第八話 もう一度(Side久志本莉々)



 莉々が蓮花たちのピンチに駆けつけたその瞬間から、時は少し遡る。





「ざんねん、これでおわりだよ。

 漆黒なる闇の世界ブラックワールド


 コメント

 ・中二呪文来ちゃーー

 ・†ブラックワールド†

 ・?? 何が変わったん?

 ・は???

 ・おいおい

 ・やばいやばいやばい

 ・起きて、れんかちゃんっ


 画面に映るのは、地面に倒れこむ蓮花たちとそれを心配する視聴者の声。

 何か目に見えない攻撃でも受けたのか、一向に立ち上がろうとしない蓮花たちの傍に魔女が降り立ち、その心を奪わんとする。


 タブレットに映るそんな光景を、久志本莉々はただ眺めていた。

 彼女がいるのは謎の計測機器が並んだ、ドーム目前の部屋。仮設的に作られたそのプレハブ小屋の周りには多くの警察官たちが集まり、慌ただしく言葉を交わしていた。何秒遅延などの各種配信設定は彼らの手に委ねられている。戦況が思わしくない現状、意図的な切断や遅延秒数の増加なんて手法が取られるるかもしれない。


「へえ。いいこときいちゃったなあ。

 ねえ、れんか? ううん、れんやだっけ。わたしのこと、おぼえてる?」


 コメント

 ・どゆこと?

 ・一体何が起こったんだってばよ!?

 ・クロたちが何か大事なことを話してたっぽい?

 ・誰か翻訳班プリーズ!

 ・ズームしても一切動かないお口……

  これでどうやって戦えっていうんだ!


 画面の中で魔女に胸倉を掴まれる蓮花。

 

 蓮花がクロと呼んでいたマジカルビースト(?)たちの声は普通の人には聞こえない。

 でも何かが逆鱗に触れてしまったのか、魔女は苛立たしげに声を荒げ蓮花の体に腕を突っ込んだ。そのままシチューでも作るかのようにぐるぐると動かし始める。

 

 す、すごく痛そう。

 大丈夫かな、危なくなったら合図するって言ってたのにそれもないし……もしかして本当にやばい?

 

 さあっと顔から血の気が引いていく。

 いてもたってもいられずに立ち上がって、そうしてーー再び、座り込む。


 何が出来るわけでもない。親友が自分のために戦っている姿を見ていることしか莉々は許されていないのだ。



『なあ莉々。もし元の想いを取り戻せる方法があるとしたら、本当に戻したいか?

 莉々がなくしたそれは、前の莉々がなくしてしまいと思っていたほど苦しい感情かもしれないぞ?』


『それは……うん。

 きっとその中にも楽しい記憶があったような気がする、から』



 思い起こされるのは蓮花と交わした約束。

 目が覚めた時、莉々が最初に感じたのは喪失感だった。まるで心にぽっかり穴が開いてしまったかのような恐怖に襲われ、つい蓮花に助けを求めてしまった。


 それからだ。蓮花が思い詰めた表情を見せるようになったのは。

 休み時間に話している時も上の空。学校が終わるとすぐにどこかに出かけるようになってしまった。



『あのっ、それなら今日の放課後、勉強会を開くのはどうかな?

 私、蓮花の家とか行ってみたいんだよね~』

 

『うえ、俺の家!?

 その、今日は用事があるから……』



 学校の勉強なんかどうでもいいというかのように用事を優先する蓮花。

 ダンジョン課の人たちから事情は聞いていた。その尽力は莉々のためだけじゃないらしいことも。

 ただ蓮花を縛る重しの一つにはなっているはずだ。その証拠に、目を合わせる度に彼女の方から視線を逸らすのだから。


 正直莉々としては蓮花にそこまで頑張ってほしいわけじゃなかった。

 時間が最初の感情は失われていたし、友達が自分のために焦燥していく様を見るのはつらかった。


 でも一度口にしてしまった以上、やっぱりやめたというのはあまりに不義理だ。蓮花が本気でやっているのがはたから見ても分かったから。

 それにきっと心のどこかでは願っていたんだと思う。失くしてしまった何かをもう一度取り戻したいと。



『きょ、今日は俺の家で勉強会しないか?

 い、いや妹もいるし他に予定があったら別に無理にって話じゃないんだけど……』



 だから蓮花がそう言ってくれた時は本当に嬉しかったのだ。

 他の魔法少女に助けられたと聞いて何故かもやもやしたりしたけれど、そんなのは些細な疼き。

 その後に始まった賑やかな日々を考えればお釣りが来るくらいだ。



『え、と……頑張って。応援してるから』


『おう、任せな。俺がばっちり全部解決してきてやるよ』



 それなのに結局、また同じことをしてしまった。

 心を取り戻したいっていう自分勝手な理由で、戦地へ向かおうとする親友の背中を押してしまった。今みたいに苦しむかもしれないとわかっていながら、だ。

 

 ……ほんと、なにやってるんだろ。

 あの時は頑張らなくていいよ、逃げてもいいよ、とそう言うべきだったんじゃないの?

  


「よけてくださいっ、魔法の小流れ星マジカルリトルシューティングスター


 コメント

 ・?? 一体何が起こったんです?

 ・新衣装きちゃーー!!

 ・覚醒きちゃーー!!

 ・初配信でラスボス登場から覚醒イベントまでこなすってマ?

 ・展開早すぎィ!

 ・令和のカ〇トボーグかな?

 ・……ところで新フォームについてどう思う?

 ・個人的には微妙かなあ 前の方がシンプルで良き

 ・話が進むにつれ衣装がごちゃごちゃしてくるのは魔法少女ものの宿命よなあ

 ・話が進む(初配信)



 画面では何故か覚醒(?)した蓮花たちが魔女に立ち向かうところだった。

 転移石や風の盾を使って、被弾をもろともせずに突っ込んでいく。


「なんで、とまらないのっ。こわくないの?」


 目元に涙を浮かべて叫ぶ魔女。

 奇しくもそれは莉々の心のリンクした言葉だった。

 

 蓮花が笑う。ダンジョンモールで励ましてくれたような、優しい表情で。


「なあ、ひより。人は変わるんだよ。ずっと同じじゃいられない。

 良くも悪くも、みんな傷つきながら前に進んでいく。

 昔のことがあって怖いのかもしれないけどさ、忘れられたらもう一度覚えてもらえばいいじゃねえか。

 勿論その時は俺も手伝うからさ」


 ……。

 忘れたらもう一度覚えてもらえばいい、か。強いなあ、蓮花は。


 彼女の言葉に、思わず嘆息する。

 それは彼女に出来なかったことだ。昔の感情に固執して、そのせいで蓮花を思い詰めてしまった。



「くすくす。わたしはまじょ、わるいまじょ。

 いまさらかわらない、かわれない。わたしがみんなをたすけてあげるんだから」


 光の線に貫かれた魔女が、自身の翼を消費して傷を塞ぐ。

 そうして空中を落下する蓮花にゆっくりと近づいていってーー



「れんかを、たすけたい?」 


「え?」


 不意に可愛らしい声が響く。

 見ればテーブル上の半透明の装置に入ったクマのぬいぐるみが淡く光っていた。


 一体何が、と疑問が漏れたその瞬間、莉々は全て思い出した。

 忘れていた苦悩も、どうして魔女の手を取ってしまったかも。


 ーー同時に理解した。

 自分は今、蓮花を助ける状況にあることを。

 魔女が一度倒れたからなのか、何故できるのかは原理は分からない。

 ただぬいぐるみに収められた心を使えば、一時的に自分も魔法少女になれると脳が告げているのだ。

 

 でもそうすると奇跡を起こした代償で、その心は永遠に失われてしまう。

 今胸の内に宿る蓮花に向けた親愛以上の感情を、再び失ってしまう。



『なあ、ひより。人は変わるんだよ。ずっと同じじゃいられない。

 良くも悪くも、みんな傷つきながら前に進んでいく。

 昔のことがあって怖いのかもしれないけどさ、忘れられたらもう一度覚えてもらえばいいじゃねえか。

 勿論その時は俺も手伝うからさ』



 ……そうだよ。忘れたらまた一から積み上げていけばいい。

 もし今の自分じゃなくなっても、きっとまた同じ感情を抱くと思うから。

 

「ちょ、ちょっと君。一体どこにーー」


「友達を助けに行くんですっ。

 今度は私が、あの時蓮花が私を助けてくれたようにっ」


 ぬいぐるみを装置から外し、制止しに来た警察官さんたちを振り払って部屋の外へ。


 視界に映るのは黒いドームと周りに群がる警察官さんたち。

 やっぱり男の人が多い。それに今全世界に配信されてるんだよね。


 忘れたはずの恐怖に身を焼かれ、足を止めそうになる。

 それでも莉々はーー




「変身っ。

 助けに来たよ、蓮花っ」


 ーー魔女の前に姿を現した。


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