【1-28】 軍靴を一歩先へ 上

【第1章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16817330660761303801

【地図】ヴァナヘイム・ブレギア国境 第2部

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330668554055249

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 帝国軍の主力が左翼に殺到した事実は、ブレギア軍主脳部を焦燥の極みに陥れた。


 旧都へ逃げ帰ったはずの帝国軍が、突如下流に現われ、あろうことか自軍のウィークポイントを突いたのだ。


 ブイク・ナトフランタル両将軍の奮戦により、一時的に敵は退いたものの、彼我の戦力差は歴然。左翼はそう長くもたないだろう。


 左翼を蹂躙じゅうりんした余勢を駆って、帝国主力にここまで押し寄せて来られては、ひとたまりも無い。


 ところが、事ここに至っても、ブレギア軍は開戦前に組んだ優美な陣形――その弊害から抜け出せずにいた。


 左翼に援軍を振り向けようにも、正面の帝国軍からの砲撃が止まないどころか、すきを見せた途端、彼らも渡河を敢行する勢いである。


【11月10日11時】ヴァーガル河の戦い 地図⑥

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330669332985359




 ――逃げるならいまのうちか。

 ウテカ=ホーンスキンは、大きな瞳に打算的な色を浮かべていた。


 彼にとっての優先順位は、まず自らの身体健全、次いで自軍の損害回避である。


「左翼はもう駄目だ。本軍も一度引き揚げ、態勢を立て直す」


 ウテカの上ずった声に、さすがの御親類衆たちも色をなして立ち上がる。


「そ、そんな」

「将軍たちを見捨てられるおつもりですか」


「父上!ブイク将軍、ナトフランタル将軍のこれまでの功績をお忘れなくッ」

 子息・ケルトハは、薄茶色の髪を震わせ抗議する。


 こうした事態に陥らぬよう、ラヴァーダ宰相がはるか1,200キロ彼方から電報を送ってきていたことを、彼は知っている。それを父は一瞥いちべつしただけで破り捨てたことも――。


【1-19】 形勢逆転 下

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16817330668773955359



「ええい、うるさいっ。お前たちはこんな河原で死にたいのかッ!?」

 諌止かんしの声も、たちまちジャルグチの甲高い声でかき消された。


「そもそも、くらだぬ論功行賞などで時間を浪費したのは、お前たちだろうが」

「――ッ」

「そ、それは……」

 家長にめ回され、ホーンスキン家の面々は次第に黙り込む。



「既に左翼では戦端が開かれてしまった。いまから陣容の再編し、増援を差し向けたところで、それが到着する頃には、両将軍以下は全滅していることだろう」

 ウテカは端折はしょって誤魔化したが、彼等にとっての最大の課題は次の一言に尽きる。


 ブレギア軍は、身動きが取れない状況に陥っている。


 陣形採用ミスのから抜け切れていないのだ。ウテカは、己の失敗については目をらしている。


 援軍を派遣しようにも、河向こうの敵が積極的な姿勢を改めない以上、陣形再編は多大な時間と労力を要することだろう。


 そこから先は、彼の推測は概ね的を得ていると思われる。


 援軍が最左翼に到着する頃には、ブイク・ナトフランタル等宿将たちは既に一掃されており、帝国軍は万全の布陣を敷き終えていることだろう。


「そのようなところへ中途半端な増援部隊など送り込んでみよ、到着した先から、帝国に喰われるだけだわ」

 むしろ、両将軍が築いた貴重な時間を利用すれば、アリアク城付近の安全な地まで全軍を撤退させることも可能ではないか。


 ウテカは己の失策にはふたをし、耳障りのいいことばかりを並べ立てていった。


「確かに……」

「やむをえませんな……」

 御親類衆は、異論を唱える者すら減っていった。


「……」

 ケルトハだけは、まだ承服出来ずにいたが、父への反論が口をついて出てこない。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


ブイク・ナトフランタル両宿将が心配な方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


ケルトハたちが乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「軍靴を一歩先へ 下」お楽しみに。


「……30年以上の長きにわたって先代を支えてきた功臣たちの扱いが、これか」

それまで、幕営の片隅に坐していたレオン=カーヴァルは、ポツリと呟いた。


「レ、レオン殿!?どちらに向かわれるのか」

「……」

叔父からの質問にも、若者は答えない。軍靴を一歩進める度に、明るい金色の髪が律動的に揺れる。

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