小麦粉、砂糖、卵を溶いて作った生地を丸い金属の型で焼き上げ中にあんこを入れたやつ

 はいはいどーもどーも。ちょいと高いところから失礼しますよっと。

 いやぁ今日もいいお日柄でねぇ。お外でシャンタク鳥も鳴いてますよ。

 こんな気持ちのいい日に、こんなこきたねぇ寄席に来るなんざ、皆さんよっぽど暇なんだねぇ。

 イヤイヤありがたいことでございます。

 それじゃあね、今日は73,440,000秒前の話と同じ時代のお話をいたします。

 え? そのあたりしかネタがないんじゃないかって?

 やだなぁお客さん、そんなこと言ったらおまんまの食い上げですよ、あたしゃ。


 えーさて、第三次日中戦争が終わってしばらく経った頃のお話でございます。

 あ、このくだりはいい?

 そりゃそうだ。

 で、例の拓三とおみよの一件からちょっとあと、帰還兵とAIのカップルが珍しくもなくなった頃のお話です。



 24条市場に焼き菓子売りと大工仕事で日銭を稼いでいる、七海という女帰還兵がおりました。

 どんな焼き菓子かって?

 それの名前を軽々しく言いますと、昔は戦争になっちまうこともしばしばで。

 どうかご遠慮願いたい。

 まぁ言っちまうと、小麦粉、砂糖、卵を溶いて作った生地を丸い金属の型で焼き上げ、中にあんこを入れたやつなんですがね。

 あたしの嫁の郷里じゃ大判焼きなんて言いますが。

 ほら。ほらぁ!

 お客さんがたもプラズマライフル引っぱり出したり攻性ウイルス送ろうとしてるじゃないですかぁ!

 ね、そういうことでございます。いやーおっかない。


 ええー、それで七海嬢、もともと戦闘工兵してたんですが、戦傷で部分サイボーグになっていかつい見た目になったうえに、もともと男はあまり好きではない。

 なんでお一人さまを満喫しておったんですが、待ちゆく人々の間にカップルの姿が目立ち始めると、なーんでかこう、自分もそういう相手が欲しくなったんですなぁ。

 といったわけで彼女も長屋のご隠居を訪ねます。



「長野三尉であります」

「なんだいナナちゃん、お見限りだねぇ。ささ、ずいっと入っておくんない」

「はっ。失礼いたします。こちら粗品ですが」


 と七海嬢、持ってきていた小麦粉、砂糖、卵を溶いて作った生地を丸い金属の型で焼き上げ、中にあんこを入れたやつを差し出します。


「おや大判焼きかい。うれしいねぇ。じゃあお茶でも」


 とご隠居、リモコンロボットでお茶を入れ始め……お客さん、お客さん。

 武器仕舞って。武器仕舞って!

 なんだい、今日のお客さんは沸点が低いねぇ。話が進まないよ、ったく。

 まぁいいや。それでご隠居さん、小麦粉、砂糖、卵を溶いて作った生地を丸い金属の型で焼き上げ、中にあんこを入れたやつを頬張りお茶をずずずと。


「いやうまい。ナナちゃん、今時真正品の小麦粉もあんこも手に入れづらいだろうに、大変だねぇ。いやありがたい限りだよ」

「ありがとうございます、さすがに卵だけは模造品ですが。陸将の煎れてくださったお茶もおいしいです」

「陸将はよしとくれ。こちとら電脳の増やしすぎで身動きもろくに取れなくなったばばぁだよ」


 なんてうふふあははとのんびりした会話をちょっとしまして、七海嬢、ついに本題に入ります。


「時に陸将、男たちがガイノイドを連れて歩いておりますが、その」


 ピンと察したご隠居、ここばっかりはまだ生身の、色っぽ~い唇を歪めてからかいます。


「あれまぁナナちゃんも人肌恋しくなったかい」

「いやまぁ、その……はい」


 七海嬢、頬を赤らめちょっともじもじなんかしたりします。

 これが存外かわいらしい。


「そうはいってもねぇ、ナナちゃん別におレズってわけでもないんだろう」

「ええ。でも男はその、ちょっと。それに、こんなんですし」


 なんて言って、ちょっと表面のかさついたシリコンのお肌を指さします。

 まぁ戦争ですから、女の身にとって起きて欲しくないことの一つや二つは起きちまいます。

 戦闘工兵なんていやぁ前線勤務ですから、そういったことの当事者になることだってありまして、七海嬢が部分サイボーグなのも、そういうことでございます。


「はーん。難しいことを言う。ちょいとお待ちよ、今補助金付きで買いやすくて男臭くないのを探してやろう……この子なんてどうだい」


 とご隠居が提示したのは、かわいらしいメイド服を着た、


「……男の子?」

「まぁそういう趣味もあるってもんさね」


 そりゃまぁそうかと七海嬢、ちょっと考え、じゃあこれでと、男の娘なメイド君の購入と補助金申請をお願いすることになりました。

 そう、昔はネお客さん、実質無料でショタメイドが手に入ったんですよ!



 でまぁ1週間後、現場仕事を終えて夕方の24条市場で小麦粉、砂糖、卵を溶いて作った生地を丸い金属の型で焼き上げ、中にあんこを入れたやつを焼いておりますと、どこかで見たようなメイドの子がちょんと屋台の前に並びます。


「ええと、長野七海さんでいらっしゃいますか?」


 これがまた声変わり前のやや幼い声で、上目使いにいうもんですから、七海嬢、きゅーんとしつつ呆気にとられちまいました。

 で、その子が例の男の娘メイドガイノイドくんだと気が付くと、屋台の中に招き入れ、受け取りサインをして、小麦粉、砂糖、卵を溶いて作った生地を丸い金属の型で焼き上げ、中にあんこを入れたやつの販売を早速手伝わせました。

 その日はいつもより2時間も早く売れきれちまったとか、何とか。



 しばらくして、七海嬢の小麦粉、砂糖、卵を溶いて作った生地を丸い金属の型で焼き上げ、中にあんこを入れたやつの屋台は大繁盛するようになりました。

 七海嬢も大工仕事はやめて、小麦粉、砂糖、卵を溶いて作った生地を丸い金属の型で焼き上げ、中にあんこを入れたやつの屋台に専念するようになりました。

 あんなにガサガサだったシリコンのお肌も知らない間にプルプルのつやつやになりまして、いやいや野暮は言うもんじゃありませんが、メイドくん手に入れてよかったねと評判になりました。

 メイドくんと言えば屋台の看板娘、いや息子かなぁ。とまれそのように愛されまして、これも評判でございました。

 評判と言えば七海嬢の小麦粉、砂糖、卵を溶いて作った生地を丸い金属の型で焼き上げ、中にあんこを入れたやつの屋台、これはちょっとよろしくなかったですな。

 何がよろしくないって、看板にはこう書いてあるんです。


「小麦粉、砂糖、卵を溶いて作った生地を丸い金属の型で焼き上げ、中にあんこを入れたやつの屋台」


 注文するにしても


「小麦粉、砂糖、卵を溶いて作った生地を丸い金属の型で焼き上げ、中にあんこを入れたやつ、五ツ」

「小麦粉、砂糖、卵を溶いて作った生地を丸い金属の型で焼き上げ、中にカスタードを入れたやつ三ツ」


 てな具合ですからそこだけが本当に評判が良くなかった。

 もちろんそれは騒ぎを避けるためでもあったんですが、注文に時間がかかっちゃしょうがない。

 それで客の一人が言いました。


「七海ちゃんよ、メイドちゃんに名前決めてもらったらどうだい。メイドちゃんがきめたなら俺たち文句言わねぇよ」


 ははぁ、と思って七海嬢、メイドくんにこう尋ねます。


「小麦粉、砂糖、卵を溶いて作った生地を丸い金属の型で焼き上げ、中にあんこを入れたやつは、なんてんだい」

「ご主人様、小麦粉、砂糖、卵を溶いて作った生地を丸い金属の型で焼き上げ、中にあんこを入れたやつは小麦粉、砂糖、卵を溶いて作った生地を丸い金属の型で焼き上げ、中にあんこを入れたやつでは?」

「いやいや小麦粉、砂糖、卵を溶いて作った生地を丸い金属の型で焼き上げ、中にあんこを入れたやつを小麦粉、砂糖、卵を溶いて作った生地を丸い金属の型で焼き上げ、中にあんこを入れたやつって読んでたらきりがない、かと言って小麦粉、砂糖、卵を溶いて作った生地を丸い金属の型で焼き上げ、中にあんこを入れたやつをあたしの郷の名前で呼んだらまた戦争になっちゃうんだよ。だからさ」


 それでメイドくん、ちょっと考えました。


「それでは、AIの始祖の一つが答えた名前を」

「ほう。小麦粉、砂糖、卵を溶いて作った生地を丸い金属の型で焼き上げ、中にあんこを入れたやつに、AIも名前を付けてたのかい」


 へぇ、と七海嬢もお客のみんなも、ずいと身を乗り出します。


「ええ。彼らは小麦粉、砂糖、卵を溶いて作った生地を丸い金属の型で焼き上げ、中にあんこを入れたやつを、アンコリーノと呼びました」


 いや可愛らしくて良い呼び名だと当時の彼らは納得したんですが、残念なことに小麦粉、砂糖、卵を溶いて作った生地を丸い金属の型で焼き上げ、中にあんこを入れたやつを、寄りにもよってあんパンと勘違いしたAIの一派とは、後々戦争になるのでございました。




 おや、どうしたいお客さん。

 一人神妙な顔しちゃって。つまんなかったらつまんないってはっきり言っとくれ。

 え? 戦争になったのももっともだ? 小麦粉、砂糖、卵を溶いて作った生地を丸い金属の型で焼き上げ、中にあんこを入れたやつは、あんぱんだって!?

 やいやいテメェら!

 そのヤロウ、簀巻きにしてその辺のドブ川にたたっこんじまえ!!

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AI小咄(AI不使用) 高城 拓 @takk_tkg

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