【3-15】 苦痛にのたうつ

【第3章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16818023211874721575

【地図】ヴァナヘイム国 (第1部16章修正)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330656021434407

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 2日後――3月10日の未明から、ビフレスト水道橋に向けて、ブレギアの砲門が一斉に火を噴いた。


 飛び越えたり、手前に落ちたりしていた砲弾は、いつまでも命中精度は向上しそうになかった。だが、そのうちの数弾が石造りの橋脚にぶつかっていく。


 ブレギア側の意図を察知したのか、橋上の帝国砲兵は慌てて反撃を行う。



 しかし、筆頭補佐官・ドーク=トゥレムの攻撃指揮は冴えていた。


 ブレギア軍は、軍馬で山砲をく騎兵砲を組織していた。それら騎砲は1カ所にはとどまらず、何回かの射撃を終えると、その場から移動したのである。


 射撃と移動の繰り返しは、そのたびに諸元の修正が必要とされたが、敵側に捕捉されるリスクは大幅に低下した。


 巨大かつ鎮座する高架橋と、微小かつ動き回る騎兵砲隊、どちらが撃ち手として的を絞りやすいかは記すまでもない。


 戦況はブレギア優勢に傾いていく。


 照準が定まらないのか、ブレギア騎砲が移動していることを知らないのか、橋上から舞い上がった砲弾は、明後日の方向に飛んでいった。



 そうこうしているうちに、水道橋には数十発の弾丸が命中した。


 しばらくの間、凍てついた石橋は持ちこたえていたが、次第にアーチを構成する石がたわみ始める。


 戦場には腹底に響くような野太い音がこだます。


 従軍記者たちは「まるで、苦痛にのたうつ巨大生物のうなり声のようだ」と、緊張感をもって筆を走らせた。


 観戦武官たちは「童話において、ドラゴンが発する断末魔の悲鳴とは、このようなものなのか」と、震える手でシャッターを切った。



 崩落のきっかけは、ブレギアの砲弾ではなかった。


 橋上の砲兵は反撃を諦めない。ところが、その射撃による振動が橋の躯体くたいに伝わると――ぎりぎりのバランスを保っていた石材が落ちた。


 はじめは1つ2つと煉瓦が落下していった。


 それが次第に、ガラガラと崩れはじめ……壊落の波が全体に行きわたるまで、さほどの時間を要しなかった。



 水道橋が大音響と土煙を上げて崩落する様を、ブレギア将兵も、ウルズ城塞将兵も、各国の観戦武官も、新聞記者も言葉もなくただただ、見つめるばかりだった。


 崩れていく無数の石の合間に、鷲の紋章旗が逆さまに落ちていく。


 続いて、帝国の砲兵や銃兵、それに砲架や小銃が見え隠れする。


 だが、それらも、何千何万の煉瓦と、濛々たる土埃と、四方へ飛散する水流とのなかに、瞬く間に埋没していった。



 すべては瓦礫がれきとなって谷底へ消えていった。


 崩れ残った橋脚の端からは放流が続き、しばらくの間、あたりに虹がかかっていた。その様子を見た者は、この橋の本来の役割を思い出すのだった。




 ウルズ城塞からの使者がブレギア総司令部を訪れたのは、石橋崩落から4日後のことであった。


「随分と早い降伏の申し出ですな」

「城の生命線が目の前で崩落したのだ。戦意もともに崩れ落ちたのだろう」

 ブリアンなどはいぶかしんだが、トゥレムは相変わらず冷静だった。


 この筆頭補佐官の言うとおり、水道橋の崩落は城塞側将兵へ大いなる精神的打撃を与えたといえる。



 ブレギアがウルズ城塞を再び降伏に追い込んだ。


 しかも電光石火――3週間もかからずして。それは、宰相・ラヴァーダが陣頭指揮を執った際よりも早いものであった。


 糧道を断つ作戦で臨んだリューズニル攻防戦では、鈍重にも攻略に3カ月近くを要している。


 一方、今回、ウルズ攻防戦の展開の速さには、各国の観戦武官や新聞記者たちも目をみはった。


 アトロン防御網、水道橋の武装、その崩壊、そして降伏の使者――考えてみたら、新生ブレギア軍の躍動を前に、彼等はずっと驚いてばかりだ。



 橋梁粉砕による事態の電撃的進展――補佐官・ユーハによるブレギア軍の臨時会見には、多くの新聞記者がおしかけた。


 それらを尻目に、ウテカ=ホーンスキンはしたり顔でつぶやく。

「『人間は飢えにはある程度耐えられるが、渇きとなればそうはいかない』のだったな」


 使者到来――城塞降伏――の一報に、若君・レオンは「よし」と手を叩いたが、それだけだった。補佐官であり乳兄弟でもあるハーヴァに、水道橋崩落現場の救護状況をしきりに確認している。


「『時間がない』とご自身で言っておられながら、これか……」

 トゥレムは主人に向けて低く呟いた。



 芸術品ともいえる水道橋を破壊したブレギアの蛮行については、五大陸で非難の声が相次いでいる。一方で、そのような橋を武装化し、戦争に巻き込んだ帝国への非難の声も鳴りやみそうにない。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


優美な水道橋を本当に壊してしまったことに驚かれた方、敵味方かかわらず救おうとするレオンの姿勢に感じ入られた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


トゥレムたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「筆頭補佐官の献策 上」お楽しみに。


「降伏を受け入れてはならないだと」

「御意」


3月も中旬だというのに、この日も気温はマイナス10度近くまで下がっている。天幕内には簡易ストーブが焚かれるも、主従は帝国式コートの襟を立てたままであった。


理解できない。否、理解したくないという表情を浮かべ、二の句を継ごうとした主人を先に制したのは、またしても筆頭補佐官である。


「ウルズ城塞が旗幟きしを不鮮明にすることで、この地域の中小領主たちの雰囲気を常に不穏なものにしてきたのです」

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