死んでもいいと言った人 3人用台本

ちぃねぇ

第1話 死んでもいいと言った人

譲(N):その日僕は、遺書を書いた

譲(N):クラスメイトにされた恐喝まがいのいじめの全てをノート3ページにびっしり書きなぐって、そうして誰もいないはずのビルの屋上のドアを開けた

譲(N):誰もいない、はずだった

緒方:…あ?誰だてめぇ。どっから入った

譲:え…

譲(M):誰…

緒方:聞こえなかったのか。どっから入った

譲:あ、えっと…非常階段から

緒方:ったく…

譲:あ、の…

緒方:あ゛ぁ?

譲:あ…いえ…なんでもないです

譲(M):なんで?どうして?このビルは今はもう使われてないはず…どうしてこんなところに人がいるんだよ…!

緒方:…なんで入った

譲:え

緒方:こんな古びたビルの屋上に何の用だ。…つかお前、中学生か?学年は?

譲:あ、その…

譲(M):なんで今日に限って人がいるんだよ…しかもこんな人相の悪い人がっ…!

緒方:聞いてんだから答えろや。…おめえいくつだ

譲:じゅ…16…です

緒方:ってことは中坊じゃねぇのか。…随分ちぃせぇな

譲:なっ

緒方:お?いっちょ前に怒ったか?

譲:え…と…

緒方:なんだ、怒らねぇのかよ。つまんねぇ

譲:……おじさんは

緒方:あ゛ぁ?誰がおじさんだぁ?

譲:お、お兄さんは…なんでこんなところに

緒方:いたら悪いのか

譲:あ、いえ

緒方:……お前、根性ねぇな

譲:え

緒方:同じ質問俺もしただろ。なんですぐ答えを諦めちまうんだよ。食い下がれよ

譲:…なんでここにいるんですか。ここ…廃ビルですよね

緒方:お前に答える義理はねぇ

譲:なぁ…!あんたが聞けって言ったんだろ!?

緒方:俺は聞けなんて一言も言ってねぇし、答えるなんて約束もしてねぇ

譲:…なんだよそれ。なにがしたいんだよ

緒方:…お前、そのリュックの中見せてみろや

譲:…なんで

緒方:興味本位

譲:…やだよ

緒方:抵抗すんな、ろくな事ねぇから

譲:…無理やり奪うの

緒方:かもなぁ?

譲:…カツアゲ?

緒方:…お前金持ってなさそうだな。…いいから見せろよ

譲:い…やです

緒方:(すごんで)見せろ

譲:…………はい

緒方:お前押しに弱ぇぇな。…えーっと…財布と携帯と…なんだこの紙…遺書?遺書ってお前…

譲(M):最悪だ…最悪すぎる…

緒方:なんだお前…死にに来たのか、この屋上から飛んで

譲(M):ああくそ…なんでこんなことに…なんなんだよこのおっさん!

緒方:お前まだ16だろ?もったいねぇこと考えるんだな

譲:もったいない…?

緒方:ああ、すんげぇもったいねぇな

譲:…どこが?学校に行ったってあいつらにイジメられるし、クラスの連中だって見て見ぬふりだしっ

緒方:じゃあ行かなきゃいいだろ、学校なんて

譲:え

緒方:行かなくても死ぬわけじゃねぇのに、死ぬほど嫌な思いする場所になんで行く必要があるんだ?

譲:だって行かなきゃ…父さんも母さんも心配するし

緒方:死んだ方が父ちゃん母ちゃん悲しむんじゃねぇか?

譲:じゃあ…どうしろってんだよ…

緒方:知らねーよ

譲:はぁ!?

緒方:なんでお前の人生に俺が責任持たなきゃなんねぇんだよ

譲:だ…だったらほっといてよ!僕が今日ここで死んだって…おじさんにはなんの関係もないでしょ!?

緒方:おいこらクソガキ

譲(M):しまった…怒らせたっ

緒方:誰がおじさんだっ!俺はまだ32のお兄さんだ!そこちゃんとわきまえろや

譲:え…そこ?

緒方:あと、こっから飛ぶのはやめろ。ここは俺専用の喫煙所なんだから

譲:は?

緒方:今時ビルの屋上登れるとこ少ねぇのよ?どいつもこいつも禁煙禁煙うるせーし。ここは俺のオアシスなんだよ。てめえのクソ勝手な理由で立入禁止にしたらぶっ殺すぞ

譲:僕…死にに来たんだけど

緒方:大体お前甘いのよ、ここ5階だぜ?死にぞこなって麻痺でも残ってみろ。毎日毎日母ちゃんが何とも言えん顔でお前の世話する未来、最悪じゃね?…飛ぶなら10階は確保しとけよ

譲:お…兄さんは…僕の自殺を止めたいの?後押ししたいの?

緒方:どーでもいいよ。俺には関係ねぇからな

譲:…そんなこと言う大人、今までいなかった

緒方:…誰かに相談したのか

譲:……ネットで

緒方:ネットかよ。そりゃまたロクでもない回答のオンパレードだっただろうな。…親からもらった命を無駄にするな、周りに迷惑だから死ぬな、死ぬなら今持ってる財産寄こせ…あと、死ぬ前に一発ヤらせろ…とか?

譲:…すごい。大人ってみんな考えること同じなの?

緒方:最低な奴らの思考は似るんだよ

譲:…あんたも最低なの?

緒方:善人に見えっか?

譲:……

緒方:黙るなよ。…お前、タバコ吸うか?一本やるよ

譲:…僕未成年なんだけど

緒方:死ぬ前に法律守ってんじゃねーよ

譲:…やだよ

緒方:なんで

譲:けむいもん

緒方:ぷっ…はは!そうか、けむいかっ

譲:なんで笑うんだよ!

緒方:いや…ガキのくせに正しいこと言うじゃねぇか

譲:はぁ?意味わかんないよ!

緒方:…なあ

譲:…なに

緒方:ゲーセン行かねぇか

譲:は?

緒方:取ってほしい景品があんだよ

譲:はぁ?


0:ゲームセンターにて


譲(N):僕は半ば無理やり男にゲームセンターに連れて来られてしまった

譲(M):…僕…何やってるんだろう

緒方:こいつだ。このでっけーくまのぬいぐるみ

譲:くまって…なんでお…兄さんがこんなの欲しがるんだよ

緒方:マイエンジェルがご所望だからな

譲:はぁ?

緒方:こいつ、おもちゃ売り場に売ってねぇんだよ。アミューズ専用とかケチくせぇよな

譲:…これ取ればいいの?

緒方:簡単に言うんじゃねぇ。…取れんのか?俺はもう5000円は掛けたぞ

譲:嘘でしょ…

緒方:なんだよそのあきれ顔…この手のゲームは取れたためしがねぇんだよ

譲:はぁ…

緒方:……っておい

譲:なに

緒方:なんでお前が財布出してんだ

譲:え?

緒方:俺が取ってほしいもんだぞ?お前の金で取っちまったらお前のもんになっちまうだろうが

譲:別に…取ったら渡すけど

緒方:そういうことじゃねぇよ。搾取されることに慣れるんじゃねぇ。…4、5、6…ほら、とりあえず小銭全部やる。取れなかったら崩してくるから、お前はぜってえ財布出すんじゃねぇぞ

譲:…お兄さん、変なところで律儀だね

緒方:これが当たり前だ、馬鹿。さっさと始めろ

譲:なんなんだよ…。あー…ここのアーム弱いんだよなぁ…後ろ蹴飛ばすのは無理かな…

緒方:…お前、クレーンゲーム得意なのか

譲:…ここ…たまに来るから。他の奴らに比べたら全然弱いけど

緒方:なんで比べる必要がある

譲:え…

緒方:お前が得意なもんになんで他の奴が絡む。お前はランキング戦でも戦ってんのか

譲:いや…その……あ

緒方:あー!惜しい!お前今くまの腕の隙間狙ったんか?すげーな!

譲:…すごくないし…取れなかったし

緒方:あ?一発で取られたらむしろ凹むぞ?ほめ言葉に過度な謙遜(けんそん)すんじゃねぇ、ほめたほうが気分悪くなるだろうが

譲:…ごめん

緒方:ほれ、次だ次。取れるまでやんぞ

譲:ええ…


0:5分後。


緒方:うおー!マジで取りやがった!お前天才だなっ

譲:お…大げさ…だから

緒方:だから謙遜はよせっての

譲:そういうことじゃなくて

緒方:おっしゃ、んじゃ行くぞ

譲:え……これ取ったら終わりじゃないの

緒方:あ?誰がそんなこと言ったよ

譲:…どんだけぬいぐるみが欲しいんだよ。僕だって取れないのあるからな

緒方:あ?もうぬいぐるみは要らねぇよ。場所変えんぞ

譲:え…今度はどこ連れてく気だよ

緒方:お前に天使を会わせてやるよ

譲:…はぁ?


0:30分後。


譲(N):僕が連れて来られたのは市内で一番大きな総合病院だった

譲(M):なんでこんなところに

緒方:ほれ行くぞ

譲:あ…うん

娘:あ、お父さん!

譲:え

緒方:沙樹!体調どうだ?

娘:いつも通りだよー

緒方:そっかそっか~ごめんな、毎日来てやれなくて

娘:いーの!お父さんだって仕事大変でしょう?

緒方:あーもう可愛いっ!いい子っ!少しぐらいわがまま言ったっていいんだぞ~!?

娘:ちょ、くっつかないでよ!もうっ!……あれ、その人

緒方:ん?ああ…何ぼさっとしてんだ、入ってこい

譲:あ、ああ…

娘:お父さんの知り合い?

緒方:おう。友達だ

譲:え

娘:友達?…お父さんの?

譲:いや…僕は

緒方:おう、マブダチだ

譲:マブダチ!?

娘:お父さん、友達いたの?そんな怖そうな顔なのに?

緒方:ほっとけ

娘:…お兄ちゃん、名前は?

譲:え

緒方:そういや聞いてなかったな。お前なんつーんだ?

娘:ちょ、お父さん!?友達なのに名前も知らないの!?

緒方:名前なんて知らなくても友達にはなれるんだぞー?…な―?

譲(M):ええ…なんて言えばいいんだこれ

緒方:まあでも、呼ぶときめんどいから名乗れや

譲:お…奥田譲(おくだゆずる)です

娘:私は緒方沙樹(おがたさき)!今年9歳だよ!お兄ちゃんは?何歳?

譲:16…です

娘:16歳!お父さんのちょうど2倍だね!お父さん、こんなに歳の離れたお友達がいたんだね!

緒方:友達に年齢は関係ねぇからな

譲(M):誰が友達だよ…

緒方:そうだ沙樹!今日はお前にプレゼントがあるんだよ!……ほら、これ

娘:わ!ベアたんじゃん!もしかしてクレーンゲームで取ってきたの?これゲームセンターにしか置いてないぬいぐるみだよね?

緒方:おう!お前欲しがってたからな!

娘:…お父さんが取ったの?

緒方:おう!結構苦労したんだぜー?

娘:…ふーん?

緒方:あ、悪い電話だ。ちょっと外すな。…もしもし

譲(N):そう言うと、男は携帯片手に病室を出て行った

譲(M):二人きりで残すなよ…何話したらいいんだ

娘:ねぇ

譲:…何?

娘:これ、取ったのお兄ちゃんでしょ

譲:え

娘:お父さん、クレーンゲーム壊滅的に下手だもん

譲(M):…バレてるじゃん

譲:…そのクマはあの人がお金を出してあの人が手に入れたものだよ

娘:ってことは、操作して取ったのはお兄ちゃんなんだ?

譲(M):この子…鋭い

譲:…それでもあの人が君に用意したものだよ

娘:……ふーん?ふふ。…お父さんバッカみたい

譲:え

娘:あたしがこれ欲しかったの、半年以上前だよ?…クラスで流行ってたんだ、ベアたん。…まさか今になって持って来るなんて

譲:…もう要らないの?

娘:んーん?要る~欲しかったもん…まだ残ってたんだね、この景品

譲:…あのゲームセンター…景品あんまり入れ替えないから

娘:そっか。…みっちゃん達、まだベアたん好きかなぁ

譲:みっちゃん?

娘:私の学校の友達!あー…今クラスで何流行ってるんだろう…?

譲:そのみっちゃんに聞いてみれば?

娘:んー…でも最近はあんまり…お見舞い来てくれないから

譲:…そっか

娘:………ねえお兄ちゃん

譲:なに?

娘:算数、教えてくれない?

譲:え?算数?

娘:そう!…私もう半年くらい入院してて…学校のドリル全然やれてないの!お兄ちゃん、勉強教えてよ

譲:……あの人に頼んだら?

娘:お父さん?ダメダメっ!お父さんは壊滅的に計算できないもん

譲:ぷっ…そうなんだ

娘:うん!…だからお願い!教えて!

譲:…いいよ

娘:わっ…ありがとうっ!


0:電話を終えた緒方が戻ってきた。


緒方:悪い、長引いた

娘:いいよ~お兄ちゃんに勉強教えてもらうことになったから

緒方:…どういう展開だ?……でも悪いな、さっきの電話で呼び出し食らった

娘:ええ…?じゃあお兄ちゃんだけ置いてってよ、お父さん帰っていいから

緒方:な!それはだめだ!

娘:なんでよー

緒方:若い男女を二人っきりにできるかっ

譲:若い男女って…

緒方:また明日もこいつ連れてくるから、な?

譲:え

娘:ほんと?絶対?…約束だよ?

緒方:ああ!

譲(M):えええ…


0:病室を出た二人。


譲:おい、勝手に決めるなよ

緒方:なにがだ?

譲:明日!明日もここ来るって…今日は日曜日だからいいけど…学校はどうすんだよ!

緒方:んなもん、沙樹が優先だろ。休んじまえよ

譲:なっ…大人が不登校そそのかすなよ

緒方:行っても辛い事しかないとこになんで行かなきゃなんねぇんだよ。行きたくねえとこに行くな、したくねぇことをするな。これ、人生を生き抜く為の鉄則な

譲:聞いたことないよ

緒方:どうしても行きてえって言うなら、学校終わる頃に迎えに行ってやるよ。ついでにそのくだらねえ嫌がらせしてくる奴ら睨みつけてやるさ

譲:あんた…仕事はどうするんだよ。明日月曜だぞ

緒方:俺は明日休みだ

譲:月曜休みって…何の仕事してるの。まさか接客業?

緒方:ほーお?俺が愛想ふりまいて「いらっしゃいませー」って言う絵面(えづら)、見えるのか

譲:……全く見えない

緒方:だろうな、俺も無理だ。…とりあえずお前の携帯貸せ

譲:え

緒方:俺の番号登録してやるから

譲:…なんで

緒方:そら、明日迎えに行くのに便利だからだろ

譲:僕、知らない人の番号入れたくないんだけど

緒方:緒方正樹(おがたまさき)。…もう知らねぇ人間じゃねぇな?あと学校の住所も教えとけ

譲:あんた…勝手だろ

緒方:一日付き合って身をもって理解したろ?…んじゃ明日、授業終わり速攻行くからな


0:次の日。


譲(N):次の日はいつもと少し様子が違った。休み時間や隙間時間、何かと絡んでくる奴らが誰一人やって来なくて、僕は身構えていた分なんだか拍子抜けしながら約束の時間を迎えた

緒方:よ、昨日ぶり!

譲:ほんとに来たんだ…っていうか車、校舎の入口に横付けしないでよ

緒方:なんで

譲:目立つじゃん

緒方:気にしすぎだろ。保護者が迎えに来たって思われるだけだって

譲:あんたみたいな顔の怖い保護者がいるって思われたくないんだけど

緒方:いいからさっさと乗れ。余計目立つぞ

譲:…はぁ……

緒方:シートベルトは閉めろよ?

譲:わかってるよ

緒方:……今日、学校どうだった

譲:…別に…どうもないよ

緒方:…なんにもなかったか

譲:…あー…いい意味でなんにもなかった

緒方:…ほー?

譲:金せびられることもなかったり、プロレス技もかけられなかった。…平和だったよ

緒方:…そーかい

譲:静かすぎて…身構えてた。いつあいつらが襲い掛かってくるんじゃないかって。…でもなんであいつら大人しかったんだろ

緒方:さー?学生の本分は勉強だって思い出したんじゃねぇか?

譲:あいつらが?…ないよ。それだけはない。…多分、気まぐれだよ。それか、無視が一番効くかもって新しいイジメ探してるんだよ

緒方:…ふーん?

譲:でも、無視が一番いい。…なるべく関わりたくないんだ。あいつらがこの遊びに飽きないうちは…死ななくてもいいかも

緒方:あっそ


0:病院にて。


緒方:沙樹

娘:お父さん!お兄ちゃんも!来てくれたんだ!

緒方:ったりめーだろ、約束したんだから

娘:待ってたよ!お兄ちゃん、さっそく質問していーい?この分数とこの分数、どっちがおっきい?

譲:あーそれはね…

譲(N):そこには、ただただ穏やかな時間だけがあった。沙樹ちゃんは飲み込みが早くて、一度教えたらどんどん吸収していく女の子だった

娘:…そっか!お兄ちゃんの説明すっごくわかりやすい!先生になったら?

譲:あ、いや…

娘:お兄ちゃんは将来何になりたいの?

譲:将来…

娘:私はね~可愛いお嫁さん!

譲:…沙樹ちゃんならなれるよ

娘:えへへ~

緒方:…おい、そこら辺にしとけ。ぶっ続けでやってんぞ

娘:あ、もうこんな時間!

緒方:そろそろ沙樹も飯の時間だろ。俺もこいつ送ってかなきゃならねぇし

娘:そっか…お兄ちゃん、遅くまでありがとね

譲:うん

娘:また来てくれる?

譲:……うん。また来るよ

娘:ほんと?約束だよ?

譲:…うん、約束


0:病室を出た二人。


緒方:ありがとな、なげーこと勉強見てもらって

譲:楽しかったからいいよ

緒方:にしてもお前、今日は自発的に約束してたな

譲:…そうだね

緒方:約束したんだ。…破るんじゃねぇぞ

譲:…破らないよ

緒方:ならいい

譲:……ねぇ

緒方:なんだ

譲:沙樹ちゃんって、なんで入院してるの

緒方:病気だから

譲:なんの

緒方:…心臓

譲:………重いの?

緒方:……だいぶ

譲:……どのくらい

緒方:……半年経っても退院のめどが立たないくらい

譲:……死ぬの?

緒方:……次同じ質問したら殺すぞ

譲:心臓…移植が必要なら、僕のあげるよ

緒方:抜かせ

譲:冗談じゃないよ。…本気だよ

緒方:………どうやって

譲:え

緒方:…健康体のお前から心臓抜き取って沙樹に移植してくれる医者がどこにいんだ。日本飛び出しても…ねえだろ。あったとして、そんな奴に頼むツテも金もねぇ

譲:…例えば、沙樹ちゃんの目の前でナイフ刺して瀕死状態とかになったら

緒方:お前、綺麗に臓器だけ傷つけず、出血多量も移植手術までは持ちこたえた後に死ぬ方法知ってんの?

譲:それは…

緒方:出来たとして、そんな状態で即移植に踏み切れる医者がいると思うか?あと…沙樹の前で死んでみろ。トラウマなんぞ植え付けたら死んだって許さねぇぞ

譲:じゃあ…ひっそりと死んだら…

緒方:つーかお前、根本的に無理があんだよ

譲:え

緒方:16のお前の心臓じゃ、9歳の沙樹には絶対適合しない

譲:あ…

緒方:あと…言っただろ。約束したからには守れって。沙樹がお前に望んでるのはお前の心臓じゃなくてお前の授業だ。お前しか与えられねぇもんがあんのにそれを放棄すんな

譲:でも…僕は死にたいのに…生きたい子が生きられないなんて

緒方:…お前あれか?バイキングで腹いっぱい食った後に「でも食糧不足の子はこんなに食べられないんだよな…」とか落ち込むタイプの人間か

譲:え

緒方:…誰が沙樹の代わりに死んでくれっつったよ。お前が世界のどこで野垂れ死のうとも、沙樹には関係ねぇ。逆もしかりだ。お前の命を勝手に沙樹と繋げんな。……あとな

譲:え?…(強烈なデコピンを食らう)…いでっ!?…いきなり何すんだよ!

緒方:デコピンで許すのはこれが最後だ。…ホントにマジで次はねぇから。…生きられないなんて言うな。お前が沙樹の命の長さを測るんじゃねぇ

譲:…ごめん

緒方:……お前、明日も来いよ病院

譲:……明日はあんた流石に仕事だろ

緒方:だから、一人で電車で来い。もう道わかんだろ

譲:……若い男女を二人きりにしてもいいのかよ

緒方:お前ならいい

譲:なんで

緒方:お前だから

譲:意味わかんない

緒方:…来いよ

譲:……分かったよ

譲(N):翌日も、そのまた翌日も、僕は病院へと通った

譲(N):いじめて来てたやつらはまだ無視という新しい遊びにハマってくれているのか、授業後に逃げるように教室を飛び出す僕に近づいてくる奴はいなかった

譲(N):沙樹ちゃんは社会や理科も聞いてくるようになって、既に忘れてしまった知識をからかわれながら、僕の家庭教師時間は続いていった。律儀な緒方さんは一週間後に「家庭教師代だ」と5千円を押し付けてきた

譲:…要らないよ

緒方:お前、ボランティア精神がすぎんだろ

譲:…そんなんじゃない。僕が好きで来てるだけだから

緒方:…なら、電車賃だけ受け取れ。これは譲らねぇぞ

譲:…じゃあ、それだけ。……あんたほんとに律儀だね

緒方:だからこれが普通なんだっつの。お前はもっと自分の存在に価値を見出せ

譲:…価値。…価値なんて、あるのかな

緒方:なきゃ、沙樹は笑ってねぇぞ。…いつの間に手懐けやがった。俺が来る時よりいい笑顔浮かべんじゃねーか。殴るぞこら

娘:あー!!ちょっとお父さん!お兄ちゃんに意地悪したら許さないからね!

緒方:やっぱ一発殴らせろや

娘:お父さん!?

譲(N):この親子といる時間が、いつの間にか救いになっていた

譲:緒方さん

緒方:なんだ

譲:僕の心臓はきっと、沙樹ちゃんには使えないね

緒方:またその話かよ

譲:うん

緒方:ああ。…お前がどこでくたばろうが、あいつの命にはまるで関係ねぇ

譲:……でも、僕が生きてることで救える未来は…ない?

緒方:あ?

譲:……最近、あいつらからの嫌がらせが止んだんだ。最初は新しいイジメの類かなって身構えてたけど…今日、あいつらの中で一番気の弱い奴が…コソコソ会いに来た。「悪かった」って頭下げられて…僕パニクったよ

緒方:よかったじゃねぇか

譲:いじめが突然止んだんだよ?…絶対おかしいと思って、この間のリュック漁ってみた。…あの時書いた遺書が消えてたんだ。…あんただよな、持ってったの。あいつらに何したんだ

緒方:別に何も?………俺はただ、ちょーっとノートを拝借して、あいつらの親に会いに行ってやっただけだ

緒方:俺があの日止めてやったおかげで、お前らの愚息は遺書なんか残され自殺され、一生殺人鬼だって呼ばれる未来を回避できたんだから感謝しろよ…ってな

譲:それを脅しって言うんだよ

緒方:命は最大の切り札だぜ?殴ってやる、ぶっ殺してやる…いくら予告したって、実際手を出したって、攻撃されるって知ってたら対処は簡単なんだよ

緒方:でも自殺は違う。どんな対処も効かないし、死人に口なし。遺書がでたらめかどうかは見て見ぬふりしてたクラスメイトが知ってるし、他人がどこでどう死ぬかなんて…防ぎようがねぇからな

譲:「死んでやる」…なんて、ただの脅しだろって、笑われるだけだろ

緒方:当人相手ならそうかもな。…でも親は別だ。そもそも親は子供が可愛いんだよ。そんな子供がいつの間にかモンスターに育っちまってたって驚愕と怒りを、そのモンスターにどうしてぶつけずにいられる

緒方:親にとっては脅しだろうが何だろうが、我が子がそんなに他人を追い詰めてるって事実だけで大問題だ。…あいつらはお前に「チクった」なんてなじってる余裕すらなくなったんだよ

譲:僕は…あの日死ぬはずだった

緒方:かもな

譲:あんたが僕の命を救った

緒方:そんな大層なことしてねぇよ

譲:あんたに恩を返したい。…あんたは僕が生きようが死のうが、沙樹ちゃんの命には関係ないって言った

緒方:…事実、その通りだろ

譲:だから…僕が……生きることで…沙樹ちゃんを救いたい

緒方:あ…?

譲:2年の文理選択、理系にした。医学部目指すことにした

緒方:お、前…

譲:製薬会社でも研究者でも、医者でも何でもいい。…沙樹ちゃんの心臓を治す。…その為に生きることにした

緒方:…簡単に言うんじゃねぇよ…そんな、夢物語

譲:僕が死んで心臓移植されるっていうフィクションと、どっちが実現性高い?

緒方:…お前、本気か

譲:やりたいこと、見つかったんだ

緒方:…沙樹の心臓病に特効薬はねぇんだぞ。移植できる心臓なんか回ってきやしねぇ。…いつ発作が起こるともわからねぇ

譲:医学の進歩はすごいよ。…夢物語だけど、僕はその夢を見ることにした。沙樹ちゃんは死なない。…僕が死なせない

緒方:…お前…ふざけんなよっ……そんな…そんな夢………畜生っ!…そんな夢…っ!縋りたくなるじゃねぇかっ…………!

譲:約束は…しない。出来ない約束はしない。でも……あがいてみるよ

緒方:ああ…ああ……

譲:あの日あのビルであんたに会えてよかった。…もし失敗したら、大きくなった沙樹ちゃんにこの心臓あげるから。…だからどうか、生き延びて

緒方:ふざけんなっ…!お前の心臓なんか要らねぇからっ…さっさと医学進歩させて救えやゴラァッ……………!

譲:うん…うん……っ


0:13年後。


譲:…随分、待たせたね

娘:譲さん

譲:いよいよ手術、明日だね

娘:うん

譲:データの上では大丈夫だったけど…この人工心臓がちゃんと動くか…100%の保証はできない

娘:譲さんがくれるものならなんでも…毒だってなんだって試しちゃうよ

譲:沙樹ちゃんは昔から…僕を信用しすぎだよ

娘:だって…お父さんの友達だもん

譲:約束はできない。絶対に助かる保証もない。拒否反応で…もしかしたら死ぬかもしれない

娘:…今でもギリギリ保ってるだけだもん…。ドナー待ってたらそれこそ…死んじゃうでしょ

譲:…僕に、命預けてくれる?

娘:うん。だって…その為に医者になってくれたんでしょ

譲:うん

娘:………あ、でも…ひとつだけ約束してくれる?

譲:なに?

娘:無事……退院したら、私をお嫁さんにして

譲:……それは…僕の方から言おうと思ってたんだけどな

娘:ふふっ…じゃあ私、無敵だね!…先生、よろしくお願いします

譲:はい。…よろしくお願いします


0:2年後。


緒方:おい

譲:はい

緒方:一発殴らせろ

譲:はい

緒方:…………なんでそこで頷くんだよ

譲:いや…こういうのは父親の特権かと思って

緒方:ったくよ…沙樹の命救ってくれたことは感謝してるけど…かっさらわれるなんて聞いてねぇぞ

譲:ごめん

緒方:あー……まあ、いいわ。あいつが生きてるならなんでもいいわ

譲:緒方さん

緒方:あ?

譲:あんたあの日、なんでビルにいたんだ

緒方:あ?

譲:15年前のあの日…なんであんた、あの屋上にいたの

緒方:だからタバコ吸いに行ったんだって

譲:…あそこのビル、入口は非常階段しかないんだよ

緒方:よく知ってんな

譲:僕調べたもん。…5階まであの急な外階段を…わざわざタバコの為だけに登ったの?

緒方:……お前と一緒だよ

譲:え

緒方:沙樹の入院費が厳しくなってきてな…保険金の上限限界まで引き上げて…あっこから飛んだら、降りねぇかなーって

譲:…自殺は保険金支払いの免責に当たるけど

緒方:知ってるよ。…でも、思うだけは自由だろ

譲:飛ぶなら10階は確保しろって言ったじゃない

緒方:おう。…だからまあ…万が一の下見だよ。………あの頃はマジで…どん底だったからな

譲:…あんたが刑事だって聞いたときはマジでびっくりしたよ。てっきり、正反対の世界の人間だと思ってたから

緒方:おいおい、ヤーさんだと思われてたのかよ

譲:顔つきだけなら一緒でしょ

緒方:そうだな…なんなら、そっちサイドに転職すら考えてたからな

譲:やくざに?

緒方:ああ。ヤクの横流しでもしてやれば、いいポジションにつけそうだろ

譲:沙樹ちゃんが泣くよ

緒方:選択肢の一つだっただけだよ

譲:他にはあったの?選択肢

緒方:……あったな

譲:なに

緒方:……あいつが…俺の心臓適応できるくらい生き延びてくれたら…渡して死ねねえかなって

譲:緒方さんだってフィクションじゃん

緒方:すがりたくもなんだろ

譲:どの選択肢選んでも、沙樹ちゃん泣いてたね

緒方:ああ。……だから、お前信じてとにかく必死に真っ当に働いて金稼いで…あとは一日でも長く…お前があいつを救ってくれるまで沙樹が生きてくれるよう、毎日神社に祈ってた

緒方:最期の最期、人間は神頼みになるんだって思い知ったよ

緒方:お前は俺に救われたとかなんとか言ってたがな……俺を…俺らを救ったのは…まぎれもなくお前だ。……だからって沙樹を持ってかれるとは思ってなかったけどな。やっぱ一発殴らせろ

譲:いいけど…青タン作らないでね?今から式なんだから。沙樹ちゃんに怒られるよ?…あと、刑事のくせに未成年にタバコ勧めてきたのは、今思い返してもどうかと思うよ

緒方:お前…式終わったら、いろいろまとめてぜってー殴るから覚悟しとけ

譲:…うん、しかと受け止めるよ、お義父さん

緒方:うるせーよバカ

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死んでもいいと言った人 3人用台本 ちぃねぇ @chiinee0207

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