【3-25】 御親類衆末席と宿老衆筆頭

【第3章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16818023211874721575

【地図】ヴァナヘイム・ブレギア国境 第2部

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330668554055249

【地図】ヴァナヘイム国 (第1部16章修正)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330656021434407

====================



 ケルトハ=ホーンスキンは、従者を2名連れただけで、ウルズ城塞都市部に駒を進めていた。


 城壁の一部解体などという、しち面倒くさい作業を父や叔父たちは引き受けなかったため、御親類衆末席の彼におはちが回ってきたのだった。


 建物はほとんどが焼け落ち、周囲は焦げ臭さがいつまでも滞留していた。往来には行き場をなくしたウルズ領民が座りこみ、死体はところ構わず散見された。


 ケルトハは、城内のあちこちで、ドーク=トゥレムほかレオン派閥の青年将校一行とすれ違った。勤勉な彼らは廃城決議の後、現場調査をくまなく行っているらしい。


 かくいうケルトハも、自由時間を使って巡視をしている身の上であった。


 しかし、往来をいくら進んでも、彼らの主人レオン――金髪の幼馴染――にはついぞ出くわさなかった。



 持ち場となる城壁には、そろそろ行き当たるはずであった。


 足元に爆薬を仕掛けては発破をかけ、少しずつ解体していくのである。後日、帝国軍がこの城を再生できないように。


 ケルトハたちは、裏通りに入り、そこで馬脚を止めた。


 ブレギア兵はおろか、ウルズ領民すら姿が見えない裏道であった。陽の当らない道には、女性や子供の遺体ばかりが並べられ、永遠に来ないであろう引き取り手を待っていた。


 ケルトハは、思い浮かべまいとしていたが、一度意識してしまった以上、それも難しくなった。


 この凄惨な現場は、幼き頃と同じではないか、と。


 もう1人の幼馴染・ルフ=ラヴァーダから伝え聞いた――浅黒い肌の少女が亡くなったあの時と。



 少女の変わり果てた姿。


 それを抱いた金髪の友の慟哭どうこく


【3-8】 少女の亡骸

https://kakuyomu.jp/my/works/16817330657005975533/episodes/16817330662304129771



 もしかして、レオン=カーヴァルの姿が現場のどこにも見当たらないのは、彼もまた、あの日を思い出してしまったのではなかろうか。



 居たたまれず馬首を返そうとしたケルトハは、その先に武骨な老将が1人たたずんでいるのを視界にとらえた。


 ブレギア軍の宿将筆頭・アーマフ=バンブライであった。


 どこかから手に入れたのであろう、粗末な花を1輪ずつ遺体の胸上に添えている。そして、合掌――それぞれの指を交差させ、握りしめていた。



 ケルトハは馬から降り、バンブライの横に並んだ。


「太陽神への手向けか」

 元・帝国人の彼等が帰依する信仰は、冥福を祈る死者にではなく、唯一神に祈りを捧げ貢物を贈る。


 この者をお願いします、この子を託します――1人ずつ太陽神へ祈らんがため、宿将は死者に花を持たせたのだろう。



「これは、ケルトハ様」

 日陰のためか、宿将はいつになく老けこんで見える。


「それもありますが……」

 バンブライは、ゆっくりと背筋を伸ばした。

「……此度こたびの戦いが、我等にとって敗北への序章とならないことを祈っていたのかもしれません」


 不思議なことに、この老将のは、青年の心に届き、本人が自覚しないところで共振した。


「わ、我が軍は勝利を収めたではないか」

 ケルトハは応えながらも薄茶色の頭髪は揺れ、言葉に快活さを欠いた。


 太陽神に対してなのか、老将軍に対してなのか、はたまた己自身に対してなのか……若者は動揺を隠そうと、無理やり言葉を継ぐ。

「ヴァーガル河、リューズニル城塞、そしてこのウルズ城塞と、ブレギアは連戦連勝ではないか」


 ――レオンの戦いぶりに、新聞各紙も絶賛しているではないか。


 何に対してになっているのか、ケルトハ自身も分からない。それでも、バンブライは白髭に優しい笑みをたたえて、己の一言一言を受け止めてくれる。


 老人の方が、若者のことを理解しているようにすら見える。



「ええ、勝ちました。勝ち過ぎました」


「……?」


「いくさとは、ほどほどに勝つことが良いのです。ほどほどが……」


 老人の下がり眉から見えるつぶらな瞳には、憂いを通り越した寂しげな色が宿っていた。


「先代様と同じ道を歩まんと、若君は急がれております……」



 今日の老将の声は聞き取りづらい。ケルトハはバンブライに半歩近づいた。


「武威を示し、力をもって抵抗勢力を従えていくご方針のことか」


「表向きの姿勢ではありません。少の犠牲を多の効率に優先なさることの危うさ……10年ほど前にも同じように……」


 その時、野砲の音が響き渡った。砲音に殺気はない。各隊の自由時間の終了を合図する空砲である。


「……年寄りはすぐに昔話をしたがってしまい、いけませんな」


 空砲が再度響きわたる。きちんと3発。筆頭補佐官の几帳面な性格を示すかのようだ。


「それがしは帰陣しますゆえ、これにて失いたします」


「ああ、続きは後日必ず聞かせてくれ」


 社交辞令ではない、ケルトハの本気が伝わったのだろう。老将は照れ臭そうな表情を少しだけ浮かべ、先に繋いである愛馬に向けて歩を進めていった。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


バンブライとともに祈りを捧げてくださる方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


ケルトハたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「マスのムニエル」お楽しみに。


「この度の戦勝、誠におめでとうございます」

ケルトハ=ホーンスキンは、薄茶色の頭をわずかにかがめ、祝意を伝えた。


「ケル、堅苦しい挨拶はよせよ」

若き国主は、旧友の単身訪問を心から歓迎しているようだった。しかし、言葉ほどに活力はなく、ひと方ならず憔悴しょうすいしているように見える。


「どうだ、一緒にメシを食べていかないか。今日は北の湖でマスが獲れたそうだ」

そう言いながら、レオンは手を叩き、従卒たちに食事の用意を命じる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る