【1-27】 河岸の攻防

【第1章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16817330660761303801

【地図】ヴァナヘイム・ブレギア国境 第2部

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330668554055249

【11月10日6時】ヴァーガル河の戦い 地図⑤

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330669274412940

====================



 ブレギア軍最左翼にて戦端が開かれてから5時間――ついに帝国軍の一部が、渡河に成功した。


 東側の河岸では2地点に、ずぶ濡れとなった旧ヴァナヘイム兵もとい、帝国兵が次々と集いだす。


 両地点とも、はじめは数名だった。防弾盾に、耐え忍ぶ様子は哀れですらあったが、たちまち数十、すぐに数百名に膨張していった。


 ヴァーガル河下流の東岸において、帝国軍は橋頭堡きょうとうほの構築に成功したかに見られた。



 ところが、それぞれの数が千を越えようとしたときだった。岸辺に集いかけた帝国軍に対し、ブレギア軍の誇る銃騎兵――騎翔隊――が突入したのである。


 今度は、攻め手に回ったブレギア軍に濃霧が味方した。


 開戦当初に比べ、乳白色は薄くなり、風に流されつつあったが、騎翔隊の接近を秘匿ひとくするのに一役買ったのである。


 各国の観戦武官や記者たちがうなる。それだけ、ブイク・ナトフランタル両将軍による騎翔隊の投入は、絶妙なタイミングだった。



 これより早ければ、上陸した帝国兵の数は少なく、痛打とはならなかっただろうし、これよりも遅ければ、上陸した帝国兵の数は多く、さしもの騎翔隊も跳ね返されたことだろう。



 騎翔隊第1・2陣は霧を割き、土手を駆け下りる。途上、帝国に向けて馬上一斉射を数度見舞うや、そのまま河原を斜めに走り抜けていく。


 帝国兵・下士官は、胸や頭を撃ち抜かれ、反動余って昏倒こんとうする。


 ブレギアの騎兵たちは銃を両手で構えながらも、襲歩全速力の馬を股と両足だけで楽々と操る。射撃と馬蹄の織り成すリズムに狂いはない。



 彼等が手にする騎兵銃は、馬上で扱いやすいようコンパクトにまとめられている。


 全長は、歩兵銃に比べて30センチほど短い。その分、射程や命中率を犠牲にしていた。


 だが、騎翔隊は、自らの特性をもって、それら欠点を補っている。軍馬の機動性と乗り手の胆力とを、それぞれ存分に生かして敵に肉薄するのだ。


 騎兵銃の構造は至ってシンプルながら、揺れる馬上でも速射が可能になっている。


 銃身のお腹に取り付けられた筒状の弾倉には、7発の銃弾をあらかじめセットできた。


 下側に突き出たレバーを下に引きそして戻すことで、空薬莢やっきょうを排除すると同時に次弾を装填そうてんするという仕組みだ。



 ブレギア軍は、橋頭堡つぶしの仕上げにさしかかる。


 続くブレギア騎兵・第3陣が突き進む。その先頭を駆るは、クェルグ=ブイク・ベリック=ナトフランタルの両将軍だ。



 宿将2名も、疾駆する馬上でも正確な射撃を繰り返した。


 しかし、弾丸を撃ち尽くしても、第3陣は帝国軍の脇を駆け抜けることはしなかった。騎銃を放り捨てるや、馬脇に備えていた長柄の得物――げきを両手に取る。


 そのまま、風車のようにそれを振り回し、帝国軍の真っただなかに突入したのである。


 後続の騎兵たちも皆、宿将たちの動きにならう。


「フウゥゥウルアァァアーッッッ!!!」

 古来より草原ヘールタラの民族が突撃を敢行する際の喚声――天地に響き、霧を割く。


 両軍の肉弾戦が繰り広げられた。



 だが、白兵戦は帝国側に分が悪かった。帝国兵は、風刃――戟の白刃によって腕を切り落とされ、首を跳ね飛ばされ、よろめいたところを馬蹄に踏みつぶされる。


 老将2名と第3陣が切り開いた帝国軍の風穴に、舞い戻った第1陣、第2陣の騎翔隊も次々と白刃を振るって再突入していった。それらが手にするは、脆弱なサーベルではない。宰相・ラヴァーダが採用した極東ハング国産の軍刀だ。


 ブイク・ナトフランタル両将軍に率いられた騎翔隊は、渡河間もない帝国軍を縦横に突き崩した。たまらず帝国将兵はヴァーガル河に押し返されていく。


【11月10日11時】ヴァーガル河の戦い 地図⑥

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330669332985359




 コガネムシの軍旗を掲げた西岸の帝国軍別動隊指揮所は、喜怒哀楽に忙しい。


 「東岸に足場を確保せり」の勝報に沸き返ったのも、つかの間のことだった。喜び冷めやらぬ間に「上陸部隊、潰走せり」との敗報が舞い込み、その対応へ追われる羽目に陥っている。


 両軍が活用した霧は、既に河面にただようまでに散っていた。

 

 対岸後方に位置する帝国指揮所からも、双眼鏡越しながら前線の様子がよく見て取れる。二転三転する斥候の報告などよりも、手っ取り早い。


「おのれぇ、またしても騎翔隊かッ」

 数刻前に振り上げた歓喜の拳をテーブルに叩きつけ、エイグン=ビレー中将は歯ぎしりを禁じえずにいた。


 ブレギアの騎兵に煮え湯を飲まされるのは、もう何度目のことだろうか。他の幕僚たちも一様に渋い葡萄ぶどうを口に含んだかのような表情を並べている。


 ヴァナヘイム戦役にて、輸送体を壊滅させられ、彼らが明日食べるパンすらも困窮するほどに追い込まれたのは、つい先年のことである。


第1部【7-3】欠乏 下

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816927862262173984



 しかし、彼らはヴァーガル河に追い落とされ、水流に呑まれていく味方を見守るしかなかった。


 指揮所最奥の席には、軍服を詰襟まできちんと閉じた白髪白髭の老将が、目を瞑り黙然と座していた。この日、砲撃開始と舟筏しゅうばつ投入以降、口を閉じていた総指揮官・ズフタフ=アトロンが久方ぶりに口を開く。


「渡河を中止。負傷した者の収容を急ぐように」

 ぼそぼそとした老司令官の声も、負傷者のくだりは、はっきりと聴き取ることができた。


 帝国軍は、ヴァーガル河越えを見合わせざるをえなくなったのである。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


ブレギア宿将たちの騎兵投入にシビれた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


レオンたちが乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「軍靴を一歩先へ」お楽しみに。


「左翼はもう駄目だ。本軍も一度引き揚げ、態勢を立て直す」


ウテカの上ずった声に、さすがの御親類衆たちも色をなして立ち上がる。


「そ、そんな」

「将軍たちを見捨てられるおつもりですか」


「父上!ブイク将軍、ナトフランタル将軍のこれまでの功績をお忘れなくッ」

子息・ケルトハは、薄茶色の髪を震わせ抗議する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る