第四話 最後の夜
「それじゃあ三人とも、今日はちゃんと早く布団に入るんだよ~?
不安とか緊張で全然寝くないかもだけど、そういう時は目を瞑ってるだけで十分疲れは取れるから」
「了解です。……おやすみなさい、もえさん」
「うん、おやすみ~」
ひらひらと手を振って、扉の向こうへと消えていくもえさん。
クロの暴露から約一か月後の土曜日。配信環境の整備などを済ませた俺たちは、拠点の地下で決戦に向けた最後の夜を過ごそうとしていた。
共用スペースにて、俺の隣のソファーに座る蛍がおもむろに話し始める。
「……とうとう、来ちゃいましたね。この日が」
「蛍は不安?」
「そりゃあ、大宮司さんはじめ色んな人の期待を背負っていますからね。
逆に風音は不安じゃないんですか?」
「わたしは別に。
失敗したってもう一回やればいいし……それに今は二人がいる」
「そ、そうですか」
風音の火の玉ストレートに、蛍が若干恥ずかしそうに身をよじる。
風音も変わったよなあ。やっぱり、あのドッペルゲンガーとの邂逅が大きかったんかね。俺もあれから自身がついたような気がするし。
それに風音が言うように一回限りの大勝負、というわけでもないのだ。
今回の作戦はこうだ。
まずは「蛍日蓮花」のアカウントで復帰配信を告知して、各媒体で拡散する。これは既に完了済み。
次に配信中に魔女の正体を話すと同時に、蛍が魔女をひきつけて魔女を実体化。周囲に張り巡らされたD粒子の動きを阻害する装置を起動して、魔女を閉じ込める。
最後に俺たち三人が魔女を倒してハッピーエンド。俺たちしか戦わないのは魔女がダンジョンの外でしか活動できないかららしい。
(因みにこれら全ての根回しは政府とダンジョン課によって公には隠す形で行われた。「不安を払しょくしたい」政府と「ダンジョン騒動を止めたい」ダンジョン課の思惑が合致したことによって起こった、所謂ステルスマーケティングというやつである)
というわけで今回で魔女を倒すのが最善なものの、大宮司さんたちから直々に「失敗しても大丈夫」というお言葉を賜っている。
そもそも魔法少女の体はD粒子で出来ているから、俺たちのHPがゼロになったところで変身が解けるだけで死にはしないのはのだ(ただ次変身するには半日程度のクールタイムが必要)。もし誰か一人でもそうなったら、その場で配信と装置を止めて次回に持ち越す手筈となっていた。
「失敗したら失敗したでエンタメとして面白いと思うな~」というのがもえさんの言葉だ。
ただ蛍を見るにかなり緊張しているようだ。
血の気が引けた、今にも倒れそうなほどの蒼白な顔をしている。
まあ、でも気持ちは凄く分かる。
今まではほとんど個人プレーで、こんな風に誰かの手を借りたりはしなかったからなあ。
それに蛍には魔女を呼び寄せるっていう大事な役割もあるだけだし。
「……なあ、蛍。
聞いてもいいか、蛍の過去について」
「私も気になる」
遠慮がちにそう問いかけて、蛍の言葉を待つ。
蛍が持っている鍵、それは魔女に心を惑わされたことだった。
俺らがそっくりさんと戦っている最中、蛍の元にもまた同じやつが現れたらしい。でも蛍は勝てなかった。過去の自分に言い負かされて、魔女に種を付けられてしまったらしい。
魔女は深い絶望を抱えた人間を見つけると、対象に目に見えない印につける。それが種だ。そして種をつけた人間に甘い言葉をささやき、絶望へと落そうとする。
俺たちはその性質を逆手に取り、蛍に誘いに乗る振りをさせて魔女を呼び込もうとしているわけだ。
明日のこともあるし、仲間が抱える絶望は出来れかぎり知っておきたい。
「……はあ、いいですけど。
でも別に大した話じゃないですよ?」
言葉とは裏腹に、蛍が眉をハの時にして話し始める。
「私にはお姉ちゃんがいるんです。
勉強もスポーツも出来て、友達もたくさんいる、自慢のお姉ちゃんが。
私はいつもそんなお姉ちゃんの後ろにくっついて歩いて、何かあったらすぐにお姉ちゃんに助けを求めて……それで、潰しちゃったんです。
あの時、お姉ちゃんは演劇部がある遠くの中学校に行こうと本気で勉強していました。夢だったんですよ、自分の演技で全国大会に出るのが。
それでも私はいつもみたいにお姉ちゃんに甘えちゃって、優しいお姉ちゃんはそれにこたえてーー結局、落ちちゃったんですよ。
ただ当時の私はおねぇちゃんとまだ一緒にいられるって無邪気に喜んでいて、そんな私にお姉ちゃんは言ったんです、「私が落ちたのは蛍のせいだ」って。
それから私はおねぇちゃんに迷惑をかけないよう頑張っているそんな感じです」
「ね、よくある話でしょう」と弱弱しく笑う蛍。
その、何とか苦しみから逃れようとしているような表情にぐっと胸が締め付けられた。
「私が落ちたのは蛍のせいだ」か。
信頼していた姉にそんなことを言われたどれだけつらいんだろうなあ。
蛍がいつも気を張ってるのも、妙なところで自信がないのもそれが理由、か。
「だいじょぶ。蛍は十分頑張ってる。よしよし」
「な、なにするんですか? もう、子供じゃないんですよ?」
俺が言葉を選び終わる前に、風音がぎゅっと蛍の体を抱きしめた。
いやいやと体を揺らしながら、それでも本気で解こうとしない蛍。
……やっぱ、こういう時は頼りになるなあ。
それじゃあ俺も、と蛍の後ろに回ってその頭をポンポンと叩く。
「だな、俺もあの時は俺も蛍のおかげで救われたし。
今日くらいは思いっきり弱音を吐き出しちゃってもいいと思うぜ。ここにみんなの前で泣きわめいた俺もいることだしな」
「っ……うう」
ぐじゅぐじゅと鼻を鳴らして、嗚咽を漏らす蛍。
それを出来るだけ耳に入れないようにして、天井を仰いた。
それぞれの事情で辛い思いをしてきた三人。
何時か三人で笑えある日が来たらいいなあ。
「やあ、れんか」
「おお?」
二人と別れて部屋に戻ると、そこにはベッドの上でちょこんと座るクロの姿があった。
眠そうにうとうとしながらも、それでも確かに目を開けている。
「珍しいな。この時間でもクロが起きてるなんて」
「まあね。今日で最後になるかもしれないし、たまにはと思ってね」
クロが緩慢な動きでベッドから下りて近づいてくる。
今日で最後、ね。
クロの話では、魔女を倒しても莉々の心が戻るくらいしか変化はないってことじゃなかったっけ? それとも本懐を遂げたら即さよならバイバイとかそういう感じ?
頭に沸き上がった疑問を口にする前に、クロが小さく頭を下げた。
「まずは感謝でもしようかな。ありがとう、れんか。
君を魔法少女にした目的も理由も分からない中、よくここまで来てくれたよ」
「……それは確かに。
最初は酷かったもんなあ。とにかくダンジョンに行けって言ってきてさ」
「それを言うなら君もだろう?
ダンジョンで
「うぐぐ」
暫く睨みあった後、くすくすと二人で笑いあう。
思えば随分と遠くまで来たものだ。
TSした当初はまさかダンジョン騒動の元凶と全世界の前で戦う状況になるとおもなかったなあ。そもそも俺の認識ではダンジョンなんて存在しなかったわけだし。
……って、そうだよ。ドッペルゲンガー然り(俺たちの中に魔女に心を奪われた痕跡はなかったらしい)、TS然り、ここもクロの説明では補完出来てないのか。
「なあ、クロ。何か俺に隠していることないか?」
「……実のところ、僕もよく分からないんだ。
最初の忘却状態からは抜けたものの、僕はまだ何か大事なものを忘れてる、そんな感じがするんだ」
「そっか。まあわかんないなら仕方ない。
またいつもみたく都合がよいときに思い出してくれるだろ」
「失礼な。いつ記憶の修復が起こるかは僕にも分からないんだよ?
そんな風に頼られても困るね、全く」
「分かってるって。
君のご主人様のためにも、明日は全力を尽くさせてもらうよ」
「うんうん、それで良いんだよ。
……さて、それじゃあそろそろ僕も寝ようかな。流石にもう限界だよ」
偉そうに頷いて、それから大きく
本当はクロのご主人様、魔女について色々聞きたかったけど、まあしゃーない。今までも十分教えてくれたか。
「それじゃ、おやすみ。クロ。いい夢を」
「れんかもね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます