次にミツルさんと会ったとき、前に約束を破ってしまったことを謝られた。べつに、わたしにとっては、どうしても会いたい相手ではないのだから、謝られても困るだけだった。

 この日は、焼肉に連れていってもらった。友達とも親とも行ったことのない高級店で、ほかの客の声がうっすらとしか聞こえない個室で、ふたりきりになった。

 ミツルさんは、わたしの食べるペースに合わせて肉を焼いているせいで、自分が食べるということを忘れているらしかった。こうしたシチュエーションには、おそらく慣れていないのだろう。ひとつのものを分け合うということが苦手らしい、そんな彼を好きになれないのは、わたしの周囲にいるひとたちに、器用なひとがいないからだ。みんな、わたしと一緒に食事をすると、なにかしらペースを乱される。


 思えば、加納くんは不器用の塊のようで、実は、とてつもなく器用な子だったのかもしれない。ひとを寄せつけないあのオーラは、彼が意図して発していたものではないのかもしれないけれど、加納くんを深宇宙へと連れていく役割を果たしたのには違いない。

 だれからも切に引き止められなかった。それは言いかえれば、彼の望みをかなえることが、なによりの手向けになるという確信を生じさせたのだ。

 わたしは、どうせこれからも、だれかに依存しだれかに依存される関係が構築された集団のなかで生きていくのだ。不愉快を受け入れて。逃れられないことから逃れようとするのは、一生における、一時的な休息に過ぎない。


 人生ではじめて、タンがおいしいと思った。いままで口にしたことがないわけではない。たぶん、上質なタンだからだろう。

「もう一皿、頼みますか?」

 わたしはきっと、ミツルさんの分のタンも食べてしまったのかもしれない。デリカシーのない子に思われただろうか。でも、彼はべつに怒ることもなければ、眼が回るほどの値段がするのに、自ら進んでもう一皿注文した。

 網の目を抜けて立ち上る煙のせいで、ミツルさんの細やかな顔の動きは見えない。

 もうちょっとくらいは、彼と付き合っても良い気がする。地上に縛られたわたしたちは、こうして、気を遣いあい、失礼を働きあい、愛し憎しみあい、建前と本音を使い分けて、感情的な部分もときおり見せながら、なんとか生きていくしかない。

 そのなかで、自分にとってイヤなことを少しでも負担してくれるだれかを、見つけるしかないのだろう。そして、わたしもまた、だれかの苦しみを自分のものとして扱うようになるときが来るのかもしれない。

 なんだかちょっと、生きることは楽しいかも、なんて思ってしまった。

 ミツルさんは、タンばかり焼いている。カルビも食べたいななんて、甘えてみる。煙のむこうで、ミツルさんが少しだけ笑った気がする。たぶん、微笑というより苦笑に近いものだろう。

 でもわたしは、その苦笑のようなものを、愛してみたいと思った。

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深宇宙のきみに向けて 紫鳥コウ @Smilitary

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