…どうして…何で…」 


麻酔のせいか上手く発声ができない。

リネットの行動の動機がわからない。ロビンを自壊させ、CPUとバッテリーを奪う理由がどこにあるのか。


「アスクレピオス到着まであと約7日。この船にはもう水も食料も、酸素も5日分ありません。電力もギリギリなのです。ロビンへ充電する余裕も、もはやありませんでした」


だから、彼を殺したというのだろうか。自分が少しでも長く生きるために。

そして、アスクレピオスに到着できないのあれば、生命維持に電力を消費する人間も…。


「そして、現在の私のCPUとバッテリー残量では目的を達成できません。その不足を補うために、彼にパーツの提供を要請したのです」


「……目的ってなに?」

「あなたがアスクレピオスにたどり着くことです」


とうとう声が出なくなった。麻酔が効いているのだろう。

僕のこの驚愕は、心は、彼女に届いているのだろうか。


「到着まであと約7日。この船には水も食料も、酸素も5日分ありません。電力もギリギリです。そして、何よりあなたの心臓が保たない。私の見立てではあなたの心臓はあと3日動けばいいほうです」


「ですが、我々にはあなたを必ずアスクレピオスに送り届けるという使命があります。その使命を確実に達成する方法を、私は考えました」


「まず、あなたには麻酔で眠っていただきます。そして、あなたに私の人工心臓を移植します」


「この船には移植用人工臓器のスペアはストックされていません。しかし、私に搭載された人工心臓は人間にも移植できるように作られています。移植後長くは保ちませんが、今回の目的地に到着するまでなら充分です」


「船は自動操縦に変更します。その間あなたは麻酔で継続して仮死状態となり、栄養は点滴で補う。最低限生命維持に必要な装置を動かすだけであれば限られた物資、電力でも7日保ちます」


「しかし、問題点が一つありました。私が人工心臓を提供しても移植手術をする者がいません」


「私は人工心臓を取り外した後でも、自分のバッテリーからの電力供給のみで数分動作できます。しかし、心臓の移植手術を行うとなると時間が足りません」


「そこで試算をしました。私のCPUにロビンのCPUを接続して性能を底上げし、手術の時間を短縮する。そして、彼のバッテリーからも電力供給を受けて稼働時間を伸ばした場合はどうなるかを」


リネットは皆まで言わない。

ようやく、ロビンが自壊できた理由がわかった。

リネットはロビンに、CPUとバッテリーの提供を求めたのだ。

三原則の第三条は第一条および第二条に反する恐れのない場合に適用される。

リネットはロビンへ、僕に人工心臓を移植しない場合の危険性を伝えたのだ。


「私は試算の結果をロビンに伝えました。ロビンは喜んで、CPUとバッテリーを私に提供しました」


「アスクレピオスは高度に医療が発達した星。我々の星では不治の病でもあそこでは治療できます。たどり着きさえすれば、あなたの病は治療できるのです」


「これが医療用アンドロイドとして私が、私たちが、家族にしてあげられる最後の仕事です」


リネットは笑った。天井の照明が、窓から見える恒星の光が霞むような、淡い笑顔で。


「それでは、おやすみなさいませ。どうか幸せな夢を」

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