【4-37】 ウルズ城塞の二の舞い

【第4章 登場人物】

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「ラ、ラ、ラヴァーダが、せ、せ、せ、攻めて来るのか」


 アリアク城の若き主・ネイト=ドネガルは、平常心を失っていた。尋常ならざる言動に、配下たちがいぶかしむほどである。


 酒が入ればたちまち「ブレギアの英雄」となるドネガルジュニアも、素面しらふの際は城主の座を継いだばかりの青二才に過ぎない。


 紅髪の帝国将校からあらかじめ受け取っていた筋書きに従い、彼は突如として祖国からの自立を宣言した。


【4-36】 対話の使者

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 宣言したものの、城塞内における将兵領民たちの様子に変わりは見られなかった。ただ1人、新城主自分自身を除いて。


 首都・ダーナからの使者を追い返す度に、ネイトの心は恐怖に支配されていくことになった。

 ――次は、ラヴァーダが来る。

 ――あのいくさの神が、騎翔隊を率いて来る。


 この日も、若き城主は、執務室内を動きまわってはつぶやき、つぶやいては動きまわっていた。


【地図】ヴァナヘイム ブレギア国境 航跡 第2部 第4章

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 ネイトは、父から政務・軍事能力はまるで受け継がなかったが、冴えない容姿だけは、一目でダグダの子であることを証明してみせた。


 そのネイトが恐慌を来たして――髪を振り乱し、目を血走らせ、鼻を垂らして――いる。醜男ぶおとこぶりは、見た者が敬遠したくなるほどの悲惨さである。


 もっとも、戦の神が自身の育て上げた軍勢とともに押し寄せてくる。そのような絶望的状況に置かれて平常心を保てる者が、大陸中探してもどれだけ見つかるだろうか。



「この城も終わったな……」

 室内では、ドネガル家の家臣たちが力なくつぶやいていた。


 この数週間、先代・ダグダ=ドネガルの弟たちは、病と称して出仕していない。このような時期に3人が揃って病欠という事態――臣下たちは動物的な嗅覚で不自然さを悟っていた。


 そもそもドネガル三賢弟が居れば、突如帝国と組みブレギアと決別することなど、決してしなかったにちがいない。


 アリアク城塞の独立を勝手に表明しておきながら、うろたえるばかりの若造は、事態をどのように収拾するつもりなのか。


「いまから首都ターラに申し開きしても、間に合わんかな」

「あの金髪の国主様は、許してくれんだろうよ」

 連日のように隣国への侵攻を繰り広げている戦闘狂の新国主である。自分の名声を高められるような、新たな戦場が用意されれば、喜び勇んで襲い掛かってくるに違いない。


 また、この草原では、反為政者勢力は、先の国主の御代みよにあらかた一掃されている。ブレギア国内で所領を広げる機会が無くなって久しいのだ。


 アリアク城塞の反乱など、欲の皮が張った御親類衆にとって、またとない領土加増の好機だろう。


「そうだ、ウルズ城塞のように略奪されるのが関の山さ」

「ウルズか……」

「……」

 2年ほど前、ウルズ城主はブレギア国を裏切り、帝国の傘下に入ることを選んだが、その判断が命取りとなった。


 己の力を誇示したいレオン一派の格好の餌食とされたのである。


 水の手を絶たれたうえ、降伏の申し出も拒否された末に、城主以下全城兵が白兵戦を敢行した。


 その結果、ことごとくがブレギアの銃弾に倒れることによって開城したのは、昨年2月のことであった。


 そのまま、ブレギア軍が城内へなだれ込み、大々的な略奪が行われたことでも知られている。


【3-24】 慟哭

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 アリアク城塞の臣下たちも遠征軍に従事し、城塞ウルズにおける末路を目の当たりにしている。水を断たれても降伏を許されず、皆殺しにされた将兵たちの断末魔は、いまだ彼らの耳の底に残っていた。


 落城後、城門の前に晒された無数の首――今度は、自分たちのものに置き換えられるのだろうか。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


アリアクの新城主は大丈夫かいな、と思われた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


ネイトの乗った泥船の推進力となるか分かりませんが、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「陶然とうぜん」お楽しみに。


「それが、わずか数騎を従えているだけだとか」


ドネガルジュニアは足を止めて振り返った。

「わ、わずか、数騎だと?」

反復する声は裏返っている。


「ネイトよ、何をうろたえているのです」

「おお、母上」

そこには、帝国貴族の豪奢ごうしゃな――いささかデザインに古さが否めない――衣服で着飾った中年女性が立っていた。

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