第六話 蘇りし過去は



「くすくす、びっくりだなあ。

 まさかみんながわたしをたおそうとするなんて。それにいまはなんでかみんなにみえてるみたいだし。

 まあでも、うん、よかったかな。

 みんなをかなしくさせるひつようがなくなったんだもんね」


 ドームの中、口に手を当てて心底楽しそうに笑う魔女。

 彼女は背中の黒い翼を悠々とはためかせ、空へと浮かび上がった。


 みんなを悲しくさせる、ね。

 やはり彼女は俺たちの心を奪おうとしているらしい。


「ま、まってほしい、ひより。僕らは君を止めに来たんだ。

 こんなこと、もうやめようよ。君と離れた後、僕らにも人間の味方が出来たんだ。こっちに来てくれたら、幸せになる方法が見つかるかもしれない。

 ほら、現にこうして君はこの世界に存在できているじゃないかっ」


 俺たちの体から降りて、自らの創造主に必死に呼びかけるクロたち三匹。

 

 別に俺たちも魔女を絶対に倒したいっていう訳じゃない。

 説得が通じるなら、「新しくダンジョンを作らない」「莉々の心を戻す」などの約束を結ばせた上で彼女のために奔走する用意はあった。


 さりとて、小さな魔女は可愛らしく首をかしげる。


「どうして? なんでそんなめんどくさいことしなくちゃいけないの?」


「いいかい、ひより。人の心っていうのはーー」


「もう、うるさいなあっ。

 わたしはみんなといっしょにいられれば、それでいいのっ」


 魔女が右手に持った灰色のステッキを掲げるとともに、空中に巨大な黒い球が出現する。慌てて俺たちの元へと駆け寄ってくる三匹。


 ひとまずの交渉は決裂か。

 ただ心を闇に支配されているわりには話が通じる気がするな。対決とは別のルートも探れるかもしれない。


『なあ、クロ。倒すっていうのは具体的にどういう意味なんだ?

 つまり、ぼこぼこにして意思を曲げさせるのか、その、殺すって意味なのか……』


『……言っただろう。心を闇に支配されてると。説得は多分無理だ。彼女を救うには、終わらせる以外に方法はない。

 でも安心してほしい。願いを叶えた時点で、「鹿村ひより」という人間は完全に消失した。今の彼女はD粒子の体で出来た、心の残滓。意思に見えるそれは、ただ彼女の過去をプログラムのようになぞってるに過ぎないんだよ』


 思い出されるのは決戦前に交わしたクロとの会話。

 あの時クロは確かにそう言ったけれど、本心では殺したくなんかないはずだ。俺としてもあんな悲しい人生を送ってきた彼女には救われてほしかった。たとえそれが人間じゃない何かだったとしても、だ。


 ただそのためにもまずは戦うしかねえ、と呆然と立っていた二人に声をかける。


「やるぞ、二人とも」


「い、言われなくても分かってますよっ」


「りょ」


 _______________


 伊奈川蓮花 Lv77   HP 314/314 MP 1038/1038

  職業 『魔法少女(炎)Lv3』 

  スキル 『魔法の火弾マジカルファイアバレットLv4』『魔法の火球マジカルファイアボールLv3』 『魔法の火炎槍マジカルファイアスピアLv2』『魔法の蜃気楼マジカルミラージュLv2』

  装備 『魔法少女(炎)セット』(ON)【固定】

     『女神のチョーカー』 運上昇(大)

     『聖王のペンダント』 耐久上昇(極大)

     『炎竜のネックレス』 炎属性スキルの攻撃力上昇(大)

     『ハイソーサラーピアス』 魔法攻撃力上昇(大)

     『ハイクイックイヤリング』 敏捷上昇(大)

     『HPリング++++』 HP上昇(極大)

     『MPブレスレット++++』 MP上昇(極大)

     『時空鞄アイテムバッグLv10』

       HPポーション(極高)×30

       MPポーション(極高)×30

       ハイエリクサー×20

       転移石×19


  使い魔 クロ(マジカルキャット)(ON)

 ______________


 自分のステータスはそらんじられるほど何度も見返した。

 ダンジョン課のコネを使い倒し、とんでもない廃課金装備で固められた装備欄。HPとMPを一瞬でMAXまで回復させる最強の回復アイテム、ハイエリクサーや、半径50m以内の任意の場所に瞬間移動できる転移石なんてものもある。もし戦闘に敗北した場合は、即座にDフィールドを停止し転移石でドームの外へ逃げる手筈となっていた。

 またスキル欄では既存スキルのレベルアップに加え、新しいスキルが二つ追加されていた。これは蛍と風音も同様だ。


星の導きスターズステアっ」


 蛍の呪文と共にきらきらと光り出す俺たちの体。

 星々の導き(?)によってパーティ全員の全てのステータスを一定期間上昇させる、蛍のバフスキルだ。


魔法の蜃気楼マジカルミラージュ」「魔法の風盾マジカルウィンドシールド

 

 空中の魔女と俺たちの間に現れる赤色のもやと、風の盾。

 前者が光を屈折させる蜃気楼を生み出して相手を誤認させる妨害系スキル、後者が強力な風で攻撃を防ぐ防御系スキルだ。緑色の風が蜷局とぐろを巻くように吹いて、円形の巨大な盾を生み出していた。


「くすくす、そんなんじゃわたしはとめれないよ?

 魔法の闇槍マジカルダークスピア

 

 頭上の黒い球が急速に収縮し、一本の矢が形作られる。

 漆黒に煌めくそれが目にもとまらぬ速さで飛来し、風の盾と衝突した。


 嫌な音を立てて、破壊のエネルギーをぶつけ合う両者。

 やがてミシミシと盾がゆがみ始める。


魔法の火炎槍マジカルファイアスピア」「魔法の竜巻マジカルストーム」「魔法の光線マジカルレイ


 即座に生み出されるは三つの攻撃スキル。

 三人の最高火力たるそれらが迫る槍と対峙しーー相殺する。槍がばほん、と爆発四散、形成していた黒い闇が俺たちを包んだ。

 

魔法の火球マジカルファイアボール」「魔法の風檻マジカルウィンドジュエル


 魔女の接近に備えるべく、二人でスキルを発動。傍らに炎の球が浮かび、周囲をぐるりと回る風が黒い霧を吹き飛ばしていく。




『なあなあ一人で何してるんだ?』


『え、と、みんなとはなしてるんだ~。

 これがシロでねえ、こっちがーー』




 不意に、何かの記憶が蘇ってきた。

 脳裏に浮かぶは、木陰で休む白い髪の少女に話しかける俺。


 これは彼女、ひよりと俺との思い出?

 忘れさせられた記憶が、魔女との戦闘で戻ってきているのか?


「蓮花さん、な、何が来ますっ」


 今にも壊れそうなくらい儚く、不安に満ちた蛍の声。


 視界の奥では、黒色のオーラを身にまとわせて目を瞑る魔女がいた。

 あれはやばい、と本能が警鐘を鳴らしたその瞬間、彼女の片翼が消えると共に目を開く。


「ざんねん、これでおわりだよ。

 漆黒なる闇の世界ブラックワールド


 黒く染まる世界。

 さりとて瞬きの間もなく闇は収束し、後にはそれまでと何ら変わらない俺らの姿があってーー


「れんかっ」


「へ?」


 何故か体から力を抜けて膝をつく。

 どさりどさり、と隣からは何かが倒れる音。


 なんだ、これ?

 か、体が動かねえ。というより何にもする気が起きない、のか? 

 早く立ち上がるとかスキル発動とかしなくちゃいけないのに、今ここにいるさえ億劫になってくる。


 ……ああ、まずい。精神系の攻撃なんか存在すら確認されてねえってのに。


「くすくす。それじゃあ、これでもとどおりだね」


 近くに何かが着地した音を耳が拾う。

 それでも俺はそれを確認することすら出来なくて――




『俺はれんや・・・っていうんだ。よろしくな、ひより』


『う、うん。よろしくね』




 蘇るのは消された過去。

 彼女と一緒にいられるならそれでも……いや変だ。もしそうなら何で俺は自分の事を『れんや』と呼んだんだ?

 クロの話だと俺は昔から女の子だったんだよな? この記憶は一体どこから来た?


「思い、出したよ、れんか。

 僕は君を、こことは別の世界から連れてきたんだ」


 朦朧とする意識の中、クロのそんな言葉が頭に響いた。


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