エピローグ 胡蝶の夢

 


 みーんみーんみーん。


 耳障りな蝉の音。むわっとした空気。天高く広がる青空。


 最初に俺の五感が捉えたのは、そんな夏真っ盛りの感覚だった。


 え、と何をしていたんだっけ? 

 ああ、そうだ。今日は夏休み終盤。暇を満喫していた俺は、妹にゴミ捨てを頼まれたんだった。それで……あれ、誰かと会ったような? 誰だっけ?


 既視感に襲われてきょろきょろとあたりを見回してみるも、そこには人っ子一人の影もない。


 ……あかん、俺もこの暑さでおかしくなっているらしい。

 やっぱこういう時は家に籠ってゲーム三昧に限るよなあ。


 快適な室内へ戻るべく、ゴミ捨て場へと急ぐ。

 その間も妙な感覚は抜けなかった。まるで大事な何かを忘れてしまったかのような、向こう・・・での経験がすっぽりと抜け落ちてしまったかのような喪失感。


 おいおい、もう中二病は卒業したんだってばよ。


 まばらにゴミ袋が並ぶ、早朝のゴミ捨て場。

 俺もそこを入れようとしてーー視界が珍しいものを捉える。


「黒猫の、ぬいぐるみ?」

 

 随分と使い古された様子のそれがぽつんとそこに立っていた。

 

 どこの誰かは知らないけど、随分と酷いことをするもんだ。

 それにゴミ袋にも入れてないし……。


 脳裏によぎるのはそんな思考。

 されどすぐに別の何かが洪水のように押し寄せてくる。




『ーーようやく見つけたよ。

 今から君には僕と契約して魔法少女になってもらう。

 ……ああ、そうそう。時間がないんだ、君に拒否権はないっ』




『あれ、伊奈川蓮花ちゃんだよね?

 大丈夫? 顔色悪いよ?』




『そ、それじゃあおとなになったらまたここにあつまろうね。

 ぜったい、ぜったいだよ? もしわすれてたら、みんなのパートナーがたたきおこしにいっちゃうんだからっ』




『ひよりのお気に入りだった僕らはそんな彼女をずっと見てきたんだ。

 そして『大人になったら』その契約履行の日がやってきた時に、君の元に現れて君を魔法少女にしたんだよ。

 あそこで苦しみ続けている彼女を止めてもらうために、救ってもらうために。

 ……なぜか今までずっと忘れていたけれど、彼女の魔力を浴びたことでようやく思い出せたよ』




『ううん、このしゅんかんだけでじゅうぶんわたしはしあわせだよ。

 れんかにほたる、かざねにりりちゃん?もわたしをたすけようとしてくれてありがとう。

 もどったら、あっち・・・のわたしをみつけてあげて。

 きっとおとうさんとおかあさんがいなくなってさびしがってるはずだから』

 


 

 ああ、そうだ。俺は向こうで魔法少女になって、そして悲しい運命にあったひよりと約束を交わしたのだ。

 くそ、まさか今の今まで思い出せないとはっ。クロの最初の状態と似てるし、まさかそれが世界を移動する代償とか?


 それでええと、目の前のぬいぐるみはそれを知らせるために向こうからこっちに来たクロ? いやでもあの時魔法の効果は切れたって言ったしなあ。

 だとすると……そうか。こいつはここ、α世界のクロだ。

 クロ(β)の話が本当ならひよりは魔女になる前から魔法が使えたはずだ。β世界と同じように、不思議パワーでここまで迎えに来てもおかしくはない、と思う。


「なあ、クロなんだろ?

 答えてくれ、今ひよりはどこにいるんだ?」


「……」


 クロ(暫定)を持ち上げて問いつめてみるも、返事はなし。


 あっちみたいには実体化できないのか? それともそもそもが俺の勘違い?

 頭の中に沸き上がる様々な疑問。それを頭を振って追い払って、走り出す。


「今はあそこにいかねえと、だな」


 約10年前、ひよりたちと出会ったその場所。

 そこの名前はクロたちから聞かされて覚えていた。何か思い出せないか、と三人で一度見に行ったこともあるから、道順も大丈夫だ。


 クロによると今日が「また会おう」と再会を約束した日、なんだよな。

 それなら蛍や風音の元にもパートナーが訪れ、俺と同じようにすべてを思い出しているかもしれない。同じ魔法少女たるひよりの元にも、だ(彼女のパートナーは白いネズミらしい)。


「お、おにぃ・・・、そんな血相変えて、どうしたの?

 殺人事件でも目撃した?」


 勢いよく家に飛び込むと、歯ブラシを咥えた妹が呑気に聞いてきた。


 おにぃ、ね。それを聞いて一瞬違和感を覚えたあたり、俺も向こうの世界に随分と染まってたみたいだな。

 ひよりが魔女にならなかったここα世界と、俺が女として生まれ、ひよりが魔女になった向こうのβ世界。

 このα世界なら、本当にひよりは普通の人として生きてるんだよな?

 一応、確認してみるか。


「なあ、春花。

 俺は昔から男だったし、ダンジョンなんて日本に存在しないよな?」


「?? ゲームの話? 

 おにぃは昔からおにぃだし、ダンジョンはおにぃの妄想の中にしか存在しないと思うよ?」


「だよな。それじゃあ、ちょっくら出かけてくるわ。

 戸締りは頼んだ」


「うえ、おにぃがお出かけ?

 な、何の用事? 事と次第によっては警察を呼ぶのもやぶさかじゃないよ?」


「おお、懐かしいなあこの感じ。

 友達との約束を果たしに行くんだよ、ずっと忘れていた大事な約束を、な」









 子天ノ内市から電車やタクシーを乗り継ぎ、約二時間。

 緑に囲まれた自然豊かな県にそのキャンプ場はあった。

 

 行楽シーズンなこともあって多くの観光客で賑わう駐車場を抜け、受付の前へ。

 多分ここで待っていたら、他の人が来たら分かるだろう。


 そうだ、ついでに持ってきたクロを前に抱えて、と。


「ママ―、みてっ。

 おにいさんが大きなぬいぐるみもってるよ~」


「こ、こらっ。やめなさい。ああいうのは触れちゃいけないのよ」


 周囲からひしひしと感じる、好奇の視線。

 

 そりゃあ高校生くらいの男がボロボロのぬいぐるみを持ってたら、変に勘繰られてもおかしくはないよなあ。

 まあそっちの方が都合がいいし、別に構わないさ。気味悪がって、どんどん拡散してくれや、諸君?


「……れんか?」


 遠慮がちな声に振り向けば、そこにいたのはラフな格好をした風音と蛍。


「おお、二人とも来てんだな。

 そうだぜ、この俺が元伊奈川蓮花の伊奈川蓮也だ」


 とはいえさっきまで一緒にいたから、特別大きな感傷もない。胸の内にあるのはやっぱりきたなあ、という仄かな安堵感でーーいや嘘です。本当はめっちゃ安心してます。

 二人が来てくれて、マジで良かったぜ。

 もし今までのが全部俺の勘違いなら、人のゴミを勝手に持ち出して謎の場所で掲げるやべー奴だったからな。……いやこわっ。


「本当に、男の人だったんですね。

 しかも結構かっこ……こほん、何でもありません」


「? 信じてなかったんかい。

 普通に俺とか言ってるし、口調もそう変わらんだろ?」


「……仕草とかは完全に女の子だった」


「うえ、まじで?

 意図せずともメス堕ちする寸前だったってことか。ふぅ。危なかったぜ」


 わりと本気で安堵する俺に、くすくすと笑いあい二人。

 この感じからして、俺らは同じ記憶を共有しているとみて間違いないだろう。その証拠に彼らのリュックからはぬいぐるみの一部が顔を覗かせていた。


「ともかく、あとはひよりだけだな。

 誰か連絡先とか知っている人はいるか?」


「いえ。ただ一応アルバムとかは持ってきました。

 当時の情報が残っているかもしれませんから」


「右に同じ」


「あ、それは俺もだな。それじゃああっちの方で確認してみるか」


 








「来ない、な」


 時刻は昼の11時。二人と合流して約二時間が経とうとしていた。

 さりとて彼女が来る気配は無く、昔のアルバムや手紙を見返しても成果はなし。

 試しに「鹿村ひより」と検索したり、お互いの家族や当時主催した団体に聞いたりしてみても何も進展せず。

 

 そんな、まさに手の打ちようがない状況に蛍が不安そうに眉を寄せた。


「ひよりさんの元にはパートナーは行ってないんですかね?

 それとも、もう……」


「まあ、最悪な想像は後にするとして、だ。

 問題はもし行ってたとしてもどこまで記憶が戻るか分かんないことなんだよなあ。

 もし向こうの世界のことを思い出せたのが俺たちだけなら、多分ここには来ないんだよ。 

 実際、俺たちも四人で過ごした記憶なんておぼろげにしか覚えてないだろ?

 クロたちの言葉がなければ、完全に忘れてたくらいだし」


「……むぅ確かに」


 そもそもが魔法という不思議現象が頼みの綱なのだ。

 何の伝手もコネもない俺たちに、本名しか知らない少女を探す方法なんてそうあるはずもなくてーー

 

「そうだ、T〇itterで宣伝するのはどうだ?

 昔の約束を果たそうとしますって」


「あり。みんな感動エピソード大好きだから、拡散されるかも」


「……ですね、一応やってみましょうか」


 暫く話し合った結果、三人それぞれの個人アカウントでクロたちの写真と共にツイートすることになった。


 自分の中で一番フォロワーが多いアカウントを使って、アカウント名と文面はそうだなあ。こんな感じか。


 Dtuber蛍日蓮花

  魔法少女ひよりへ

  約束の場所にて待つ

  [キャンプ場の看板が背景のクロの写真]


 わずかに恥ずかしいそれを、全世界へ向けて発信。


 一秒、二秒、三十秒、一分。

 いくら経とうといいねとリツイートが増えることはない。

 そりゃそうだ。俺のこれは閲覧を目的とした、ただの趣味用アカウント。フォロワーも数百人しかいない。

 そんな奴が突然名前を変えて意味不明なことを言い出しても、気色悪いと思われのがオチだ。


 二人を見ても、どちらも芳しくなさそうだった。

 こりゃあだめかなあ、とスマホから視線を外す。


 ーー全く、僕がいないとれんかは駄目なんだから。


 そんな時、懐かしい言葉が響いた。

 その声の主を認識する前に、けたたましくスマホが鳴り始める。



 通知

 マ=ツーさんがあなたのツイートをリツイートしました

 

 マ=ツー

 なんか面白そうなことやってるやん

   Dtuber蛍日蓮花

    魔法少女ひよりへ

    約束の場所にて待つ

    [キャンプ場の看板が背景のクロの写真]



 暗示総統さんがあなたのツイートをリツイートしました

 

 暗示総統

 何となく

   Dtuber蛍日蓮花

    魔法少女ひよりへ

    約束の場所にて待つ

    [キャンプ場の看板が背景のクロの写真]



 レコ―ディアさんがあなたのツイートをリツイートしました


 レコ―ディア

 私の情報によるとこれはマジの奴ですね

   Dtuber蛍日蓮花

    魔法少女ひよりへ

    約束の場所にて待つ

    [キャンプ場の看板が背景のクロの写真]

 

 ……



 視界に踊る、見覚えのある名前の群れ。

 同時にリツイートといいねが凄まじい足で増え始める。


「な、なんですか、これっ」


「おお。これが初めてのバズり」

 

 これと同じことが起きたのか、困惑と歓喜を声を上げる二人。

 

 一体これはどういうことだ?

 みんなあっちでの記憶を思い出したのか? うーん、でもみんな具体的な内容は書いてないし……ま、いいか。

 元々がダンジョンとか魔法少女なんてファンタジーなオンパレードなんだ。そこに原理を求めるのは野暮ってもんか。


 増え続ける通知の中、一通のDMが届く。

 それは彼女からは全然連想できない名前のアカウントから送られたものだったけれど、何となくそれを開く。



 もしかして、蓮也たち?

 [白いネズミのぬいぐるみ]



「これっ」


「あっ」「……っ」


 そこに添付された写真を見せれば、二人とも大きくゴクリをつばを飲み込んでーー


「「「見つけた」」」


 ーー三人の声が、かつての約束の場所でこだました。










――――――――――――――――――

 【☆あとがき☆】

 これにて本当におしまいとなります。

 最後までお付きいただき、ありがとうございました!


 水品 奏多

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【完結】元ぼっちのTS魔法少女ちゃん、ダンジョン配信中に本性がバレて何故かバズってしまう 水品 奏多 @mizusina

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