葛野朋子は腹立たしい
ほんまは女子高なんて行きたくなかった。
高校なんて、普通の公立行ったら、そこそこの私大には行けるやろうし、中学まで頑張って勉強したんやから、そろそろオシャレとか彼氏とかそういう楽しいことがあってもええやん。
そんな私の思いとは裏腹に、中学の担任のゴリ押しと、それに乗せられた母のせいで名門の女子高に行かざるを得なくなった。
このことで母に文句を言うと
「またアンタは人のせいにばっかりして! 最初は乗り気違たけど、制服見て、可愛い! モテそう! 言うて、最終的に決めたんはアンタやないの!」
と、言われる。
そりゃあ、そんなことちょこっとは思ったかもしれないけど、でも最初にゴリ押ししてきたのは担任と母だ。だから二人のせいなのに、責任転嫁されて腹が立つ。
あーあ、私ばっかり不幸になる。ほんまに腹立つわあ。
昔から、私ばっかり損してるって思うことが多かった。おんなじクラスのみかちゃんは、テストで80点とって、ゲーム買ってもらったのに、92点の私は買ってもらえへんかったとか。同じバスケ部のまほちゃんは、レギュラーに入った私を見て、勝手にショック受けて、私が狙ってた男バスの藤井くんに慰めてもらってるうちに付き合い始めたとか。思い出したらキリがない。
名門女子高に入ったからには、さぞかしナンパされたり、他校の特に男子校の人から告白されたりすると思ってたのに全くそんな気配ないし。
かと思えば、同じクラスの茅場さんが、他校の男から声かけられたとかいう噂もきくし。
茅場さんなんて、確かにクラスでは可愛い方かもしれんけど、大したことない。正直、顔は私とそんなに変わらんと思うのに、あのぶりっ子な感じに男は騙されるんやろうか。ほんましょうもない。
そんなくさくさした毎日で、休みの日に実家に帰るたんびに電車で見かける男の子のことが気になり出した。鞄に野球のユニフォームっぽいキーホルダーがついてて、SNSで調べてみたら近くの共学高校の野球部のユニフォームやったみたいで、私は今仲良くしてるハッセーが、前にそこの高校に中学一緒の子がいるって自慢してたことを思い出した。
「仲良くしてあげてるお礼に、紹介くらいしてくれるよな」
そう思って、ハッセーに仲介をお願いしたら、どうやら向こうが条件つけてきたみたいで、それが件の茅場さんを紹介しろってことやったみたい。
正直、茅場さんと一緒に合コン行ったら、男子全員騙されるんちゃうかとイラッとしたけど、まあ、背に腹はかえられんと我慢しようと思ったのに。
「んー、協力してあげたいのはやまやまやねんけど、私ほんまに今彼氏作りたいと思わへんし、相手の子に気持たすようなことしたくないねん。朋子ちゃんには申し訳ないけど」
と、あろうことか断ってきた。
「ひどいわ、茅場さん。自分が可愛いから誰かを好きになって苦しい思いなんかしたことないんやわ」
両手で顔を覆って悲痛な声で訴えたら、慌てたハッセーが
「いや、茅場さん連れて行くいうて連絡するわ。ほんで、当日欠員出た言うて、茅場さんにもっかいお願いする。それであかんかったら、相手側に茅場さん体調不良で来れんくなったって言うわ。万が一、その場で解散ってなっても、朋子がその男の子と連絡先交換できるように私がアシストしたげるわ!」
やから泣かんといて、とハンカチを渡してきた。なかなか涙が出えへんから、両目を手で抑えて潤ませてから受け取った。
ハッセーは普段威張り散らしてるけど、本質は小心者。
あれだけはっきり断られたら、諦めてしもて合コンまでこぎつけられへんかもしれん。
なんとかハッセーから合コン開催の言質をとったけど、邪魔をされた苛立ちは収まらず、元々茅場さんのことを嫌ってた花音に放課後、教室で愚痴を聞いてもらっていた。
「ほんまあざといわ、茅場。千ヶ崎さんもなんであんなんと仲良くしてんのかほんま意味わからん」
花音は、何があったか知らんけど、茅場さんのことをめちゃめちゃ嫌っていた。
一回、ハッセーに
「茅場さんって性格悪くてムカつくし、みんなで無視しようや!」
と言い出したことがあって、何かあったのか聞いても「なんもない!」の一点張りで、
「いや、別グループやし気にせんとこ。なんかされたんやったら私に言うて。言い返したるし」
なんて冷静に諭されていた。
小心者のハッセーは無駄な争いを好まない。ただ、頼られれば応えようとしてくれるところが、便利、もとい有難いから一緒にいるわけだ。
結局、この話は花音がワケを話したがらないから立ち消えたのだが、まだ茅場さんへの怒りは消えてなかったようだ。
「あームカつく、茅場のウソツキ! 腹黒女!」
むしろ、友達の私まで悲しませたと、さらに怒りが募ってる感じ。花音は乱暴に白紙のノートを破り、油性ペンで「性格悪すぎ!」と書いてからぐしゃぐしゃにして、茅場さんの机に突っ込んだ。
そのままの勢いでもう一枚ノートを破り、私に手渡して言った。
「はい! 朋子もなんか書いて入れといたら!」
「え、でもバレたらめんどくさくない?」
「ふんっ、自分も似たようなことしてきたんやから、何も言い返せへんわ!」
どうやら、私が思っていたよりも二人の間には溝ができているようだ。
まあ、花音のノートの切れ端やし、花音からやろうって言われたんやから、なんかあってもなんぼでも言い逃れできるか。そう思って、切れ端を受け取って少し迷ってから「死ね」と書いた。
「あはは! 朋子キッツー!」
「えー? 花音が書け言うんたんやん!」
嬉しそうに花音が笑いながらその紙を丸めて、また茅場さんの机に入れた。
***
結局、合コンには行ったけど散々な結果になった。
紙の件は確かに、茅場さんは何も言ってこなかったが、代わりに千ヶ崎さんにキレられ、弱みを握られてしまった。そんなテンション激下がりな上、男子校の幹事が茅場さんに会われへんかった文句を何回もハッセーに言ってきたせいで、ハッセーが
「会ったってあの子にはもう恋人おるし、お前なんか相手にされへんわボケ!」
とキレてしまい、二度と合コンなんて開かないと喧嘩別れになり、もちろん連絡先なんて聞けなかった。
連絡先交換できるようにアシストしてくれるって言ってたのに、約束が違うとハッセーに訴えたら
「朋子がいらんことするからやろ! なんで嫌がらせなんかしたん!」
と逆ギレされた。言い返したかったけど、クラスで一番でかいハッセーのグループから追い出されたらまずいと思って
「ごめん、だって花音が!」
と、両手で顔を覆った。こうすれば、ハッセーは折れるはず。花音が茅場さん嫌ってたのは、ハッセーだって知ってるし。ていうか、何で千ヶ崎さんも、私の字だけわかって花音の字はわからへんねん。私だけが悪いんとちゃうのに。
はあ、とため息が聞こえて、いつもみたいにハンカチを差し出してると思って手を外したら、ハッセーは俯いたまま
「……でも、朋子は謝れるんやもんな」
と言った。遅れてハンカチが差し出されたのでいつものように受け取る。
私は、よくわからないがハッセーが許してくれた安堵を感じたのと同時に、また私ばっかり損してしまったことにがっかりしたのだった。
千ヶ崎文乃は流されやすい 石衣くもん @sekikumon
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