最終話 トロイメライ
「ーー助けに来たよ、蓮花っ」
揺れる視界の中、地上から聞こえるのは莉々の声。
一体なにゆえ!? と思ったのもつかの間、俺の全身を青色の光が包んだ。
体の芯が温まるかのような感覚と共に、体のコントロールとまっとうな思考能力が戻ってくる。
「っ」
ドームの端に立つ、青い衣装を着た莉々の元へ転移する。
「な、何で莉々がここにいるんだ?
ってかその恰好……」
「え、えへへ、何か私も魔法少女になっちゃったみたい~」
??
魔法少女ってそんな感じでポンポンなれるものだっけ? 俺の知らない間に魔法少女バーゲンセールが始まってたりする?
「……久志本さんは本当に魔法少女になったみたいだね。
ただ、それはーー」
「私のことは良いからっ。今は魔女、ひよりちゃんを助けてあげようよ。
私は水の魔法少女。さっきみたいな状態異常攻撃が来ても、私のスキルがあればもう大丈夫のはずだよ~」
近づいてきたクロの言葉を遮って、莉々が青色のステッキを俺の背後に向ける。
ステータスを見れば、状態欄から「衰弱」の文字は消えていた。視界の端では蛍と風音も両足で立っているのも見えるし、これで条件はイーブン。
莉々の言う通り今はひよりの方を優先すべきだ。
「……あーあ、ざんねん。ここまでかあ」
「っ、間に合わなかった、か」
さりとて、振り返った俺が捉えたのは淡い光に包まれるひよりの姿だった。
まるで俺のドッペルゲンガーが消えた時のようなその光景に、クロが悔しそうに言葉を零す。
「もしかしてクロはひよりがこうなることを知っていたのか?」
「……うん、そうだよ。長期間にわたる魔法の連続使用で、彼女の体が限界を迎えつつあることは分かっていたんだ。
だから本当はその前に止めたかったんだけど……」
「そん、なっ。ひよりちゃんはそんな体で蓮花たちと戦ってたの?」
莉々の狼狽した言葉に無言で頷くクロ。
ちょ、ちょっと待って。魔法の連続使用でって言ったよな?
それじゃあ俺たちの行動も彼女の死期を早める一因になっちまったってことか?
「だいじょうぶ。れんかたちはわるくないよ。
わたしはもうじぶんでじぶんをせいぎょできなくなってた。たたかうしか、なかったんだよ」
周りに集まった俺たち四人と三匹の前で、ひよりが儚く笑う。
その表情はどこかほっとしたようで、さっきまでの狂気的な雰囲気はどこにも見えなかった。
クロは言った、ひよりの心は闇に支配されていると。
もしかして今この瞬間はその支配が解けているのだろうか?
「ひより、俺はっ……」
俺の口から、それ以上の言葉が出てこない。
なんて声を掛ければよいかわからなかった。彼女は文字通り、このまま消えるのだ。何年も一人ぼっちで過ごしたまま、その生涯を閉じるのだ。
粛々と心の中を覆っていく失望と後悔。
黙ってしまった俺たちの前で、ひよりは微睡むように言葉を紡ぐ。
「まさかさいごにみんなとおはなしできるとおもってなかったなあ。
クロたちのおかげだね、ありがとう」
「そんなっ。君に作られたのに、僕たちは何もできなかった。
君を止めることも、救うこともっ」
「ううん、このしゅんかんだけでじゅうぶんわたしはしあわせだよ。
れんかにほたる、かざねにりりちゃん?もわたしをたすけようとしてくれてありがとう。
もどったら、
きっとおとうさんとおかあさんがいなくなってさびしがってるはずだから」
「え?」
その意図を理解する間もなく、ひよりの体が幻のように掻き消える。
同時に俺たち四人の体からも白い光が現れ始めた。
「な、なんじゃあ、これ?」
「おお、きれい」
「わ、私たちも死んじゃうんですか!?」
「ええ、そ、そんなの駄目だよっ」
「……もう、時間が来たみたいだね」
わちゃわちゃと騒ぐ俺たちの前で、意味深に頷くクロ。
それからゆっくりと俺たちの前に着地し、集まってきたミドリとキイロの横で告げた。空気を凍らせる、決定的な一言を。
「ひよりが
僕たちの魔法の効力はここまで。君たちの魂はあるべき場所に戻ろとしている。
夢の時間は終わりだよ、れんか」
「……ちょ、ちょっと、まってくれ。
それじゃあこのβ世界はどうなるんだ? それと、こっちに来て一か月以上たってるけど、向こうは今どんな感じになってるんだ?」
「こっちは君たちがいなくなっても普通に続いていくさ。
最も、これからは君の心の中に眠っている「伊奈川蓮花」ちゃんがこっちの君として生きていくことになるけどね。元に戻るってやつだよ。
……ごめん。君たちの世界については分からない。あの瞬間に戻るのか、はたまた今も時間が経っていて失踪したと騒がれているのか。
でもどんな形であろうと君たちはα世界に戻れる。そこは間違いないはずだよ」
「なる、ほどね。
ってことはクロたちやこの魔法少女姿とももうお別れか」
「だね。良かったじゃないか、ずっと男に戻りたかったんだろう?」
「あー、そういやそうだった」
でもこの体にも慣れちまったし、正直そんなのどうでもいいんだよなあ。
今はむしろ目の前の光景が消えてしまう喪失感の方が大きかった。結局、ひよりともほとんど話せなかったしな。
「なあクロ。
俺たちはひよりを救えたと思うか?」
「……さあね。でも僕はそう信じるよ。
最後の言葉に嘘はなかったと思うから」
「そっか」
そうだといいなあ、と虚空に消えた昔馴染みに思いをはせる。
……思えば、ここに来てからいろんな出来事があったものだ。
TSから始まり、莉々と友達になったり、Dtuberになったり、警察官と一緒に行動するようになったり。
苦しい思い出も多いけど、それ以上にここでの日々は活気に満ちていた。あのまま家に引きこもっていたら絶対に出来なかっただろう。
トータルで見たら……うん。そうだな。
「結構楽しかったぜ。クロ」
「それは良かった。それなら僕も呼んだ甲斐があったよ」
約二か月間一緒に過ごした相棒とそう笑いあってーー
「ちょ、ちょっと待って。
よく分かんないけど、今ここにいる蓮花は消えちゃうってことでいいの?」
「あ……」
ーー泣きそうな表情の莉々に呼び止められる。
そうか。風音たち他の魔法少女とは違って、莉々とは本当にお別れなのか。
元に戻れば、この関係値も完全にリセットされる。ダンジョンモールとかでの会話も、ここまで仲良くなった過去も全部なくなってしまう。
あー、きっついなあ。
正直クロなんかより何倍もでかいぞ、これは。
祈るように、こちらをじっと見つめる莉々。
魔法少女姿も限界なのか、彼女の体も淡い光に包まれていた。
なんかの奇跡が起こって莉々もこっちに来たりしない? とクロの方を見ても、ただ力なく首を振るばかり。
駄目かあ……そうだよなあ。
「え、と悪い。そうみたいだな。
まあこっちの俺もそう変わらんと思うし、仲良くしてくれるとーー」
「……ばかっ」
可愛らしい罵倒と共に顔を近づけてくる莉々。
俺の唇に柔らかな感触が広がってーー
――――――――――――――――――
【☆あとがき☆】
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!
これにて本作もあと一話、エピローグを残して閉幕となります。
いかがでしたでしょうか?
後半は完全にシリアス路線に入ってしまったので、読者さんの中には混乱された方もいるかもしれません。
ごめんなさい。これは完全に私の力不足ですね。
本当はもっとわちゃわちゃコメディーを書きたかったんですよ。ただ手癖でこう、ぐいっとやってしまって……(言い訳タイム)。
とまあそれはともかく、ここまで途中で投げ出さず、最初に思い描いたエンディングに辿り着けたのは間違いなく皆さんのおかげです。
本当にありがとうございました。
どうか最後まで楽しんでいただけると嬉しいです。
水品 奏多
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