3.具体的には何とは云えないけどZ

 ◆


 万引き犯は相変わらず、姿を見せない。

 一冊の本が盗まれる度に、殺死杉には父の生命が削られていくように思える。

 眼鏡による窃盗力測定も――結局のところ、初日の盗本兼以降万単位のビキは現れていない。


 だが、眼鏡の貸与から七日目。

 殺死杉はとうとう――万引き犯を捉えてしまった。


「……どういうことですか?」

「あらら、見つかっちゃったんスか?」

 監視カメラをバイトにも内緒で、一つ増やした。

 その監視カメラには映っていた――石川が本を盗む様子が。

 夜十時。閉店後のBOOKORO。

 殺死杉は事務所に石川を呼び、映像を突きつけた。


「監視カメラの位置は把握していたから……大丈夫だと思ったんスけどねぇ」

「石川くん、残念ですが警察に通報させて頂きます……」

「警察……警察ねぇ……」

 石川の態度はどこまでも落ち着いていた。

 腹立たしいほどである。

 自分に裁かれる罪など無いかのように穏やかだった。


「……果たして店長に俺の罪を裁くことが出来るんでしょうか?」

「どういうことですか……?」

 悍ましい妖気が石川の全身から立ち昇っていた。

 ベットリと泥が纏わりつくかのように身体が重い。


「窃盗力を測ってみればわかりますよ?店長さぁん?」

 窃盗力を測る――そんなことを言っても、この眼鏡は石川の犯罪を暴く役には立たなかったではないか。

 しかし、殺死杉の視界は石川の右下にあるものをはっきりと捉えてしまった。


『窃盗力:53万ビキ』


「窃盗力……53万!?」

「まだまだ……」


『窃盗力:176億ビキ』


「窃盗力が……跳ね上がっていくッ!?」

「万引きから……億引き……置き引きってところッスか……けどねェ……」


『窃盗力:8291京7624億4213万8921ビキ』


「8291京……!?」

「窃盗力のコントロールなんてのは……俺等クラスのような大泥棒には当然の技術なんスよねェ……」

 新たに出た数値概念に許されたインフレ率ではない。

 だが、事実として目の前の男はそれほどの悍ましい窃盗力を持っていた。

 上昇した窃盗力に合わせるかのように石川の全身の毛が青くなり、髪は天に重力があるかのように逆だつ。

 そして髪の毛と同じ色のオーラを全身から放っていた。


「店長ォ、この石川拷問エ門。物なんてケチなものだけじゃなくて、生命まで盗んでいきまスよォォォォォォォォッ!!!!!!」

 瞬間、石川の拳が殺死杉の腹部を打った。

「ぐぇっ」

「でりゃりゃりゃりゃ」

 連打。左。右。左。右。左。右。左。右。左。右。左。右。なにかを考えようとすることも出来ないままに連打を叩き込――アッパー、殺死杉の身体が屋根を突き破り、空へ。轟。風を切る音。夜の空に殺死杉の身体が打ち上がる。

 それに合わせて飛び上がった石川が殺死杉よりも先回して高度に上がり、両手を合わせた鉄槌で殺死杉を殴りつける。

 殺死杉の身体は地面へ。


「かぁ~~しぃ~~つぅ~~はぁ~~~~~~ん!!!!!」

 更に石川の両手から放たれた光線が地に落ちんとする殺死杉を追撃する。

 太い光の線である。

 殺死杉の全身を覆いながら、地上へと放たれていく。

 光の中へ消える殺死杉――殺死杉の肉体は石川の必殺光線によって消滅してしまうのか。


「……ごほっ」

 否、殺死杉は生きていた。

 全身にダメージを負い、上半身の衣服は完全に灰になっている。

 それでも殺死杉は生きて、いや、生きているだけではない。立ち上がった。


「やっ、やめろっ!」

 だが、石川の攻撃は殺死杉よりもBOOKOROに向いていた。


 本が燃えていた。

 本棚が燃えていた。

 陳列予定だった新刊も、平積みにされた人気本も、不器用ながらに必死に作ったポップも、なにもかもが燃えていた。

 黒煙が上がる。

 BOOKOROの破壊された箇所から外へと逃げ出していく。

 BOOKOROの生命そのものが店内から消えていくような感覚に殺死杉は囚われた。


「何もかも……奪う……それがこの大泥棒、石川拷問エ門様の手口よォォォォォォォォッ!!!!火災保険もキッチリ俺が貰っておいてやるぜェェェェェェェッ!!!」

 重力を味方にしたかのように、空から超高速で石川が殺死杉に迫った。

 空中からのタックルである。

 命中すれば間違いなく、殺死杉は死ぬ。

 だが、その一撃は――空を切っていた。


「なにっ!?」

 周囲を見回す石川、殺死杉の姿は狙った位置から前方にずれている。

 再び殺死杉に狙いを定めんとした石川――だが、その姿が消えた。


「残像ですよォーッ!!」

「なっ!」

 背後に回っていた殺死杉の蹴りを受けて、石川の身体が吹き飛び、なんらかの壁に衝突する。横向きに隕石が落ちたかのように石川の身体を中心にクレーターが生じる。

 脱出しようとした瞬間に、複数本のナイフが飛来して石川の身体に突き刺さった。


「グェェェェェェェェッ!!!!」

 見れば、足元に移動していた殺死杉が石川にナイフを投げていた。


「急に力を増してんじゃねェェェェェェェッ!!!!」

 先程までいいようにやられていた男だったはずだ。

 それが何故か、急激に力を増している。

 石川はクレーターから脱出し、飛んだ。


「俺は石川拷問エ門様だぞォォォォォォォォッ!!!!それがこんな腐れ書店の店長一人にやられていいはずが無いんだよォォォォォォォォッ!!!!」

 石川は地上千五百メートルまで飛翔し、両手を掲げた。

 その両手に球状の巨大なエネルギーが生じる。

 まるで夜空に太陽が現れたかのようであった。

 その大きさたるや――東京ドームシティ一個分はあるだろう。


「この丁目ごと消えてなくなれェェェェェェェッ!!!!」

 だが、その巨大エネルギーが放たれることはなかった。

 地上の殺死杉から石川に向けて、何かが放たれていた。

 眼鏡だ。

 殺死杉が先程までかけていた眼鏡――窃盗力を測定する機能を持っている。

 そして。


「もう、試用期間が終了するみたいですのでねェ……アナタに差し上げますよォーッ!」

 試用期間が終わったためか、あるいは莫大な窃盗力に眼鏡が耐えきれなかったのか。眼鏡は巨大爆発を発生させ、石川を呑み込んだ。

 殺虫剤を掛けられた蚊が落ちるかのように、石川が地に落ちる。

 その衝突の寸前で、殺死杉がその両手で石川の身体を受け止めた。


「……ッ」

 苦痛のうめき声を漏らす殺死杉。

 地上千五百メートルから落下した成人男性の体重を受け止めれば、その両手はただでは済むまい。


「……なっ、何故だ」

 殺死杉は質問に答える代わりに、石川の腹部を殴った。

 腹部を殴っても特に気絶はしないことは世間的にも知られていることである。

 だが、先程まで特に何の説明もなく人間が飛んでいたのだ。

 それに比べれば腹部を殴って気絶することなど、然程おかしいことではない。

 故に、殺死杉は石川を気絶させたのである。


「……殺さないのかしら」

 ぬるりと村焼が殺死杉の背後に現れた。

 老婦人は全身から燐光を放ち、夜であるというのにその姿ははっきりと見える。


「遅かったですねェ」

 皮肉の一つも言いたくなる。

 結局のところ、店は破壊されてしまったのだ。


「……ごめんなさいね」

「いえ」

「……で、どうして殺さないのかしら。憎い相手でしょうに」

 石川拷問エ門――何度殺しても殺し足りない、憎い相手である。

 それでも殺さない理由があるとするならば、ただ一つ。


「犯罪ですからね」

「……あらあら」

「本当は殺したくて殺したくてたまらないんですよ……憎いから、という以上に……そういうのが好きなんです、私は」

 だから殺死杉には殺戮刑事になるという夢があった。

 自身の殺傷衝動を――自身の生命を維持し、未来に生命を繋ぐという本能を凌駕した欲求を満たすために。

 だが、殺死杉は父の夢を守ることを選んだ。


「……うん、いいわ。アナタ。殺戮刑事に向いてるわよ」

「嬉しい言葉ですが、私は」

「何を遠慮してやがる!」


 太い声がした。

 在りし日の父の声だった。


「父さんッ!?」

「謙信!!!」

 声の先を見れば、父親がその両の足で立っていた。

 だが、明らかに足の太さが以前のものと違う。

 肌も金属質に見える。

 というか、頭部以外の全てが金属に置換されているように思える。


「ギャハハァーッ!!!!サイボーグ手術は成功だァーッ!!!」

 サイボーグの胴体を得て完全治癒した父の隣で主治医が高らかに笑っている。


「人の父親に何してくれてんだアンタ!!!」

「細かいことを気にするな!!謙信!」

「細かくないよ!」

「俺のことよりもお前のことだッ!」

 憲政が一歩進む度に地面が揺れる。

 果たして、その肉体にどれほどの密度があるというのか。


「そこの婆さんが俺の見舞いに来て……言ったぜッ!お前には殺戮刑事の才能があるってよォ……」

「あの果物籠は……」

 誰のものかと思えば、村焼式部が持っていったものということになる。


「万引き犯を退治し、しかし殺さないこと……殺戮刑事である条件は、社会性があること……その点、坊や。アナタは本当に向いているわ」

「……ですが」

 殺戮刑事になりたい。

 クソ野郎をぶち殺しまくりたいという思いはある。

 だが、父の店が――殺死杉の思考を巨大な爆発音が強制的に破壊した。


 サイボーグ憲政の身体から発射されたミサイルがかつて存在した書店を跡形もなく吹き飛ばした。


「何やってんだァーッ!!!!」

「こんぐらいやりゃ保険金も下りるだろ!」

 あっけからんと言い放ち、憲政は笑った。


「お前の鎖になるぐらいならよぉ!こんな店ぶっ壊しちまうよ!!俺ァ!!やりてぇんだろ!!やれ!!!」

 肉体の九割が自分の知らない父になっていたが、それでも父は全く変わらないままだった。そんな父だからこそ、謙信はその夢を守ってやりたかった。

 けれど、もういいのだ。


「……どうするの坊や」

 答えはもう決まっている。

 そして、未来も決まっている。

 殺死杉は夢を叶えた。


【終わり】

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書店員から殺戮刑事に転職する殺死杉 春海水亭 @teasugar3g

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