第五話 状況開始
【重大発表】お久しぶりです、みなさんに聞いてほしいことがあります【Dtuber 蛍日蓮花】
そう銘打たれた配信の開始が予定されていたのは10月初旬の土曜日。
仕事に疲れた社会人もそろそろ起き出すであろう時間帯でのことだった。
配信者は新人Dtuberの蛍日蓮花。
子天ノ内ダンジョンで起こった騒動の救世主であり、最近だと国内最王手のDtuber事務所、
長く音信不通の期間があったたために蒸発説も囁かれた彼女だったが、約一週間前に突然の配信告知を実施。それがDスタ所属のトップアイドル、鶴森もえによってリツイートされたことによって、爆発的に拡散。
既に待機枠には1万人ものリスナーが集まる形となっていた。
一体どんな重大発表なのか。噂通りDスタにスカウトされたのか、はたまたよくある釣りタイトルか。
彼らは己がコメントを以て、楽しそうに戦わせる。
そうして今、彼らの予想を明後日の方向に飛び越える配信が始まろうとしていた。
「……もしかして、緊張してる?」
雑草生い茂る広い空き地。
既に大方の準備も終わり、周りを用途不明の様々な機器やダンジョン課の大人たちが囲むその場所で、もえさんが楽しそうに聞いてきた。
「こ、これくらい余裕ですよ」
「だな」
「蛍は足がプルプルしてるのに?」
「うっさい、武者震いですよ。武者震い」
大舞台を前に、いつものようにじゃれあう二人。
蛍の方は若干声が掠れているものの、昨日の夜に比べると随分と落ち着いているように見えた。
人って尊厳破壊されると一周まわって冷静になるんだよなあ。
「よかったよかった。
きっと上手にできるはずだよ。三人とも、トップDtuberたる私の弟子なんだから」
「……一応あれで鍛えてるつもりだったんですね。
てっきり私たちと戦いたいだけだと思ってましたよ」
「ドSおばさん」
「おーと? 今聞こえちゃいけない言葉が聞こえた気がするな~?
誰かな、かな? 事と次第によっちゃあ末代まで許さないかんね?」
「っ、気のせいじゃないですかね、うん」
傲岸無礼な事を言い出した風音を小突く。
なっつかしいなあ、その単語。
でも本人で言うのはやめような。もえさんが凶悪事件でも起こしそうな顔になってるから。
「……ほら、そこの君もこっちに来たら?
配信前に話せる最後の機会だよ?」
「は、はい」
人ごみの間からおずおずとやってきたのは、クマのぬいぐるみを抱えた久志本莉々。
クロによれば、魔女を倒したらぬいぐるみへと変えられたその心は元に戻るという話だった。その経過を観察するためにも、配信中は彼女は近くの部屋で待機することになっていたのだ。
「……なるほど。あれが蓮花の大事な人」
「なんでちょっと不満そうなんですかね?」
「え、と……頑張って。応援してるから」
こそこそと何事か囁きあう蛍と風音の前で、莉々が小さくはにかむ。
その迷いや期待など色んな感情を含んだ激励に、俺はガッツポーズを作った。
「おう、任せな。俺がばっちり全部解決してきてやるよ」
「……ありがと」
「さて、それじゃあそろそろ時間だね。
楽しんできてっ」
もえさんの、彼女らしい言葉に三人(+三匹)で頷き、離れていく莉々に手を振りなら空き地の中央へ。
これから俺たちは魔女と戦うのに専念し、状況を説明したりコメントを拾ったりなどの進行はもえさんが担う予定になっていた。
俺らを捕らえるのは、これまで尽力してきた大勢のダンジョン課の警官たちの視線と、周囲に配置された複数のカメラ。そして懐の中で待機する配信くん。
彼女や俺とかの配信経験者はまだしも、蛍と風音にとってはなかなかに堪えるものがあるだろう。
二人の手をぎゅっと握ると、強い力で握り返してくれた。
「大丈夫かい、れんか?
随分と顔色が悪いようだけど」
「うっせ。考えないようにしたんだから、わざわざつつくなや」
「ごめんごめん。
でも随分とれんかが遠くに行っちゃったような気がしたからさ」
遠くに行っちゃった、ね。
俺もまさか俺がこんな展開になるとは思ってなかったよ。TSしたり俺に五人も友達が出来たり、人生分からないもんだよな。
視界の端で大宮司さんが大きく右手を挙げる。ライブ配信用の大きなカメラを抱えた人がレンズをもえさんの方へ向ける。
ーー配信開始だ。
「みなさん、こんにちは~。
Dスタ所属、魔法剣士系アイドルの鶴森もえです」
コメント
・こんちゃ~
〈暗示総統〉:おひさ
・こんちゃ
・こんもえ~
・こんもえ~
・ここはもえ様の配信枠だった……!?
〈マ=ツー〉:ほら、やっぱ移籍説が正しかったやん
・予想通りやな(ニチャア
〈つねった〉:ってか人多すぎだろw コメントが全然読めんw
ここからでも見える配信画面。
そこにはちらほらと見慣れた名前もあって、忘れられていなかったんだと、胸が温かくなる。折角だし、全てが終わった後は配信者として活動を再開してみるのもありかもしれないな。
そのためにもまずは、と今回の作戦の肝である蛍の手を強く握る。
「っ」
「さて、それじゃあまずは私がここにいる経緯からお話ししましょうか。
あれは約一か月前の事です。私のアカウントの元にーー」
就活のエントリーシートばりに脚色した歴史を語り始めるもえさん。
かといって魔女、鹿村ひよりに関する部分を変えるわけではない。昔から魔法が使えて、両親を魔法で生き返らせようとした等、俺たち知っている話そのまんまの内容を話していく。
「よしよし」
「あ、ありがとうございます」
それに対し、こちらでは蛍による魔女との対話がなされていた。
魔女を呼ぶには種を付けられた蛍が絶望に沈まねばならない。昨日話してくれた姉との記憶を思い出しているのだろう、彼女の額から大粒の汗が垂れた。
ただ見ているだけしかできないのはつらいな、と蛍と一緒にその小さな背中をさする。
「今、私たちはそんなひとりぼっちの少女、鹿村ひよりちゃんをーー」
「測定機に反応あり。彼女ですっ」
「よし、Dフィールド展開っ」
大宮司さんの指示と共に、周囲に何十台も設置されたアーム上の機械が起動。
上空に伸びた腕から無数の青いレーザーが射出され、正六角形状の格子が連なった青いドームを作り出していく。
「っ、来るっ」
それが天頂まで届いたとほぼ同時、青いフィールドを塗り替えるように黒色のドームが形成される。
子天ノ内ダンジョンでも見た、ダンジョン発生過程に生じる空間だ。
でも今回は違う。魔女に誘われた蛍が意識を失うことなく、その場に立っている。爆心地にいた俺たち二人もだ。
ーーどうやら作戦は成功したらしい。
懐に入れていた配信くんが正常に動いてるのを確認して、空へと飛ばす。
これで俺たちの映像を向こう側に良い感じに送ることが出来るはずだ。
黒に支配されたドームの中。
やがて、最初からそこにいたかのように一人の少女が姿は現した。
「くすくす、びっくりだなあ。
まさかみんながわたしをたおそうとするなんて。それにいまはなんでかみんなにみえてるみたいだし。
まあでも、うん、よかったかな。
みんなをかなしくさせるひつようがなくなったんだもんね」
真っ白の髪に、背中には二つの黒い翼。
そして白と黒が混ざりあったドレスに身を包んだ、5歳くらいの少女ーーダンジョンを世界に産み落とした悲しき魔女、鹿村ひよりがそこにいた。
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