相楽恭介 1

 うちの事務所にこんな手紙が届いた。

『ぼくわ、しんでしまう。このままここにいたら、ぼくわしんでしまう。おびえるひびはいやだ。いたいこともいやだ。ぜんぶいやだ。でたい。ここからでたい。にげたい。でも、ぼくにわどうにもできない。ぼくのびょうきがなおるまでは、ここにいなければならない。でも、やっぱりいやだ。にげたい。どうすればいいのか、いちにちじゅうかんがえてた。ここからにげだせないかを、ずっとかんがえたけど、おいしゃさんたちがこわくてとてもむりだった。まだぼくわしにたくない。いきていたい。でも、しんでしまうだろう。いやだ、いやだ。』

 と云うのが一枚目の手紙である。

 二枚目は、

『初めまして、伊原優花と申します。

 今回は、ある相談がありまして手紙を送らせていただきます。

 ひらがなだらけの手紙の方は読んでいただけましたでしょうか。まだでしたら、先にそちらを読んでいただきたいです。

 さて、あの手紙は私の父が書いた物です。今年八十六の父は、認知症になって暴れるようになり、結果として病院に入れることとなりました。

 やっと安心して生活できる、と思った矢先の出来事でした。

 見舞いに行った際、父が暴力を振るわれたと訴えるのです。

 ですが、認知症になって被害妄想が激しくなった父の云い分に聞く耳は持ちませんでした。

 しかし、何度見舞いに行っても父は暴力を振るわれていると訴え続けるのです。

 ここで私は可笑しいと思いました。

 家にいて暴れていたときは、日によって云っていることが変わったのです。例えば、ある日は私に蹴られたと云い、ある日は私の子供が殴ってきたと云い……。

 つまり、何度も同じことを云うことはなかったのです。

 私は思いました。、と

 もちろん確信ではありません、父の被害妄想だろうという疑念も拭いきれません。

 ですが、万が一、と云うことを考えると、やはり少し調べてみたいと思うようになりました。

 しかし、私のような一般人では調べることが出来ませんので、このような形でお願いをさせていただいています。どうか、宜しくお願いいたします。

 病院の名前は清水病院、父は伊原裕太いはらゆうたと云います。

 もし、何かありましたらお電話お願いいたします。

 ***-***-****』

 と云う内容だった。

 簡略化すれば病院内での暴行行為が懸念されるから見てきてくれ、と云うことだろう。

 さて、真面目にこの案件を扱うとするか?

 俺の経験上、絶対的な証拠が無い限り勘違いや誤りであることが多い。

 つまり、この案件も間違いである可能性が大きい。訴えている人間が認知症ならば、なおさらだ。

 しかし、一方でこの案件を取り扱ってみたいとも思っている。

 手紙の中に出て来たは、そう云ったが噂として流れている、病院としても、裏では有名なのだ。

 それに実際、日本全国で病院内での暴力事件は後を絶たない。

 それらのことを踏まえると、もしかしたら――と云う思いが出てくる。

 もしかしたら、本当に病院内での暴力行為があるのかも知れない。

――万が一、を考えるか。

 手紙に記載してある番号に電話をかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

病院 夜ト。 @yoruto211

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ