逃亡
「……最悪だッ!」
海空は眩しくなるほど大量のネオンが輝く街の中、薄暗く影になっているビルとビルの間で息を潜めていた。
「こっちはいないぞ!別の場所を探せ!絶対に見つけるんだ!」
通りでは警察官のような格好をした男が血眼になって声を張り上げている。
摩天楼に囲まれたこのネオン街で、そんな男から隠れている海空の様子はまるでお尋ね者である。
「──どうしてこうなった!」
自身の状況に納得がいかない海空であったが、こうなってしまったのはものの数十分前からなのだ。
「これが……異世界?」
海空が目覚めてから最初に目に映った光景は、超高層ビル群とその足下でうるさいほどに光っているネオン街であった。
海空はその中の、とある古ぼけたビルの屋上にて意識を取り戻したようだ。
「看板は日本語だし、建物だってどこにでもありそうなものばっかりだ……だけど、日本にこんな街はないはずだし……」
自身が想像していた異世界とのギャップに海空は戸惑いを隠せないでいた。彼がいるビルの真横の道路を通るパトカーらしき浮いている乗り物も、ホログラムの看板も、街の雰囲気すべてが異世界というよりサイバーパンクな近未来といったほうがしっくりくる。
兎にも角にも、ビルの屋上からでは手に入る情報に限りがあるので、海空は建物から出るために恐らく階段に続いているであろう扉へ向かう。
しかし、握り玉式のドアノブを捻り、扉を引こうとする瞬間、あろうことか扉の方からグワンと勢い良く向かってきたのである。
「え──ゔっ!」
顔面へ直撃した扉はそれでも速度を緩めることなく、そのまま海空は後ろへ押し飛ばされ尻餅をついてしまう。
「あらま。まさかこんなところに人がいるとわ。少年!運が悪かったな!」
扉を開けた張本人である女は悪びれる様子もなく、開口一番そんなことを言ってのけた。
そんな彼女に対して文句の一言でも言ってやろうとした海空だったが、むしろ彼女の方からズイッと寄ってきたのである。
「なんですか……」
「──ふむふむ」
彼女は、海空のつま先から頭頂までを舐めるように見たあと、なにか考えるような仕草を取る。
「──おい!屋上にいるぞ!」
二人の間に流れる沈黙を破ったのは、建物の中から響く男の大声であった。
すると女はその声を聞くやいなや、海空を右小脇に抱えるようにして持ち上げた。
「うェ!?」
「説明はあとでっ!大人しくしてないと怪我するぞっ!」
言いながら彼女は1メートルを優に超えている屋上のフェンスを、海空を抱えたまま飛び越えた。
「な……何なんだよアンタァ!」
ビルから落下しながら海空にできることは、ただ叫ぶことだけのようだ。
そんな海空の様子を、向かいのビルの屋上から一人の男が見ている。
「──逃したか。しかし今の子ども……まさかな」
「……いい加減降ろしてもらってもいいですか?」
「え?ああ!それもそうだな!」
屋上から着地した後、数分は黙ってドナドナされていた海空だったが、女から降ろす気配を一向に感じないためか、ボソッと提案する。
「それで少年よ!君、いったいどこから来たんだ?」
「え──」
突然の核心を突くような質問に対して、海空はピシッとフリーズしてしまう。
「……え?おぉい!少年?」
海空のリアクションが想定と違ったのか、女は小さく焦っている。
「ってもうこんな時間!ごめん少年!ちょいと用事があるからここで待っててね!あと拷問されたり死にたくなかったら警察には見つからないように!すぐ戻るから!」
「……はい……って今なんて!?」
捲し立てるように話された内容の中に物騒な単語を見つけた海空はわたわたと聞き返すが、女は通りへと出ていってしまった。
「……最悪だッ──どうしてこうなった!」
こうして海空は異世界にて、路地裏でヒソヒソと隠れることになってしまったのである。
Somewhere Around The World ナカムラマイ @koiji_usohema
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