終幕

 瞳みたいに朱い映画館に、地に足つけて、歩いていた。

 カウンターの上のチケットを拾って、何となく目的地へと歩く。


 扉に触れられそうな後数センチの所で、ピタリと足が止まった。


りょう

「……マズルカ?」


 振り向くと、夢で見た食卓と、やけに明るい部屋。

 暖かい食卓に、大量の資料が転がった汚い場所なのに、やけに安心する。


「席に着いて欲しい。腕を振るってみた」

「………………」


 既視感があるというのに、何か、感情的にしか表せられない何かが言う。

 正に絵画みたいな光景だったからか分からないが、哀しさが訴えた。


──『最後の晩餐』を、目の前で見せられているのだ。


 柔らかい筈なのに堅く重い空気を含んでいて、何か言わないといけない気がしたのに、口は食事を求めている。俺にはマズルカの話を黙って聞くしか出来なさそうだ。


「私が誰か、知ってるか」

「勿論」


 俺を見ずにただ俯くのが嫌だったのか、頬を人差し指で突っついて向かせる。

 相手の感情なんてどうでもいいが、今回ばかりはとても気になるんだ。

……思いっきり見下して、一番楽しそうに笑ってやった。


「俺の親だろ?」


「……優しすぎて逆にプライドを傷つけられた。訴訟」

「うっざ。飯食って罵倒されて死ぬのが最高なのかよ。ダサいぞ」

「ぐ……幾らでも言え」


「お前は他人を簡単に傷つけられなくて、愚図になりきれなくて、後ろを向く仲間を前に向かせて、俺が最高潮になっている時に邪魔しやがって」

「自己紹介でもしてるのか?」

「黙れ金髪。短髪の方が格好いいぞ」


 語彙力の低い暴言を吐き捨てて、しみじみと笑われると涙が出てくる。

 面白い事言えよ、悲しくなるだろ。辛いって実感させんなよ。


「あーあぁ、お前のせいで生きなきゃいけなくなった」


 人の道を外れた者が簡単に存在を忘れられ、本当に死ぬ事は難しい。

 きっと次現れた『マズルカ』は別人かの様に接してくるだろう。

 それを知っていても、嬉しいと感じる時間が伸びて欲しい。


「ラース、よく寝ろよ」

「私が起きたら、世界征服でもしよう……」

「俺は手伝わないからな」


■■■


──あぁクソ。やっぱり生きていた。


「ご主人!!!」

「だぁぁぁ……よしよし」

「ご主人死にがけでたんズよぉぉぉぉ……!!」

「泣くなって」

 

 自宅の窓の向こうを見ると、仲間の姿。

 じっと見つめている。


「……お前さんらも来ればいいじゃないか」

「「わっ」」


 寄りかかって背中を押されたのか、入口に全員が倒れ込む。

 下敷きにされた雨読が手を伸ばしていたので部屋に入らせた。


「助かった。今日は米麹で作った甘酒で祝杯じゃ」

「ご主人、あの話決まったっスか」

「兄さんご飯用意しといたよ」

「ニスト様、冒険譚を……」

「やっと外に出られたのだから、どこか行かないかしら」


「一人ずつな。俺、聖徳太子じゃないし」


 誰かにとっての日常に俺が混ざれたのなら十分だ。

 飼い犬を拾おうが、弟を育てようが、バーテンダーを雇おうが、

 食事を与えようが、親になろうとする奴が出てこようが。

 いつも通りの日常に戻ってこれた様な、そんな気がした。

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100円の飼い犬を拾ったので。 平山美琴 @fact_news_

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