田津エリザは諦めない
「今日からこのクラスに転入します、田津エリザさんです。皆さん仲良くするように」
教壇に自分を紹介する教師とともに立ち、女だらけの教室をこっそりと見回す。流石女の園、こちらを値踏みする視線を隠そうともしない人ばっか。
あのウェーブのかかった髪の人がこのクラスのリーダー格だな、こっちへの視線が一番鋭く厳しい。嫌だなあ、目をつけられると。
数人は全然興味ない感じの人もいるけれど、ほらあそこのとびきり可愛い顔の子とか、全然興味なさそう。
あっ、あそこのいかにも真面目ちゃんな子は、あれ、こっそり本読んでるな。どんだけ
「田津さん、簡単に自己紹介して」
「はい。田津エリザです。前は東京に住んでて、共学の高校に通ってました。趣味は読書です、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げれば、
「それじゃあ田津さん、そこの、茅場さんの席の隣に座って。茅場さん面倒みてあげてね」
「はーい」
指定された席は例のとびきりのかわいこちゃんの隣で、先ほどとは打って変わって愛想の良い笑顔で
「茅場めぐみです、よろしくね田津さん」
と、挨拶してくれた。
***
転校生の初仕事とは、転入してきた日の一番最初の休憩時間だと、転勤族の親を持つ私は知っている。この時間に上手く立ち回れるかどうかで、その学校での立ち位置が決まるのだ。
ここは全寮制で、高校二年生になって、ようやく親が転勤しても私は学校を変えずに済むようになった。つまり、ここでは卒業するまで穏やかに過ごしていかないといけないのだ。
一限目の授業は茅場さんに教科書を見せてもらいながら受けつつ、次の休憩時間に向けて、今までの転校生活を思い返しながら「ああ言われたらこう返す」というのをシュミレーションする。
「田津さんの名前、エリザって可愛いね」
「今流行りのキラキラネームです、お恥ずかしい」
とか。
「その茶髪、染めてるの?」
「そんな不良じゃないですよ、地毛です~」
とか。
「共学だったなら彼氏はいるの?」
「今は募集中です~」
よし。これでクラスのあのリーダー格の女に目をつけられることもないだろう。
そんなエア自己紹介を脳内で繰り広げながら授業を受けていると、
「じゃあこの問題わかる人……いいひんか、なら千ヶ崎」
「はい」
例の本を読んでた真面目ちゃんが前に出て迷うことなく問題を解いてみせた。なるほど、このクラスで一番賢いのは彼女なのか。
すらりと長い手足と、高い身長。そしてプライド高そうな表情と、溢れでる自信。きっと友達少ないタイプだろうな。
うーん、好みど真ん中。
興味深い対象を見つけて、思わず隣の茅場さんに、
「ねぇ、茅場さん、千ヶ崎さんってあんまり群れない系の人?」
なんて、確認してしまった。すると、茅場さんは先ほどと寸分変わらぬ愛らしい笑みで
「うん、友達は私だけ」
と宣い、少し間をあけてから続けて、はっきりした口調で言った。
「……あの子は私のやから、あげへんよ?」
***
「なあ田津さん、今日お昼一緒に食べへん?」
「いいんですか? えっと……」
「うちは
案の定、二限後の十分休憩に取り巻き達を引き連れてやって来たのは、例のウェーブちゃんだった。
お嬢様風の見てくれでもがっつり関西弁なんだなと、心の中で感心しながら、満面の笑みを作って
「よろしくお願いします」
と答えた。対応としては及第点だったのだろう、にっこり笑って
「敬語なんてやめてぇや。クラスメートなんやし」
なんて言われた。そこからは十分休憩が終わるまでシュミレーションした質問の殆どを聞かれ、当たり障りない答えで乗り切った。
「ほなまた後で」
「うん」
このグループに所属するのは体力いるんだろうなあと、来る昼休みを思って、そっと溜め息を吐いた。
すると、隣の茅場さんが苦笑しながら
「おつかれさま」
と、言ってくれた。正直に言えば茅場さんと件の千ヶ崎さんのグループに入れてほしい。
この可愛い女の子と興味深い頭のいい人と仲良くしたい。
でも、恐らくだが先程の茅場さんの牽制で推測できてしまう。この二人は友人以上の関係だ。そんな中に入れる程、神経は図太くない。もしそんな肝っ玉の持ち主なら、あんなに真剣にシュミレーションして、面倒なリーダー格の女に関わらない。
いいなあ、茅場さんはあの千ヶ崎さんの寵愛を受けてるんだろうなあ、だってこんなに可愛いんだもの。
彼女の整った横顔を見ながら、そんなことを思った。
もしかしたら、あの澄まし顔が崩れてデレデレになるのかも、それも見てみたいなあ。
私は頭の良い人が好きだ。それは恋愛対象という意味合いでも、聡い人がタイプなのだ。話していて楽しいし、視野が広い人が多い。たまに勉強だけできる視野の狭い人もいるが、それはそれでそういう人の了見を広げるのも一興だ。千ヶ崎さんはどっちのタイプだろう。
まだあまり千ヶ崎さんのことは知らないが、彼女は見た目から頭の良さまで、恐らく私の好みど真ん中だ。ちなみに、頭の良い人は男性でも女性でも恋愛対象になり得る。私は、所謂バイだ。過去に彼氏もいたし、彼女もいた。
今まで共学校ではそれを特別、隠すこともしなかった。たまに
「やだちょっと、私のことそういう目で見ないでよね!」
なんて、過敏に反応する女もいたけど、こっちだって好みはあるのだ、誰でも良いわけではない。
今回は女子校なのだから、過敏に反応する女の子が、共学以上に多いかもしれない。それはとっても面倒だ。だから、必要なければ公言するつもりはないと思っている。
***
「茅場ちゃん、お昼食べよ」
「ええよ~」
授業が終わり昼休みになると、千ヶ崎さんが茅場さんの元にやって来た。それを、いいなと思いながらも、手招きしている白波瀬さんのところへ寄っていった。
白波瀬さんのグループの女子たちは、ザ・女子という感じで、コスメがどうとかワンピースがこうとか、そういう話で盛り上がる子ばかりだ。
正直、興味ない話題ばかりで、こっそり茅場さん、千ヶ崎さんの方の様子を伺う。二人とも、今目の前にいる子みたいに甲高い声で笑うことも、大袈裟にリアクションすることもなく、穏やかに、それでいて楽しそうに話している。
「田津さん、あの二人には近付かへん方がいいよ」
あまりに夢中になって二人を見ていた所為で、白波瀬さんにそれがバレたらしく、わざわざ名指しで話しかけられた。すると、皆、私の方を見て、
「あの人たちはソッチ系やから」
とか、
「女のくせに女の子が好きやなんて変よ、いくら女子校やからって」
とか、
「いつこっちが狙われるかわからへんし、怖いわ~!」
なんて、二人にも聞こえるくらいのボリュームで言って、また耳障りなキャンキャン声で笑った。
「それはないんじゃない?」
「え?」
「好みがあるのよ、女の子が好きな女にも。少なくとも、大声で人のこと貶めるような女の子をタイプだっていう人は、男でも女でもいないと思うけど」
反射的な言動だと、言い終わった瞬間少しだけ怯んだ。けれど、後悔はしなかった。
「喧嘩売ってんの?」
こちらを鋭い目で睨みながらそう言った白波瀬さんに、
「事実を言っただけ、でもそう捉えたいならご自由に」
と言い返して、昼食のサンドイッチを引っ付かんで教室を出た。
やってしまった。一番最悪な状況だ。
クラスのボスに歯向かって敵対してしまった、しかも初日から。せめて、代わりに別のグループに所属してからだったら、いや、結局ボスに歯向かったらそこからもハブられるか。
とりあえず外のベンチでサンドイッチを頬張って、恐る恐る教室に戻ると、そこには誰もおらず、黒板に
「移動教室、視聴覚室」
と書いてあった。
勿論、視聴覚室の場所を知るよしもなく、職員室行って聞くか、と肩を落とした瞬間だった。
「田津さん」
鈴の音のような可愛らしい声が自分の名を呼び、驚いて振り向いた。そこにいたのは笑顔の茅場さんと無表情の千ヶ崎さんだった。
「視聴覚室、一緒に行こ?」
「え、あ、ありがとう、ございます?」
状況が飲み込めず、とりあえず二人にのろのろと近づく。すると、千ヶ崎さんが
「勘違いしたらあかんで、茅場ちゃんは義理堅くて誰にでも優しいだけやし」
と、拗ねたような口調で言った。嫉妬してるのかな、本当に好みだわ、可愛いなあ。
じゃ、なかった。
「もしかして、迎えに来てくれたんですか? なんで……」
「私らのこと、庇ってくれてたやろ? それで白波瀬さんキレてたみたいやし。そんな状況で田津さんのこと、ほっとかれへんやん」
「気にせん方がええよ。あの人、茅場ちゃんに相手されへんかったからって私らのこと目の敵にしてはんねん。さっきも自分のこと困らせたる! ってわざと早めに皆に移動するよう声かけてさ、ほんま嫌な女やわ」
なんという棚からぼたもち、ケガの功名。だって、否定したとは言え、勝手に話題にされて二人も面白くなかっただろうと、それ以前にお互いのことにしか興味のない二人なのだと思っていたが、嬉しい誤算だった。
「ほら、はよ行かな遅刻する」
「ふみ、待ってよー。ほら、田津さんも」
「あ、うん」
先に歩いている千ヶ崎さんの後ろを茅場さんとついていく。すると、千ヶ崎さんには聞こえないよう小声で
「私のこと義理堅いとか言うてたけど、田津さんのこと気にかけたのはふみやねん。あの子こそ、真面目というか義理堅いというか」
「えっ」
「でも、勘違いしたらあかんで、さっきも言うたけど、ふみはうちのやから」
そう言った笑顔が、あまりに不遜で不敵な印象だったから、わかってしまった。寵愛を受けているのは、千ヶ崎さんの方なのだ、きっと、いや、絶対。
そんな確信に近い予測に煽られて、思わず
「望むところ」
なんて、宣戦布告してしまったのだった。
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