白波瀬薫は謝れない
「なあ! ハッセーも腹立つやんなぁ!」
「そんなん、当たり前やん」
うちの一言に沸き立つ皆。そっからはさらに加速する悪口。ああ、またやってしまったと、後悔してももう遅い。
***
ある日、うちの女子高に転校生がやって来た。都会から来た可愛い名前のシュッとした子で、仲良くなりたいと思って勇気を出してお昼に誘ったら、オッケーをもらえて嬉しかった。
『さすがハッセー。優しいなあ』
『ほんまほんま、田津さんも喜んだはったな!』
休憩時間に、田津さんに話しかけた後、授業中に仲良しのグループでこっそり回す手紙にも、田津さんの話題で持ち切りで、彼女とももっと仲良くなってこんな楽しいやり取りをしていけたらな、なんて思っていた。
『田津さん、かしこそうやもん』
『でも、あんまりかしこいとあの人らみたいじゃないか心配やわ~』
朋子ちゃんの手紙の内容に、思わず身体が強ばった。
あの人ら、というのはクラス一賢い千ヶ崎さんと茅場さんのことである。私は、いや、私たちのグループは彼女たちに嫌われてしまったのだ。
***
事の発端は私たちが一年生の時、茅場さんを合コンに誘ったことだった。
「お願い! この前言うてた合コン、今日行く予定やったメンツが風邪で休んだから一人足りひんねん! 向こうが来てほしいって言うてる茅場さんが、ちょこっとだけでも顔出してくれたら喜ぶと思うねん!」
「ごめんなぁ、この前も言うたけど、合コンとかまったく興味ないねん」
にべもなく断られたが、すぐに諦めるわけにはいかなかった。何故なら、この合コンは朋子が気になってる男の子を呼んでもらう代わりに、茅場さんを呼ぶと約束してしまったからなのだ。
ある日、いつも電車で一緒になる、近くの共学高校の男の子が気になると、朋子がグループ皆に相談してきた。皆、応援したげたいと思ってどうしたらいいか考えてた時
「そうや、ハッセーあの高校に中学一緒の男の子いるって言うてなかった? その子に合コンセッティングしてもらえへんか頼んでみるっていうのはどうかな!」
という案が出たのだ。
ナイスアイデア! と場が盛り上がって、私も「そうやな」と同意し、さっそくその同中の男子に連絡したら
『合コンセッティングするのはええねんけどさ、この子知り合いとかちゃう? 制服そっちの女子高やと思うねんけど』
と、茅場さんの写真が送られてきた。
クラスメートだと返信すれば
『実は、俺、この子に一目惚れしてん。この子呼んでくれるならセッティングしたる』
なんて言われたのだ。
正直、私は茅場さんが苦手で、どうするかめちゃくちゃ悩んだ。別に彼女に何かされたとかではないのだが、こちらを見透かすような目をしてるというか、私の虚勢を剥がされそうな気がして、あんまり関わりたくなかった。でも、仲良しの朋子のためだと言い聞かせて、茅場さんにお願いしに言ったら
「合コンとか興味ないねん、せっかく誘ってくれたのにごめんなぁ」
と、あっさり断られてしまったのだ。事情を説明して、途中で帰ってもらってもいいと伝えたのだが、
「んー、協力してあげたいのはやまやまやねんけど、私ほんまに今彼氏作りたいと思わへんし、相手の子に気持たすようなことしたくないねん。朋子ちゃんには申し訳ないけど」
なんて、ド正論で断られたら、もうどうしようもなかった。
幸い、皆にはまだ何も言ってなかったし、セッティング自体できひんかったことにしようと思ってたのに、珍しく私が茅場さんに話しかけてるのを不思議がったグループの皆が、わざわざ教室から移動して話してたのに、ついてきてて全部聞いてしまったようなのだ。
茅場さんが教室に戻ったので、私も戻るかと思ったら隠れてた皆が寄ってきて、口々に茅場さんが冷たいだの協調性がないだの非難し始め、ついに朋子が
「ひどいわ、茅場さん。自分が可愛いから誰かを好きになって苦しい思いなんかしたことないんやわ」
と泣き出してしまった。困ってしまった私は咄嗟に
「いや、茅場さん連れて行くいうて連絡するわ。ほんで、当日欠員出た言うて、茅場さんにもっかいお願いする。それであかんかったら、相手側に茅場さん体調不良で来れんくなったって言うわ。万が一、その場で解散ってなっても、朋子がその男の子と連絡先交換できるように私がアシストしたげるわ!」
やから泣かんといて、と朋子にハンカチを渡せば、彼女は涙を拭いて「ありがとう」と笑ってくれた。
私はちっちゃい頃から、見栄っ張りで、小学生の時に見栄を張ってそれが嘘だとバレて、友達だった子に絶交されたこともあった。それが割りとトラウマで、張った見栄は絶対に突き通さなければと思うようになった。
そもそも見栄なんて張らなければいいのだと、何度も直そうとしたのだが、親の遺伝なのか、そういう性質なのか、結局見栄を張ってしまって、自分の首を締めてしまうのだ。
優先すべきは朋子の恋なので、最悪茅場さんが来てくれなくても構わないとは思ったのだが、万が一また別の子が同じようなことを言い出した時のためにパイプを保っておきたい。
そう思うとつい、しつこくしてる自覚はあったが、食い下がってお願いしてしまった。
「いい加減にしたら? それ、茅場ちゃん初めに誘ってきた時に断ってるんちゃうの」
「千ヶ崎さんには関係ないやろ! 黙っといて!」
見かねた千ヶ崎さんが口を出してきたが、グループの皆も見てる手前、引っ込みがつかなかった。
「……茅場ちゃん、もう我慢の限界やねんけど」
低い声で千ヶ崎さんがそう言って、茅場さんは
「ふみがええんやったら、私はええよ」
と、こちらにはわからない返事をした。
「なっ、なによ! そんな難しいこと頼んでへんやないの、何が」
「茅場ちゃんは私の恋人やから、合コンには行かせへん」
「……へ?」
恋人? でも、茅場さん、彼氏は作らへんて……あっ、彼女がいるからってこと!?
私が脳内で軽くパニックを起こしてる間に、今まで黙って見守っていた朋子が
「えっ、女の子同士でってこと? おかしいやん……」
と、声に出してしまった。それを皮切りに皆がやいやい言い出して、正直収拾つかへんと頭を抱えたくなった瞬間、
「おかしくて結構。こっちからしたら別に仲良くもない人間の恋路を手伝え言われて、手伝う義理なんて一切ないから」
「ひどっ……最低!」
「ああ、ごめんなさいね。自分の恋路を手伝ってもらえへんってだけで『死ね』とか書いた紙机に入れてくるような人とは酷いと思う基準が違うみたいやわ。バレへん思たん? あんたの字、『ね』に癖あるから気を付けた方がいいんちゃう?」
千ヶ崎さんと朋子のやり取りを呆然と聞いていたが、朋子以外の皆が
「ハッセー! 朋子助けたって!」
と言ってきて、パニック状態のまま朋子と千ヶ崎さんの間に割って入った。
「ちょ、もうわかったから。そんな人、もう誘いません。これでええやろ」
「ええわけないやろ」
ですよね~……
正直、朋子たちが茅場さんに嫌がらせしたのを知ってちょっぴり引いてはいるが、私が朋子を助けてやらなければ。
「そもそもそっちの断り方が、その、冷たいというかなんというか」
「だから、今、ほんまは言いたくもないこともわざわざ言うて断ったんですけど? それをおかしいんちゃう言われて、あんた腹立たへんの?」
千ヶ崎さんのド正論に太刀打ちできるような言い訳もなく、もう伝家の宝刀である逆ギレをかますしかないと覚悟を決め、口を開こうとした私に向かって茅場さんが静かに言った。
「もうええよ、合コン、遅れるんちゃう?」
「茅場ちゃん!」
「ふみ、別に私怒ってないし」
ちょっと悲しかっただけ。
目元にうっすら涙を浮かべた彼女を庇うようにしながら、千ヶ崎さんが
「二度とうちらに関わらんといて! こっちはあの最悪な紙、あんたらの態度次第で晒したるからな!」
と、ぶちギレて去っていった。
「ごめん、ハッセー、うち……」
「いや、うちこそごめんな、朋子らに辛い思いさして。もうあの人らには関わらんようにしよな」
悪いのは、どう考えてもこっちだが、非を認めてはいけないとまた見栄が邪魔をする。
そんな私の態度に、皆も
「そうやな、あんな人らと関わったら怖いわ!」
と、まるで向こうが悪いかの口振りで、私はまた間違えてしまったと後悔する。
ごめんなさい。
その一言が言えない私は、今日も見栄と虚勢で自分の首を締めるのだった。
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