【3-17】 筆頭補佐官の献策 下

【第3章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16818023211874721575

【地図】ヴァナヘイム国 (第1部16章修正)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330656021434407

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 ビフレスト水道橋にとどまらず、ウルズ城塞まで徹底的に叩くべきなのだ――知恵者・ドーク=トゥレムの献策には、多くの思惑が込められている。


 節操なく従属先をころころと変えるウルズ城塞とその周辺都市に、ブレギアの武威を見せつけるため。


 『帝国頼みにならず』という事実を、ウルズ周辺の諸都市に知らしめるため。


 多額の戦費を負担しているブレギア国内の領主たちに報いるため。


 畜産業や農業繁忙期に人手を奪ってしまった郷里に対し、手土産をもたらすため。


 それに、

「この地の者たちに、2度とブレギアに背く気力を起こさせぬためです」


 

 筆頭補佐官の両の瞳に、赤みが差していた。それは、羊糞ようふんストーブの種火のせいだけではないだろう。


【地図】ヴァナヘイム・ブレギア国境 第2部

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330668554055249



「女、子どももたくさんいるのだぞ」

 反対に、レオン=カーヴァルの水色の瞳は、弱々しい光をたたえていた。



「ここで示しをつけねば、この先我が軍において、さらに多くの者が命を落とします」


「だめた、だめだぞ、トゥレムッ」


 金色の髪を振って喰らいつこうとする若き主人など、筆頭補佐官は意に介さない。


「あなたは、先代国主様ほどの武威を示すことも、宰相閣下ほどの采配を振るうことも、ジャルグチ閣下ほどの姦計かんけいを企むことも、出来ないでいる」


「な、んだと……」



 トゥレムは、レオンの反応に興味を示すことなく、言葉を並べていく。その特徴的な黒癖毛に指を絡めつつ。 


 遠征当初は親族衆の専横を許した。


 ヴァーガル河最前線にその身をさらしてまで主導権を取り戻したというのに、その後は老人どもの言いなりになっている。


 先の会戦にて帝国軍の動きを察知した偵騎兵を、いまや重用している。もともとは宰相が押し付けていったものではなかったか。


 老人の提案をれ、戦闘終了間際にはヴァーガル河に溺れる帝国兵を救出している。ブレギア兵の被害も少なくなかったというのに。

 

 リューズニル城塞では、老人による亀のごとき鈍重で迂遠な采配を許してきた。結果、多くの時間を失った。

 

 いまも崩落した水道橋のたもとで、帝国兵の救護活動を行っている――もうたくさんだ、とトゥレムはかぶりを振る。



 言葉の圧力に押し負け、レオンは金色のとばり――前髪の向こうへ逃げ込もうようとする。だが、トゥレムはそれを許すつもりはない。


 語気と思考が強まるとともに、筆頭補佐官は手を伸ばしていた。自身の癖毛から主人の前髪へ、と。


 ――いい加減にしろ。

 トゥレムは、金髪を根元から掴み、引き寄せていく。


 ブレギア軍に「撤退」という名の時間切れが迫っている。レオンがその武威を示す機会は、このウルズ城塞攻略戦がひとまず最後になるだろう。


 ――あなたは、甘さを捨てきれていないのだ。


「水道橋を壊した以上、廃城以外に使い道のない城を有効活用してやるのです。ウルズ城塞も本望でしょう」

 我らの将兵の懐を温め、周辺諸豪族への綱紀粛正に資する――一挙両得が分からんのか。


 レオンは、トゥレムに淡い金髪を掴まれながら、瞠目どうもくするばかりであった。


 だが、筆頭補佐官の三白眼は、主人の水色の瞳の先にあるをとらえて離さない。



 銀色の髪にスミレ色の瞳、そして白い肌を持つ少年。



 ――ルフ=ラヴァーダなどという小僧ではなく、この俺があなたを「小覇王」にしてみせる。


 トゥレムが掴んでいた髪を離すと、レオンは崩れるようにして椅子に収った。


「使者引見場のしつらえから、城塞の仕置きまで、一切を私にお任せ下さい」

 筆頭補佐官は振り返らず言い残すと、静かに部屋を抜けた。


 金色の前髪は力なく乱れ、水色の瞳はいっそうその色素を薄くした主人など、振り返りもせずに。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


本心をさらけ出した筆頭補佐官に驚かれた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


レオンたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「降伏など論外 上」お楽しみに。


帝国暦385年3月16日――レオン=カーヴァル以下ブレギアの重臣たちが、ウルズ城塞からの使者を引見した。


金髪の若君は、中央の椅子に深く腰掛けていた。両の足を大きく開き、両の手をそれぞれの肘掛けに置きながら。


の前には補佐官たちが、さらにその先には筆頭補佐官が立っていた。左右には、御親類衆と宿老衆が居並ぶ。

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