へっぽこ魔法使いの冒険



 昔々、あるところに年老いた魔法使いがいた。

 ここ数年、魔法使いは重い病気で伏せっていたのだが、最近いよいよ病状が悪化してきた。そこで、まだ命があるうちに遺言を残しておこうと思い、3人の息子を枕元へ呼び寄せた。

「息子たちよ。わしはもう長くあるまい。

 わしは一生をかけて、たくさんの魔法の道具を集めてきた。死んだあとで揉め事になってはいけないから、今のうちに形見分けを済ませておこうと思う。

 長男よ。お前には《いくらでも黄金を出せる杖》をやろう。

 次男よ。お前は《いくらでも宝石を産む鶏》を持っていけ。

 そして末っ子よ。お前には……うーん、そうだなあ」

 魔法使いは困ってしまった。

 というのも、彼が持っている道具の中で金になりそうなものといえば、長男次男にあげた2つしかなかったからである。

「しかたがない。

 末っ子よ、お前には3つの道具をやろう。

 1つめは、《なんでも食い尽くす魔法の豚》だ。こいつはなんの役にも立たないが、とにかく大食いで、パンでも草木でも石でも金物でも、あればあるだけ食うことができる、世界一のごくつぶしなのだ。

 2つめは、《誰でも踊り狂う魔法の靴》だ。この靴を履くと、どんな人でもたちまち陽気な気分になり、仕事も悩み事も忘れて夜通し踊り続けてしまうのだ。

 3つめは、《決して雨を防がない魔法の傘》だ。この傘は、開いている間は空がカラカラに晴れ渡るのに、閉じている時に限ってドシャ降りになるという、まことに不思議な傘なのだ」

「お父さん、僕が思うに、その3つはどれもこれも、全く全然さっぱりまるっきりどうしようもない役立たずみたいですが」

「まあ、そう言うな。その代わりに3つもあげたじゃないか。とにかく皆、わしの形見をうまく使って幸せになるのだぞ……」

 それからしばらくして、老魔法使いは死んでしまった。

 葬式を済ませたあと、長男が言った。

「父さんも亡くなったことだし、ここらで俺達も独立しようじゃないか」

 そういうわけで、3兄弟はそれぞれ自分の暮らしを考えることになった。

 まず長男は、杖から出した黄金で家を建て、そこに住みついた。

 次に次男は、鶏が産んだ宝石を元手にして、商売を始めた。

 困ったのは末っ子だった。財産はないし、父から受け継いだ魔法の道具はとんでもない役立たずばかり。このまま故郷に残っていても、うだつが上がらない。

 そこで末っ子は旅に出ることにした。

「ようし。どこかできっと出世してやるぞ」

 意気揚々、末っ子は魔法の豚と魔法の靴と魔法の傘を持って旅立った。

 しばらく道を歩いていくと、大きな街にたどり着いた。街は何やら、大変なお祭り騒ぎになっている。末っ子は街の人を呼び止めて聞いてみた。

「すみません、これは何の騒ぎですか?」

「もちろん、年に一度の大食い大会だよ! 一番たくさん食べた者には、王様から直々にご褒美があるんだ」

 これだ! とばかりに、末っ子は大食い大会に飛び込み参加した。席につくと、目の前に食べ物が山積みにされたが、その量ときたら、百人がかりでも食いきれまいというほどのものだった。

 だが末っ子には秘策があった。足元の影に魔法の豚を潜ませておき、こっそり食べ物を投げ落としてやったのだ。

 豚は食う食う、いくらでも食う。あっというまに食べ物の山を食い尽くしてしまい、大食い大会は末っ子の優勝となった。

「あの男の胃袋はとんでもないぞ」

 と、街の人たちは驚いて噂した。

「まるで魔法のように食べ物が吸い込まれていくんだ」

「ひょっとして魔法使いなんじゃないか」

「どうやら彼は魔法使いらしい」

 噂にどんどん尾ひれがついて、王様に謁見するときにはもう、すっかり魔法使いということにされてしまっていた。

 さて、お城にやってくると、王様がこちらをまじまじと見つめてくる。

「すごい食いっぷりだったそうだな。おぬしが魔法使いだというのは本当か」

「はあ、まあ、そんなようなもので」

「それならひとつ頼みがあるのだが……」

「僕にできることなら」

「実はな、街の西の方に広い広い農地があるのだが、今年は大変な日照りで、溜池もすっかり干上がってしまった。

 このままでは大凶作になりかねず、ほとほと困り果てておる。どうにか魔法で助けてくれないか……」

 話を聞き終えるや、末っ子魔法使いは自信たっぷりに胸を叩いた。

「よろしい! この魔法使いにお任せあれ」

 末っ子は街をあとにして、西の農地へ向かった。

 なるほど、日照りは話に聞いた以上に酷いものだった。畑の土という土がカラカラに乾いているばかりか、溜池の水も完全に尽きて池の底がひび割れている。

 そこで末っ子魔法使いは、魔法の傘を取り出し、閉じたまま頭上にかかげた。この傘は、開いているときには雨が一滴も降らないが、閉じているときに限ってドシャ降りなるのだという。つまりわざと傘を閉じてやれば……

 果たして、たちまち空に暗雲が湧き、滝のような大雨が降りだした。あたり一面の畑の土が、みるみるうちに潤っていく。溜池にもごうごうと音を立てて水が流れ込み、あっというまに満杯になってしまった。

 あたりに住む農民たちは、この奇跡に拍手喝采した。

「魔法使い万歳! 救いの主、万歳!」

 城に戻ってみれば、王様もたいそうな喜びようで、

「そなたこそ本当の魔法使いだ!

 お礼に領地と屋敷を与えよう。長くこの国に留まって、わしに力を貸してくれると嬉しい」

 こうして末っ子は、一夜にして領主に成り上がったのだった。

 それからというもの、王様は末っ子魔法使いを深く信頼し、ことあるごとに城に招いて歓迎した。美味しい料理に面白い余興。末っ子は退屈する暇もないくらいだった。

 ある日のこと、舞踏会が開かれるというので、末っ子は着飾って城へ出かけた。

 多くの招待客が楽しく踊り回る中、ひとりだけ、にこりともしないで座っている人がいる。それは、この国のお姫様であった。

「お姫様は踊らないのですか」

 末っ子が尋ねても、お姫様は暗い顔を伏せるばかり。

 隣で王様が溜息をついた。

「姫は何年も前から気鬱の病でな。最近はもう、ろくに食事も喉を通らぬのだ。

 この舞踏会も、踊り好きだった姫の気晴らしになればと思って開催したのだが、見ての通りのありさま……

 わしはもう心配で心配で……姫の病を治してくれる者がいたら、国王の座を譲ってもよいとさえ思う」

 これを聞いた末っ子魔法使いは、ドンと胸を叩いた。

「よろしい! この魔法使いにお任せあれ」

 末っ子魔法使いは魔法の靴を持ってきて、お姫様の足に履かせた。この靴を履くと、どんな人でもたちまち陽気な気分になり、一晩中踊り狂うのだという……

 果たして、お姫様の顔にパッと血の気がさし、言葉もろくに喋れなかったお姫様が急に笑い始めたではないか。

「あははは! 何かしら、この楽しい気分は! さっきまで気持ちが塞ぎ込んでいたのが嘘のよう。世界が急に明るくなったように見えますわ!

 魔法使い様、よろしければ、私と踊ってくだはいません?」

「はい、よろこんで!」

 末っ子魔法使いは、お姫様の手を取り踊り始めた。くるくる、くるり、とんで、はねて、妖精のように踊る姫はたいそう愛らしく、末っ子はたちまち恋に落ちてしまった。

 その様子を見て、王様が感涙した。

「おお……おお! 姫が踊っておる! どんな医者でもまじない師でも癒せなかった姫の心を、魔法使い殿が癒やしてくれた!

 こうなっては、約束を果たさずんばなるまい。

 魔法使い殿、わしはそなたを婿むこに迎え、この国を譲りたいと思う。

 姫よ、そなたの気持ちはどうだ?」

 するとお姫様は頬を赤らめ、恥ずかしそうに顔を背けた。

「魔法使い様にとつぐのであれば、姫にいなやはありません」

 こうして、ついに末っ子魔法使いは王様に成り上がったのだった。

 王としての暮らしは幸せそのものだった。かわいい姫、豊かな国、平和な毎日。全てに満足した末っ子は、ふと、故郷のことを思い出した。

「そういえば、兄たちは今ごろどうしてるだろう。

 立派に出世した僕の姿を、兄さんにも見てもらいたいな」

 そこで末っ子は久しぶりで帰郷することにした。

 さて、故郷に戻ってみると、なにか様子がおかしい。長男が建てた家は手入れもされずボロボロで、次男がやっていた店にも全然人気ひとけがない。

「これは一体どうしたことだ? 兄さんたちはどこにいるんだろう」

 そこらじゅうを探し回り、やっと末っ子は2人の兄を見つけた。兄たちは着物もボロボロ、頬も痩せこけ、橋の下に隠れて風雨をしのぎながら、燃え尽きかけた焚き火でどうにか暖を取っていた。

「兄さん! いったいどうしたんです、このありさまは?」

「おお、お前か。

 聞いてくれ……私達は欲をかきすぎたようだ」

 兄たちは語った。

 はじめのうち、杖から出てきた黄金と、鶏が産んだ宝石のおかげで、2人は楽に暮していたのだという。

 しかし2人は調子に乗って、黄金と宝石をあまりにたくさん作りすぎた。そのため、金銀財宝がそこらじゅうに溢れ、ありふれたものになってしまった。今となっては金は鉛より値打ちがなく、宝石は石ころより役立たずで、欲しがる者は誰もいない。欲しがる者がいなければ、黄金だって宝石だって全くの無価値になってしまうのだ。

 これが原因で長男は破産し、次男も商売に失敗した。以来、2人はずっと、ここで惨めな暮らしをしているのだった。

 話を聞いた末っ子魔法使いは、またまた力強く胸を叩いた。

「よろしい! この魔法使いにお任せあれ」

 末っ子は、城から魔法の豚を連れてきた。この豚は、パンでも草木でも石でも金物でも、あればあるだけ食うことができる……

 果たして、豚はそこらじゅうの黄金と宝石を片っ端から食い尽くし、ふたたびそれらを貴重品にしてくれた。

「ほら! これで元通り。今度は溢れない程度にほどよく黄金と宝石を作れば、一生豊かに暮らしていけるよ、兄さん!」

 長男と次男は大いに喜び、末っ子の知恵を褒め称えた。

 それから3兄弟は手を取り合い、いつまでも仲良く暮らしたそうである。



THE END.

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ヒビモノガタル 外清内ダク @darkcrowshin

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