茅場めぐみは計算高い
「ふみはさぁ、ピンク系よりもオレンジ系が似合うよなあ」
「そうなん?」
「うん、そうなん」
ふみこと、千ヶ崎文乃とお付き合いを始めて、私、茅場めぐみは、彼女を勉学の邪魔にならない程度に外へ連れ出す。所謂デートである。
今日は本屋に行って、カフェでお喋りして、そしてドラッグストアでふみのチークを買うべく、テスターを試して回っている。
ふみは頭が良くて、正義感の強いお人好し。そして馬鹿がつく程、真面目な子だ。その真面目さが災いして、頭が良いくせに、要領が悪い。なのに、自分の頭が頗る良いことを自覚しているから故、そんなわけないと現実を正しく認識できていない。そこが可愛くて可愛くて堪らない。
上述でおわかりいただけただろうか。そう、私は大変に性格が悪い。歪んでいるともいう。
だから、正直で聡い、自分にないものを持っているふみのことが、だぁい好き。
「茅場ちゃんは何色でも可愛いで」
「もお、ほんまに~? 適当に嘘吐いてるんちゃうの~?」
「ほんまやって! 私が嘘吐かへんの知ってるやろ」
「んふふ、知ってる~!」
喜びの表現として、かわい子ぶって抱き着けば、
「もうしょうがないなあ茅場ちゃんは」
と、少し呆れたように笑う。これは彼女の癖で照れ隠しなのだ。
現に呆れた声のわりには抱き着く私を引き剝がすことなく、されるがままになっている。満更ではないのだ。
自分の容姿が可愛いというのはしっかり自覚がある。
また、可愛いことで起こり得る嫉妬や執着などへもうまく立ち回れる。
セルフプロデュースが重要なのだと、中学まではみんなに好かれる、親しみやすいが高嶺の花的なふるまいを頑張ってきて、その通りのポジションにいたのだが、いかんせん本来の自分とかけ離れ過ぎていて疲れてしまった。
高校は誰も知らないところへ行こうと、寮がある家から遠い名門女子高へ推薦で入学した。心機一転、これからは無理をし過ぎないキャラクターで過ごそうと決めて、手始めに声をかけたのが前の席のふみだったのだ。
ふみはとにかく頭が良くて、基本的には合理的かつ論理的な判断をする子だった。ただ、人間関係が不得手だったようで、たぶん今までぼっちだったんだろうなあと簡単に想像できてしまった。
彼女は、別に私が可愛いからと嫉妬で意地悪をすることもないし、誰かへのマウントを取るなんて幼稚なこともしない。また、私は彼女ほど賢くなくても、侮られるほど頭は悪くはないので、会話にも困ることはない。友人第一号として、お互いに損はないと判断して、しばらく彼女と一緒にいることにした。
最初はそれくらいの認識だった。
予想通り、中学までは友達がいなかったと聞き、実は気難しい性格なのかと心配もしたが、段々と、彼女は人と仲良くなれなかったのではなく、ただ仲良くしなかっただけだということが分かってきた。どうやらそういう教育方針の家だったらしく、特に困ることもないので従っていたそうだ。
中学までは、特定の友人はいないものの、協調性がないわけでもなく、むしろ優しい性格なので、頼りにされつつも別次元の凄い人、という立ち位置で過ごしてきたようだった。
ふみと仲良くなるにつれ、私はたまにボロを出してしまった。
先生を分析して内申点を高くしようとしていることを伝えたり、クラス内の勢力関係を話したり、自分でも
「あっ、今結構性格悪いこと言った」
と反省するようなことを言っても、彼女は自分と違う視点で物事を見ているんだと感心してくれて、私はなんだか本当の自分を認めてもらえたような、気恥ずかしさを感じながらも嬉しかった。
そんな感じで、どんどん損得関係なく、ふみと一緒にいるのが当たり前になってきた頃、興味もない奴らに言い寄られる私を庇って、
「茅場ちゃんのことは私が守ったるからな」
と、ただただ正義感と使命感によってそう言ったふみに心底惚れてしまった。
別段困ってもいなかったが、それからは過剰に怖がったり困るふりをしたりして、ますます構ってもらえるようになった。
ああもう、こんなの初めてよ。
「ありがとう、ふみ、大好き」
私はふみと違って嘘吐きだけど、この気持ちは本物。ふみに私とおんなじ気持ちになってほしくなった。
だから、自分の持てる武器と知識を総動員させて、見事彼女を落としてみせた。
陥落したふみは、私の言いなりと言っても過言でないほど、思うがままだった。まあ、多少強引にこちらが主導権を握ったのだが。
「ふみがどんどん可愛くなっていくのは、全部私のおかげやからな」
「ふふ、はいはい」
化粧、髪型、私服に至るまで、私はふみのプロデューサーと言わんばかりに、彼女に相応しいものを選び、それを使うように懇願した。その辺りのことに拘りのない彼女は、二つ返事で了承し、私の薦め与えるものを身に纏った。
その喜びったら、今まで味わったことのない満足感を得られるのだ。自分の手でより良いものを作り上げているという達成感と、その良いものが自分だけのものだという優越感。
手前味噌だが、私と付き合いだしてから、ふみはますます魅力的になった。そして今更ながら、その魅力に気付いたという輩も多い。
ちなみにそんな下心を持ってふみに近付く奴らは、上手いこと私に気があるため近付いてきている風に見せて、ふみ自身に追い払ってもらった。
腹黒い? 計算高い? ありがとう、褒め言葉やわ。それに、すべてはふみと穏やかに過ごすため、私は愛に生きているだけなのだ。
「どんどん可愛くなっても、ずっと私だけのふみでおってな」
「……茅場ちゃんこそ」
これ以上可愛くなって、他の人に言い寄られて靡かんといてや。うち、心配やねん。
やって、あー堪らん。可愛い。
「そんなんあるわけないやん、安心してや」
なるべくいつも通りの、彼女が喜んでくれる可愛い笑顔を浮かべてそう言った。
「嫌がったって、もう、手放してやるものか」
なんて、真っ黒い腹の内が透けないように気をつけながら。
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