第七話 覚醒

 


「思い、出したよ、れんか。

 僕は君を、こことは別の世界から連れてきたんだ」


 暗澹とする頭にクロの言葉が響く。

 

 どういう、ことだ?

 俺はこの世界の人間じゃ、ないのか?


「最初から説明しようか。

 約二か月前、約束を使って会いに行った僕らが見たのは、ひよりに心を奪われて抜け殻のようになった君たちの姿だった。君たちが恋しくなったひよりは既に君たちの心を奪い、手元に置いていたんだ。それが秘匿07ダンジョンで会ったドッペルゲンガーたち。最も、ダンジョン化させないようにするにはかなりの力が必要だったみたいだね。それらの末路は知ってのとおりだ。

 ともかく、魔法の力は思いの力。そんな状態では到底魔法少女になれるはずもなかった。

 だから僕たちは世界を渡ったんだ。魂に傷がついていない、魔法少女になりうる君を探すために。

 そして君を見つけた。今目の前にいる、伊奈川蓮也の魂を」




『ーーようやく見つけたよ』


『今から君には僕と契約して魔法少女になってもらう。

 ……ああ、そうそう。時間がないんだ、君に拒否権はないっ』



 思い出されるのは最初にクロと会った時の意味深なセリフ。

 

 なるほど?

 世界を渡ったとか言われてもいまいちピンとこないけれど、確かにそれっぽいことは言ってるか。


「分かりやすいように、君がいた世界をα世界、ここをβ世界と呼ぼうか。

 僕はα世界の君、「伊奈川蓮也」の魂を奪いβ世界の「伊奈川蓮花」の体に押し込んだのさ。

 君の話を聞く限り、恐らくα世界はひよりが魔女にならなかった世界だろうね。当然魔女もいなければダンジョンも存在しない。

 そしてここ、β世界はひよりが両親の蘇生を願ったことで生まれた世界。ひよりの存在が消され、何の因果か君が女として生きてきた世界。

 僕らが君を女の子だと認識しているように、二つの世界は魔女に関すること以外全てが同じってわけじゃない。

 それでもα世界でも君たちとひよりの邂逅はあったはずだ。

 知ってるはずなんだよ。目の前の彼女、ひよりのことを」




『そ、それじゃあおとなになったらまたここにあつまろうね。

 ぜったい、ぜったいだよ? もしわすれてたら、みんなのパートナーがたたきおこしにいっちゃうんだからっ』


『まかせろ。俺はかけっこはだいのとくいだからな。

 いちばんさいしょにここに来てやるさ』


『それじゃあわたしはにばんめかな~。

 少なくとも、ほたるとひよりの二人よりは先につきそう』


『う、うう。そんな、しょうぶみたいな事やめようよ~』

 



 セピア色の原っぱで、儚い未来を語り合う四人。


 ひよりが魔女になったβ世界いまとならなかったα世界かつて

 「もしも」の数だけ存在する平行世界というやつだろうか。俺もSFものが好きとは言え、にわかには信じがたい話だ。

 ただそれでも、その説明で喉に刺さっていた全ての小骨が取れたのも事実。


 ……信じるしか、ないだろうなあ。


「へえ。いいこときいちゃったなあ。

 ねえ、れんか? ううん、れんやだっけ。わたしのこと、おぼえてる?」

 

「っ」


「やめるんだ、ひより。ぼくたちーー」


「クロ、うるさい」


 魔女に胸倉を掴まれ、彼女の顔の前まで持ち上げられる。クロが羽虫のように平手ではたかれ、彼方へと消える。

 眼前に迫る魔女、ひよりの幼い顔。

 ただ残念ながらそれ以上何かが蘇ったりはしなかった。それもそのはずもう10年以上も前の出来事なのだ。詳細に覚えているはずもない。


「……なんだ、やっぱりみんなわすれてるじゃん。

 おとうさんも、おかあさんも、れんかも、ほたるも、かざねも、みんなっわたしのことなんかわすれちゃうんだよ。

 だったら、こうするしかないよね?」


 ひよりが俺の体の中を腕を突っ込み、乱暴に探る。

 まるで内臓を引っ張り出されているかのような痛みが全身に走った。


『願いを叶えた時点で、「鹿村ひより」という人間は完全に消失した。今の彼女はD粒子の体で出来た、心の残滓。意思に見えるそれは、ただ彼女の過去をプログラムのようになぞってるに過ぎないんだよ』


 なるほど。だから彼女は俺たちの心を奪おうとしているんだ。

 もう二度と、その心が変わらないように。過去に封じ込めるために。 

 俺たちのドッペルゲンガーが昔の姿だった事実からも、その仮説は正しいように思えた。


 止めなければならない。もう二度と惨劇を繰り返さぬように。

 でも体の自由が何一つも利かないのだ。目の前でひよりが苦しそうに笑っているのに、ただ見ている事しか出来なくてーー





 ーー全く、情けないったらありゃしねえな。


「っ」


「よけてくださいっ、魔法の小流れ星マジカルリトルシューティングスター


 頭上に出現する巨大な流れ星。

 すかさず時空鞄アイテムバッグから転移石を取り出して砕き、蛍たちの後ろへと転移する。


 強力な光と共に、ひよりへと墜落する流れ星。

 俺はそれを両手をぐーぱーさせながら眺めていた。


 いつのまにか体が自由になってる?

 それにさっきの声はまさか……もう一人の俺!?


 ってそうか。あの後莉々が普通に生活できていたように、心を奪われたって存在が消えるわけじゃないのだ。

 つまりこの体の中にはβ世界の俺、「伊奈川蓮花」の魂の混在している。

 思えば、たまに見ていた夢は彼女の記憶なんだろう。その証拠に、ひよりの姿が夢の中にはなかった。


「ステータスオープン」


 _______________


 伊奈川蓮花(覚醒) Lv77  HP 314/314 MP 1038/1038

  スキル 『魔法の火弾マジカルファイアバレットLv10』(↑)『魔法の火球マジカルファイアボールLv10』(↑) 『魔法の火炎槍マジカルファイアスピアLv10』(↑)『魔法の蜃気楼マジカルミラージュLv10』(↑)

  装備 『魔法少女(炎・覚醒)セット』(ON)【固定】

  状態 覚醒(残り180s) 衰弱(覚醒中により無効)

 ______________


 戦闘前と変化したステータスはこれくらい。

 どうやらこれは覚醒と呼ばれる状態のようだ。いつのまにか俺の衣装も随分とひらひらが増えていた。

 そして状態の欄に書かれたタイムリミットと衰弱の文字。

 言葉通りの意味なら、俺らにそう時間は残されていない。


「もお、せっかくチャンスだったのに」


 蛍の魔法を片翼で防いだひよりが空へと浮かびあがる。

 そうして時間を稼ぎようにくるくると上空を飛び回り始めた。


「俺が空中戦で動きを止める。

 風音は俺の援護を、蛍は魔法の集光マジカルチャージした魔法の光線マジカルレイを叩きこんでくれ」


「わかった」「わかりました」

 

 同じように衣装を変えた二人に声をかけ、転移石で空へとジャンプする。

 本当はもっと作戦会議したかったが時間がないのだ。一発勝負にかけるしか道はねえ。


「ほんとうにめんどくさいなあっ。

 そんなにわたしのことがきらいなの?」


「そういうわけじゃねえよっ。

 ただ俺はひよりに幸せになってほしいのさ」


 何の足場もない空中。

 ひよりがこちらに向けて無数の黒い弾を放ってくる。


 俺はそれを転移石で斜め上の空を指定することで回避。上限いっぱいの50mで、だ。

 ほぼ同時にひよりが翼をはためかせて大きく距離を取る。

 

「しあわせになってほしいならなんでわたしのじゃまするの?

 おとなしくわたしのもとにきてよっ。そうしたらずっといっしょにいられるのに」


 ひよりの右手に現れるは200mはあろう巨大な黒い剣。

 身長に似合わないそれを彼女はブンブンと振り回して俺を攻撃し、その度に俺は転移石で躱してーーくそっ、なかなか近づけねえ。

 

 地上から風音の援護射撃があるも、ひよりを捕らえることはできない。

 いたずらに消費される転移石とポーション。

 今も黒い剣が俺を切り裂かんと首元に迫り、俺は残り5つの転移石を使おうと手を伸ばす。


魔法の風盾マジカルウィンドシールド


「っ、ナイス風音っ」


 その瞬間、足元に形成される風の盾。

 俺がそれを足場に屈んで剣を躱すと、ひよりへと伸びる風の盾の道が一気に現れた。Lv10の効能、クールタイムの消失である。


「こないでよっ」


「っ」


 彼女が動く度、その進路を変える盾の道。

 俺はそこを魔法の火球マジカルファイアボールや転移石などを使って無理やり突き進む。

 例えその身を黒い剣や弾に引き裂かれようと、エリクサーを使えば元通り。

 

「なんで、とまらないのっ。こわくないの?」


 我武者羅に剣を振るいながらひよりが叫ぶ。

 その小さな体もあって、なんだかそれはただの子供の癇癪のようにも思えてきた。


「なあ、ひより。人は変わるんだよ。ずっと同じじゃいられない。

 良くも悪くも、みんな傷つきながら前に進んでいく。

 昔のことがあって怖いのかもしれないけどさ、忘れられたらもう一度覚えてもらえばいいじゃねえか。

 勿論その時は俺も手伝うからさ」


 道の終着点。目の前に浮かぶ少女に手を差し伸べる。

 ひよりは、ずっと一人で生きてきた少女は俺の手をじっと見つめてーー


「……うるさいっ」


魔法の光線マジカルレイっ」


 ひよりが俺の体を剣で刺したその瞬間、彼女の胸を光の線が貫いた。

 魔法の集光マジカルチャージと覚醒によって大幅に強化された、蛍の攻撃スキルだ。

 

 ひよりの胸にぽっかりと開いた穴。

 相当なダメージが入ったのだろう、彼女は力が抜けたようにその体を地面に落としてーー


「くすくす。わたしはまじょ、わるいまじょ。

 いまさらかわらない、かわれない。わたしがみんなをたすけてあげるんだから」


 彼女の片翼がその身を包む。

 それが消失するとともに現れたのは、穴が塞がった無傷な状態の魔女。


 同時に風の道が解け、俺は地面へと落下する。

 どうやら覚醒状態が終わってしまったらしい。再び思考が霞に包まれる。


 両翼がなくなった体を浮遊させてゆっくりと近づいてくるひより。


 ああ、まずい、と緩やかな恐怖に支配されたところで――







「ーー助けに来たよ、蓮花っ」


 ここにいないはずの少女 りり の声が聞こえた。


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